『疲れた心が楽になる本』というのは、たとえばこういう本である〜「メンタル本大賞」第一回受賞作
「心が楽になる本」との出会いの場をつくる。
メンタル本大賞発起人・成瀬俊昭さんインタビュー
心が疲弊したときや、生きづらさを感じて苦しいとき、あなたはどうしていますか?
メンタルヘルス(心の健康状態)やウェルビーイング(肉体的・精神的・社会的に満たされた状態)という言葉が注目されるようになり、心の病に対するイメージは以前ほどネガティブではなくなりました。
Webを検索すれば数多くの情報サイトがヒットし、書店に行けばさまざまな関連書籍が並んでいる時代です。
では、そのなかから本当に自分に合ったものを見つけ出すには?
情報量が増えたぶん、見極めがより難しくなったのではないでしょうか。
2021年に創設されたばかりの『メンタル本大賞』は、メンタル本(メンタルヘルスをテーマにした本)の有益な情報提供をめざしてスタートしたプロジェクト。
10月に発表された記念すべき第1回の大賞に、弊社の『多分そいつ、今ごろパフェとか食ってるよ。』(Jam著/2018年発売)を選んでいただきました。
『メンタル本大賞』発起人は、30代のときにうつを経験したという成瀬俊昭さん。どんな想いでプロジェクトを運営しているのか、お話をうかがいました。
(聞き手/ライター 三橋温子)
自分が救われた「本」を通じて、苦しんでいる方の力になりたい
『メンタル本大賞』発起人の成瀬さん
―『メンタル本大賞』はおひとりで立ち上げられたのですか。
はい。現在は私を含めて実行委員が4名いますが、最初は私ひとりでサイトを開設するところから始めました。
―うつに悩まされたご自身の経験が、創設の原点だとお聞きしています。
20年近く前、31歳のときにうつを発症しました。
当時、私は転職したばかり。
不慣れななかで大規模プロジェクトの一員となり、優秀な同僚に囲まれながら毎日プレッシャーを感じていました。
同じ時期に子どもも生まれたのですが、仕事が忙しく育児は妻任せ。
会社でも家でも役に立てず、自分の存在価値がわからなくなってしまったんです。
2〜3か月はひとりで思い悩みましたが、どうしようもなくなって心療内科に通うことに。そこから1年くらい休職と復職を繰り返しました。
―精神的に参ってしまった経験は初めて?
それ以前にも3社経験していて、各社でいろんなストレスはありました。でも病院に通うまで追い詰められたのは初めて。
私、子どものころは体が弱かったんです。
でも水泳を始めてからは死ぬ気でがんばって、最終的には関東大会に行けるくらいまで強くなりました。努力して結果を出した自負があったので、会社では部下にかなり厳しくあたっていたと思います。自分は仕事ができると思い込んでいました。
だから自分がいざ潰れてしまっても、最初は認めたくない気持ちでいっぱいでしたね。
―1年ほどかけて回復していくなかで、転機になった出来事はありますか。
もともと本が好きで、20代のころからビジネス書や自己啓発書を1000冊以上読んでいました。
うつを患っている真っ最中はなかなか読めなかったのですが、少し回復してきた時期にメンタルヘルス関連の本を何冊か手にとってみたんです。
当時は精神科医や心療内科医が書いた専門書のような本がメインでしたが、なかにはうつ経験者の目線で書かれたものや、「うつだからこそ繊細丁寧に仕事ができる」といった当事者に寄り添うような内容のものも。
そうした本を何冊か読み、少しずつ自信を取り戻していきました。
20代のころから読み続けていたビジネス書・自己啓発書
―そこから『メンタル本大賞』創設を決意するまでにはどんな道のりがあったのでしょう。
自分の経験をいかして、同じように苦しんでいる方の力になりたい。
本を書きたい。
そういう想いがずっとあり、自分で原稿を書いて出版社に持ち込んだりブログを書いたりしてきたのですが、より多くの方々を救う可能性のある方法として思いついたのが『メンタル本大賞』でした。
最近は、以前よりも幅広い種類のメンタル本が出版されるようになった一方で、本当に自分に合った本を選ぶことが難しくなっています。
癒しを求めて手にした本が、読者にプレッシャーを与えてしまう本やスキルアップを求めるような本だったりすることもあるでしょう。
そこで、「疲れた心が楽になる本」だけをキュレーションして、より認知を高めるためにも専門家の目線でNo.1を決めていくというコンテスト形式を思いつきました。
構想が固まり始めたのが2020年の秋ごろから年末にかけてです。
『パフェねこ』が大賞を受賞するまで
―アイデアを思いついてから、具体的にどうやって活動を進めていったのですか。
まず『メンタル本大賞』のビジョンを伝えるサイトを2021年1月に開設して、ノミネート候補作品を掲載しました。
本来なら読者アンケートを通じて選出するのがベターだと思いますが、「『疲れた心が楽になる本』というのはたとえばこういう本である」と提示することが第1回では重要だと考え、今回は私が選ぶことに。
発売日を直近3年以内と決め、50〜60冊のなかから15冊をノミネートしました。
サイトを開設した1週間後くらいに、突然TwitterからDMが届いたんです。
その送り主が、現在一緒に実行委員をしている心理カウンセラー兼作家の弥永英晃です。
自身もメンタル本で救われた経験があり、ビジョンに共感してくれて、運営を手伝ってくれることになりました。
ノミネート作品から大賞を決める選考委員をはじめ、出版社や著者の方などの関係者の大半は弥永の伝手でご協力いただけることになった方々で、弥永にはとても感謝しています。
成瀬さん(左)と弥永さん(右)
―『疲れた心が楽になる本』というテーマのほかに、ノミネート作品を選ぶ際に重視したポイントは?
出版社、著者の職業、本のジャンル、テーマはなるべく偏らないようにしましたね。
著者の職業でいうと、医師やカウンセラーやメンタルコーチなどプロフェッショナル目線で書かれた本だけでなく、会社員や当事者の方の本も絶対に入れたいと思っていました。
本のジャンルでいうと、文字もの、イラストエッセイ、漫画など。ここ2〜3年は「自己肯定感」をテーマにした本がブームだったので、そのなかでもコンセプトがめずらしい個性的なものを選んだりもしました。
―今回大賞をいただいた『多分そいつ、今ごろパフェとか食ってるよ。』は、発売当初からご存じでしたか。
書店ではよく見ていたのですが、ビジネス書が好きだったのでしばらくは手にとらずにいました。
ただ、あまりにも売れているので読んでみたところ、「これはすごいな」と。
著者のJamさんはゲームグラフィックデザイナーやイラストレーターの顔もお持ちで、疲れやストレスを我慢し続けた末に神経性胃炎で病院に運ばれたことがあるそう。
おそらくとても仕事のできる方だとお見受けしましたが、そういう方があの親しみのあるテイストで幅広い読者層にメッセージを届けるスキルを持っていることに感銘を受けたんです。
愛らしい“パフェねこ”の漫画から興味を持つ人が多いと思いますが、文字ものが好きな私は文章のエピソードにより惹かれました。
〈SNSに書かれていることが、全部自分のことに感じる〉の章なんかはとくに印象に残っていますね。
以前の私のように、自分は仕事ができると思っている、仕事をバリバリしているような層にも届くメンタル本だと思います。
―この本が大賞に選ばれることは予想していましたか。
素晴らしい本なので上位に行くとは思っていました。
ただ、個人的には文字ものが選ばれると予想しており、サンクチュアリさんには大変申し訳ないんですが大賞は予想外でした!
心が疲弊しているとき、文字ものの本は読み慣れている人でないとやっぱり読みにくい。
どのページからでも気軽に読める点が選考委員の高評価を得たようです。
―著者と編集者それぞれにいただいたトロフィーと副賞(読者コメントをまとめたオリジナルフォトブック)も素敵でした。
著者のプロデュースや書籍のPR事業をされているブックダムさんからご賛同のメッセージをいただいたので、トロフィーと副賞の寄贈をお願いしたら快くお受けいただいたんです。
もしかしたら著者の方だけに贈るのが一般的なのかもしれませんが、二人三脚で取り組まれた編集者の方にもぜひ贈りたいという気持ちから両者にお渡しすることにしました。
成瀬さん(左)と担当編集者の大川(右)
「メンタル本のポータルサイト」をめざして
―今回のご経験をふまえ、第2回『メンタル本大賞』はどう進化していきますか。
現在はノミネート作品の候補を選ぶためにいろいろな本を読んでいるところで、3月ごろにはノミネート作品を決めたいと考えています。
というのも、心を病んでしまう人が増えるのはGW明けや夏休み明けなので、春前に決めておくことで書店さんもコーナーを展開しやすいのではと。
第1回の受賞発表は世界メンタルヘルスデーの10月10日にしましたが、この日以降はメディアにも取り上げられにくくなると気づきました。
ですので第2回は早めに受賞作品を発表し、大賞だけ10日に発表するなどして、世界メンタルヘルスデーに向けて盛りあげていくような啓蒙期間をつくりたいと思っています。
―とくに注力したいことや課題に感じていることはありますか。
第1回はスキルが不足していて情報拡散に苦戦しました。収益化をめざすプロジェクトではないので、無償で協力してくださる方を集めるのも大変です。
2回、3回と継続することでメディアにももっと注目していただけるようになると思うので、まずは地道に協力者を増やして継続する、これに尽きると思います。
『メンタル本大賞』を大々的に宣伝する手もありますし、それがきっかけで自分に合ったメンタル本と出会える方や救われる方が増えるという可能性も否定できません。
でも、もし心を病んで苦しんでいる方が、書店でまるでお祭りかのような『メンタル本大賞』と書かれた派手なポップを見たら? 私だったら「食いものにされている」と感じてしまうと思います。
売りたい本を選ぶ賞ではなく、実際に苦しんでいる人と日々接している医師やカウンセラーが自信を持って薦める本を選ぶ賞でありたい。そこにはこだわりを持ち続けたいんです。
もしかしたらネット販売が向いている商材かもしれません。
とはいえ、せっかく書店に足を運んでくれた方にメンタル本の存在を知ってもらう機会をつくることは大切だと思うので、今後の展開のしかたは、書店さんからもアイデアをいただきながら模索していきたいですね。
―『メンタル本大賞』が最終的に実現したいビジョンは?
コンテストはあくまでもきっかけのひとつ。
めざすのは、このサイトに訪れれば自分に合ったメンタル本と出会える「メンタル本のポータルサイト」のような存在です。
そのためにも幅広い読者に受け入れられる読みやすい本をたくさん紹介していきたいですし、ゆくゆくは文字もの・漫画・エッセイ・小説・絵本などジャンルやテーマごとに部門を設けて幅広く紹介していきたい。
ノミネート作品以外の本を取り上げる記事コンテンツなども充実させていきたいですね。
最近のお気に入り(上)と再読している昔のメンタル本(下)
―ありがとうございます。最後に、この記事を読んでくださっている方にメッセージをいただけますか。
現在「しんどい」「つらい」と感じている方は、いまは休む時期なんだと思って本当に無理をなさらず心身をいたわってあげてほしいです。
また、もしよければ『メンタル本大賞』で紹介しているなかからご自身に合いそうな本を見つけてみてください。
その方の悩みや状況によりますし、読書そのものが治療の手段にはなり得ないのですが、気持ちを楽にしてくれる本に出会えるかもしれません。
「身近な人が苦しんでいるのに、どう力になればいいかわからない」と悩む、当事者の方のご家族やご友人もいらっしゃると思います。
そのような支え手の方々にも『メンタル本大賞』の存在を知っていただき、当事者の方へ「『メンタル本大賞』のサイトを見てみたら?」と薦めていただけるようなサイトをめざしていきたいです。
もちろん不調やストレス症状が長く続いたり、日常生活に支障が出ている場合は、早めに医療機関やカウンセラーに相談することを提案していただけたらと思います。
(画像提供:iStock.com/Jinli Guo)
成瀬 俊昭(なるせ・としあき)
千葉県出身。『メンタル本大賞』発起人。大学卒業後、メーカー、ITベンチャー企業などを経て、1999年にオンライン書店ビーケーワンの設立に参画。2002年、書店・エンターテインメント事業などを手がける企業に入社し、2021年退職までおもに物流業務に従事。在職中に『メンタル本大賞』サイトを開設(2021年1月)。以降、自身のうつ闘病経験や1000冊以上のビジネス書を読んだ経験を活かして、生きづらさを感じている人を元気にする活動を継続中。