小学校について考える・・・②
上映10分前くらいに到着。部屋には100人以上はいただろうか。
女性9割、男性1割。見渡せば、エスニック風のワンピースやモンベル・パタゴニアといったアウトドアブランドを身に纏い、足元を見れば足袋を履いている人もちらほら。
まさにアウトドア・ライフを送っている風なママたちでした。
時間になり、主催者と監督が登場。監督自身も卒業生で、ここがどんな学校なのか、
またオルタナティヴスクールやフリースクールといったら一般的に不登校の生徒などが通っているイメージが強いと思うが、そうじゃない子どももたくさんいる所なんです、と説明があり、上映が開始された。
簡単に大まかな内容を説明すると、中学校、社会に出た卒業生はどのような葛藤があったのか?
そして在校生、保護者、教員や幼稚園代表それぞれの視点が描かれている。
公立小学校のように時間割もない、集団行動もない。
朝イチのミーテイングで1日のスケジュールを自分で組み、好きなことを好きな時間に過ごす学校。
生徒を囲む大人も、全て含めて温かい空気感があり、子どもたちの目や表情には、不安や疑念、不信感は見られませんでした。ここが私たちの居場所で、ここなら、ありのままの自分でいられる場所。
まさに、習い事で感じた違和感や空虚感が一掃され、この学校には感じ得ないのだろうと思いました。
でも待てよ
など・・・観ていくうちに様々な疑問が生まれてきた。
そもそも抱いてた違和感に対して、もう一つ重ねられた違和感。(笑)
気がつくと混沌とし、少し脳内が若干揺れている。
映画は全て肯定するシーンを描写するのでは決してなく、賛否の否も描かれていました。
例えば卒業生のセリフで
また、ある生徒の保護者は
帰って、色々頭を整理せいり。
結論、全体を通してみると、この学校に私は、通わせないかなと思いました。
もちろん、その他のオルタナティヴスクールは、また違った独自の方針や特色、カラーがあるので、分かりません。
自由に主体的に過ごすことで、感性が豊かになっていくと思いますし、いわゆる自己肯定感というのを高めていくことことができるんだと思います。
しかし、どうしても自由と放任の境が不明瞭に見えてしまいました。
それが日本のような成熟した資本主義社会に立った時に、どうしても苦労するんじゃないんかなあと感じたのです。
そんなことを思う私自身が、もう時代にそぐわないのかな。。。
もう一つ、上映中に、隣のママが天井から床を見るように大きく頷いているところや、
上映後、主催者が「この映画を観たのは2回目でしたが何度見ても泣けます」と涙し、
話されている場面を振り返ってみると、一種の新興宗教にしか見えてしまったという・・・
ただ、決して肯定しているだけではないこの映画。
それぞれの「自由」についての解釈や、これからの日本の教育を考えるきっかけを、
私たち観る側に問いかけているようにも思いました。
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