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32.売るものには気を付けろ。時として客の希望をかなえてしまう。

 普段様々な人と仕事をしていると、「いいものを安く」「顧客満足度の向上」などというスローガンめいたものをよく聞く。これはこれで間違ってるわけじゃない。それはとても真っ当で素晴らしい考えであって間違っていない。

 いや、間違ってはいないのだが、そんなものはお題目に過ぎない。
「いいものを安く」はただの売り文句であり、特段深い意味はない。強いて言えば安物を売っているのに品質が高いと錯覚させるためのキャッチコピーに過ぎない。
「顧客満足度の向上」を目指すのはそもそも商人寄りの考え方ではない、それはモノづくりを生業とする職人寄りの考え方だ。商人が発言してはいけないものではないが、それはあくまで顧客アピールに使うキャッチコピーとしてであり、目標として掲げることはあまり正しいとは言えない。

 そもそも商売によって顧客の希望をかなえてしまうことの何がいけないかという話になるのだが、それは「顧客の希望をかなえるためには周到な準備が必要で見切り発車はダメだ」という考えに陥りがちだということだ。最初に売り出されたときはワンイシュー、ワンコンセプト、アイディア1発勝負みたいなものは割とある。

 例えばはじめてipodが世に出た時、そのウリはパソコン(Macのみ)に溜めた大容量の音楽を簡単接続で外に持ち出せることだった。実際それだけ。バッテリーは貧弱だし、音質も貧弱だった。アメリカでは電池の寿命が短すぎるとして集団訴訟を食らい、しかも敗北。

当時すでに出回っていたMP3プレイヤーといえば、iPodとは真逆で、音質は良かったし、乾電池駆動で長持ちしバッテリーの心配はしなくてよかった(乾電池ならどこにでも必ず売っているからね)。ただ、容量がiPodの1割弱しかなかったし、MacであれWindows機であれパソコンとの接続はやや難しかった。

そこに目を付けたのがスティーブ・ジョブズの商才で、容量が大きいことと、Macと簡単につながること「だけ」を大々的にやや大げさともいえる様子で発表した。内臓バッテリーの品質が高くないことも、Macとしか接続できないことも、音質がいいとは言えないことも、彼は全部知っていたし、それが顧客の不満につながるであろうことは百も承知であったろう。 もう1年開発期間があればバッテリーももっといいものが用意できただろうし、音質ももっとよくできたかもしれない。しかしそうはしなかった。巧遅より拙速をとった。世代を経るにしたがって弱点を克服していけばいいという考えだった。電池の持ちは良くなったし、Windowsでも使えるようになった。ただし音質はあまり改善されなかった。これが今のiPhoneの世界的なヒットにつながるのだ。

ま、ジョブズをほめ倒しても仕方ないのでこのへんにしておく。この人はある意味で商人の鏡みたいな人ではあるので、その辺はまたいずれ書くかもしれない。

とにかくiPodは未熟な状態で世に出た、しかし勝った。それは顧客を満足させる必要はないということであり、ツボさえ押さえておけば、やや不満が残る程度で十分だということでもある。いずれその後継たる商品を売り出す時が必ず来る。その時はまた改善点だけを大げさにアピールして売ればいい。これが商売の継続性というものだ。

顧客を満足させることが商売の目標じゃない。あくまで儲けることが商売の目標だ。ここをはき違えてはいけない。儲けのために顧客の満足度をあえて下げるという選択もあるということだ。


※助手からひとこと
 iPodが出た時、当時使っていたRio500との音質の差は歴然だったのを覚えている。もう手に入らんだろうなぁ。

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