七色の諏訪玉と黄金の龍 その2
諏訪湖のことは、小学校の社会科見学の折に湖畔でお弁当を広げたくらいしか記憶が無く、然したる思い入れはなかった。
湖畔には大量のボウフラが湧いていて不快だった記憶しかなかったのだから仕方がない。
あとは、夏の花火大会の人出が凄いという認識しかなかったし、御柱祭もテレビ中継を見たことがあっただけ。
そんな諏訪湖、そして諏訪大社4社を一人で巡ろうと考えたのだから、人間て分からないものだ。
季節は11月。特急あずさを茅野駅で降りるとタクシーで上社前宮を目指す。
前宮の近くにはもう一つ、大切な場所があった。
宮川安国寺墓所。諏訪満隣の墓所である。
満隣は武田に攻め入られた当時の統領諏訪頼重の叔父で、諏訪氏の再興を願って仏門に入り、武田が織田に滅ぼされた後に諏訪家を再興した人物の御廟とされる場所だ。
諏訪氏滅亡と武田の攻略に少なからず自分が関わったのだとしたら、この方の許しを請わないと諏訪には入れない気がしたのだった。
さして旧跡とされているわけでもないこの場所を探すのに手間取ってかなり歩いた記憶があるが、ようやく辿り着き祈りを捧げることが出来た。
そこからまた歩いて上社本宮を目指す。
後から気が付いたのだが、前宮と墓所は茅野市。そこから少し離れた本宮は諏訪市で、私は文字通り、諏訪に入るための許しを請うたのだなぁと実感した。
この日の目的は二つあった。
諏訪氏への懺悔と、龍との邂逅だ。
諏訪氏への祈りを諏訪満隣の前で捧げられたことで、先ずは一つ先に進むことが出来た。
また、前宮では強く出雲の系譜を感じることとなり、こうしたクエストは幾重にも重なる次元の層をかいくぐるものだと感じる。
出雲、安住族、諏訪、守屋。
それら歴史の層が諏訪大社の不思議な在り様を創り出しているのだろう。
そして神秘的な諏訪湖とその龍神の存在。
たった一日でそれら全てを網羅するのは不可能で、私はここから暫く、幾度も諏訪を訪れることとなる。
上社本宮はとても龍神の気配が強く、それは前宮の出雲的な雰囲気とは全く違うものだった。
だがまだ私は龍との繋がりが再興されたわけでもなく、まだ何も分からないままに本宮を後にする。
電車に乗って移動すると下社だ。車中からようやくこの日初めて諏訪湖を目にすると、下社春宮へ向かう。
春宮参拝が済むとそこから歩いて湖畔に出られそうだったので、ここでようやく湖畔へと足を向けることになる。
この、湖畔に向かう長い直線道でのことだった。
龍がいる・・・。
湖へ向かって少し小走りに歩く私の横に、いつの間にか白い龍が並走していた。
その気配に気が付くと共に、私の内側から熱い思いがこみ上げる。
何だか理解しているワケではまるでないくせに、自然に心が叫んでいた。
「迎えに来た! 迎えに来たよ!」
私のどこか、とても深い部分からの思い。
顕在意識のマインドではまるで思いも寄らない声なき声。
その声は続いていた。
「 今まで一人ぼっちにさせて本当にごめん! ごめんね・・・ 」
私の真横を並走する白龍はその言葉に大きく跳ねた。
龍と共に湖畔に出る。
11月の小春日和。
午後の湖畔はそれまで見たこともないくらい美しかった。
子供の頃の記憶よりもずっと水質は改善されていて、穏やかに小さな波が揺れている。
空の青と湖面の青は相互に光を反射してキラキラと輝いていた。
人もほとんど通らないその湖畔で私は一人、いや、龍と一緒に、暫くの時間を呆けて過ごした。
何もかもが、赦され、癒され、融け合って行くような時間。
この湖が、赤く血に染まった時代もあったのだろう。
だが今、この湖は限りなく碧く澄んでいた。
鞄に入れて来たクリスタルのスフィアを取り出して、湖をバックにそのキラキラと美しい湖面とクリスタルの虹を写真に納めてみる。
澄み切った空と空気、何もない湖上の上空の空間には、龍神の世界が広がっている。
私はそんな諏訪の龍神界と同時に、歴史の層、意識の層が湖上で重箱の段の様に積み重なっているのを視ていた。
ふと脇の白龍と会話が出来そうな気がして来る。
こういう時の手順は決まりがあって、先ずは名前を聞く。
私は言葉で受けとるのがどちらかと言うと苦手なので、名前を聞いて言葉で返してもらうことにはハードルを感じるのだが、この時だけは違った。
ストレートに、スパンと、返って来たのだ。
それも漢字まで教えてくれた。
白龍は、鼓舞(こま)と名乗った。
時空を超えた意識の邂逅を果たした私は突如、手にしていたクリスタルを湖に奉納したくなり、エイッと、あらん限りの力で珠を湖面へと投げてみた。
高く高く、一旦弧を描いて クリスタルがポシャンと音を立てる。
一瞬、湖面に龍がヌッと顕れて、珠を掴んでまた潜って行ったような気がした。
これが、珠を奉納すると言うことか・・・。
この日の行程を全て終えると、諏訪との因縁が一つ軽くなったような気がした。
そして鼓舞は私と共に一緒に着いて来たのだった。
また行こう。
暫くは、この鼓舞と共に諏訪に通うことになるだろう。
諏訪の一日を終えるとすぐにそう思った。
そしてことの顛末をHさんはじめ石グループのメンバーに告げると、あれよあれよという間に私も行く、私も、私も行きたい と、総勢7名で再度諏訪詣でをすることへとなって行ったのだった。
魂のご縁で出会った石グループのメンバーなのだから、当然その中の一人や二人が諏訪に因縁があるだけでは終わらないのだ。
その頃には既に、Hさんや私以外にもその頃の記憶を手繰り寄せたメンバーが顕れていた。
私の様に諏訪方としての記憶がある者がいるのだとすれば、やはりその敵方、武田の記憶を持つ者もいて、グループのメンバーでそれぞれのサイドからの記憶を照合して行ったのだ。
その延長線上での諏訪詣でとは、敵味方の和解と融合、癒し、そんな要素が色濃くなって行く。
では皆でいつ、どのタイミングで、そして何をするべきか?
それらを指図したのが、鼓舞だった。
鼓舞の指示で私たちは再び諏訪へと向かうことにした。
期日は、3月20日。春分だ。
そして鼓舞からのミッションがもう一つ。
7名それぞれがそれぞれに珠を用意して、諏訪湖へ奉納せよと言う。
7名の、7色の珠だ。
虹の珠。
かくして私達7名はそれぞれに色の担当を決めて珠を用意することになった。
私達はそれを諏訪玉と呼んだ。
この続きはまた次回。
橙香