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25年もなるんですねぇ

ちょうど高校を卒業して、フラフラしはじめてた年明けでしたね。
当時からそうでしたが、ずっと違和感があります。
たしかに神戸は大きな傷を負った。ヒトもモノもたくさん失った。
そう、でもそれは「神戸も」が正解なんだ。
25年となると、経験していない世代も社会に出てきてるし、伝え続けていくことは大切だと思う。
だからこそこの違和感もヒトには伝えておきたい。「神戸だけが被災したんじゃないよな、忘れられてるか?他のまちは。」と。

まぁ、廃藩置県後、兵庫県というのは神戸市(というか神戸港)を育てるために問答無用で合併併合を繰り返しついには日本海まで到達した「神戸市と神戸市を賄うための奴隷たち」という憐れで悲しい黒歴史に塗れた自治体で、何をおいても神戸市、まずは神戸市、とにかく神戸市、KOBE FIRSTの県なのです。中国の戸籍みたいな感じだろうな、移動移転はできるけど。

そんな神戸市が地震で大きな被害が出たんだから、隣近所のまちが同じように地震による倒壊や火災、人も亡くなったとして、でもそれは神戸市で起きたものとは比較にならないくらい扱いは小さいのである。

そんな神戸市はやっとこさ震災復興のために国から借りたお金を返せたらしい。ようやく本来手を付けるべきまちの開発や市民の暮らしに向けて予算と計画を進めていける、と。
でもそれは「震災からの復興」とは別のようだ。イベント化し、収益化し、既得権益化した「復興への活動」は終りを迎えることが出来ない。
ヤメドキを失った企画は当初の真正な理由と気持ちを失い、お涙頂戴お金も頂戴となっている。
なぜ続けるのか、なぜ開催するのか、なぜあなたたちなのか。
問うても答えなど帰ってこない。神戸市民でもない兵庫県民がいくら尋ねても、そんな声は神戸には届かない。

かくして今年も「神戸では」震災関連のイベントが開かれる。

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