カカオ田んぼ
私は箒で飛んでいると、ちょっと変わった田んぼを見つけた。その田んぼをよく見ると、カカオが生えていた。最近の田んぼは米以外も育てているのかとぼんやり眺めていたら、おじいさんに後ろから突然声をかけられた。
「おお、あなたもこの田んぼが気になりますか?」
「あの、この田んぼは…」
「見てのとおり、カカオの田んぼですよ。この田んぼは私が管理していますから。」
「…。」
どうして田んぼからカカオが?そう聞こうとした瞬間、管理人のおじいさんは穏やかな表情でこう言った。
「良かったら一つどうですか?すごく美味しいですよ」
「え?」
おじいさんは1つのカカオを私に差し出してきた。カカオをそのまま食べて見なさいってことだろうか。正直カカオをそのまま食べたことなんてないけど、せっかくなので食べてみた。すると…
「すごく…甘くて美味しいです!」
チョコレートの原料と言われているカカオだけど、不思議な事にチョコレートと同じような甘さがあった。そして食べた瞬間、体の底からエネルギーが湧いてくるような感じがした。おじいさんは微笑みながら語り出した。
「この田んぼを作ることは、私の人生の悲願でした。私は子供のころ、父と一緒に田植えをしていた。そしていつも田植え終わりに母が作ってくれたチョコレート菓子が、涙が出るほど美味しかった。気づいたら私は田んぼでカカオを育てることができれば、どれほど楽しいかということを考えるようになり、その日から今までずっと田植えに夢中になってました。」
おじいさんは、どこか遠くを見ながら語り続けた。
「もちろん田んぼからカカオを作るなんて非現実的な事、最初は周りからは呆れられました。それでも私はなぜかできると思い込み、友人も時間もお金も全て犠牲にする覚悟でカカオの田んぼの研究に打ち込みました。何十年もかかりましたが、今こうやって目の前に、その田んぼを作ることができました。今では子供たちも喜んでカカオを食べに来てくれます。」
おじいさんが指さした方を見ると、子供たち何人かが、カカオをむしり取って食べていた。みんな幸せそうに食べている。太陽のように眩しい笑顔を見る限り、おじいさんのカカオ田んぼがどれだけ愛されているのかが分かった。
「夢が叶って、本当に良かったですね。」
私はそうつぶやくと、おじいさんは悲しそうな顔をした。
「それは本当に嬉しいのですが、私ももう長くはありません。」
それは自分が死ぬことよりも、この田んぼを今後どうしていくのか?という不安の方が大きいように見えた。もし自分が死んで、この田んぼを管理する人がいなくなれば、子供たちの笑顔を見ることもできない。そうしたおじいさんの不安が顔に出ていた。
それから数日後、管理人のおじいさんはとうとう他界してしまった。この田んぼの管理の後継者が決まることもなく。私もあれからこの田んぼのカカオ豆を何度か頂いたけど、本当に元気が底から出るほど美味しかった。そんなカカオがもう食べられなくなるなんて…。そう落ち込んでいると、何人かの子供たちが話し合っていた。
「ねえ、僕たちでこの田んぼを作っていこうよ!」
「さんせー!あたしももっと食べたいし!」
「おれもー!じいさんがつくった田んぼ、このまま枯らすなんて絶対嫌だしな」
そのやり取りを遠くから見ていた私は、天国にいるおじいさんにつぶやいた。
「良かったですね、後継者、見つかりましたよ。」
私は空に向かってそう言うと、再び箒をどこか遠くの街に向けて走らせた。
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