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いつもと違う帰り道で。

ぼくの会社は緩い。
昼ご飯にかこつけて、1時間以上出歩いていても誰も何も言わない。
ぼくも暇なときはお昼がてら会社の隣駅ぐらいまで歩いている。
今日はすこし早く仕事が終わったので、いつもお昼ご飯を食べに行く隣駅へ、散歩がてら夕飯を食べに行こうと思った。

いつもは電車で通過してしまうところも歩いて行ってみると楽しい。元々散歩は好きだ。こんなところにこんな良さそうな店があるのか!という驚きがあるのが散歩の醍醐味だ。その場では今度行ってみようと思うが、たぶん行かない。そういうのも含めて散歩は楽しい。

隣駅は繁華街だ。散々お昼を食べに行っているが、あまりピンと来る店がないな…と思う街だ。一軒の居酒屋の看板が目に入った。店は雑居ビルの一階の少し奥まったところにあるようだった。看板に書いてあるカレーライスを見て、意を決して入ってみると、会社帰りのおじさんたちの1グループ以外にほかのお客さんはいなかった。少し不安になる。

ぼくはカウンターの奥に腰を下ろす。表で見たカレーライスと、もう一品つまみになりそうなあさりと筍のバター炒め、そしてビールを注文する。マスターが1人でやっているお店のようだ。壁には調理師免許証と有名な料理人のサインと写真が飾ってある。調理師免許の日付を見ると知らない知事の名前と昭和という年号が目に入る。

マスターはぼくの祖父といっていいぐらいの年齢のようだが、軽い身のこなしで厨房に立っている。
注文したものがやってきた。あさりと筍のバター炒め。素朴な味だが、旨みがつまっていて丁寧な仕事が感じられる。そしてカレーライス。居酒屋なのに何でこんなメニューを推しているのかと思ったが、確かにうまい。これだけでもやっていけそうな奥深い味だ。ビールが進む。

ふとカウンターの向こうを見るとマスターが洗い物をしている。その背中にこの店の重ねてきた年月が見える。腰が曲がってしまっているのは1人で守ってきたこの店の重みか。
ぼくは今の仕事に色々と限界を感じていた。昼間に出歩いても何も言われないし、残業もそれほどないから、決してブラックではない。自分個人も評価してもらっていると思う。限界を感じているのは仕事の内容だ。続けるべきか離れるべきか。
そんなことを考えながら見るマスターの背中はますます重みを感じた。

会計を済ますとどんどんとお客さんが入ってきた。
すこし安心したとともに、また来ないといけないな…と思った。

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