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はるかなる

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短編小説「はるかなる」作 清住慎   ~8~ end

 8.

 行き先は、関東を少し外れた、海の見える温泉街である。社員全員で温泉のある宿に行き、宴会をして一泊して帰る。それだけのことだ。だが昨今は不況により社員旅行を実施する企業が激減しているということだから、私達はそれなりに恵まれているのかもしれない。

 早起きをして集合し、二台のバスに分乗して高速道路を走る。最初ははしゃいでカラオケや酒盛りをしていた連中も、そのうち飽きて眠り込んでしまった。

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短編小説「はるかなる」作 清住慎   ~1~

「うっ……、はあっ」

 私は間抜けな声を出しながら、急いでティッシュボックスから数枚をむしり取って局部に押し当てる。

 間に合った。先端からどくどくと粘液が溢れ出し、たちまちティッシュはぐちゃぐちゃになる。私は先端をちょっと絞って残りを拭き取り、床に飛び散っていないかを確認して素早く立ち上がり、パンツとズボンを引き上げる。

 そして足音を立てないよう注意してトイレまで行き、ティッシュを便器に

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短編小説「はるかなる」作 清住慎   ~7~

7.

 その日の夜、私は二回も自慰で放出した。動画は見ていない。頭の中で、自分の思うままになる遥佳と何度も性器を擦り合った。明確な拒絶の言葉を突きつけられたことで、行き場を失った遥佳への思いは私という火山の中でマグマとなって膨張し、右腕を媒介にして噴火した溶岩は精液となって体外へ溢れ出た。

 果てた後の、男特有の虚しさと共に胸に残るのはせつなさだった。

 この気持ち、どうすればいい?

 真

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短編小説「はるかなる」作 清住慎   ~6~

6.

 翌朝、私は少し緊張して会社のドアを開けた。

 いつも通りならば、遥佳はあと数十分後に出社して来るはずだ。やはり今日は気まずくなるだろうか? 

 としても特に対処方法はない。結局は普通にしているのが一番いいのだ。私が変に意識すれば、彼女も困ってしまうだろう。

 私はいつものようにコーヒーを入れ、パソコンに向かってメールのチェックを始めた。

 しばらくして、ドアノブがカチリと回る。私

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短編小説「はるかなる」作 清住慎   ~5~

5.

「かんぱーい」
「お疲れさまぁ」

 皆が口々に唱和する。一気に中ジョッキの半分ほどを空ける者もいれば、ショットグラスに口づけする程度の者もおり、各自気ままなペースで飲み始める。

 ほぼ全員が健診を終えたその夕方、「とにかく飲みたい!」と叫び出したのは瑞穂だった。聞けば男性社員の中にも健診のために控えていた者が結構いて、すぐに五、六人が同調した。

 瑞穂が来れば、必ず遥佳もついて来る。

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短編小説「はるかなる」作 清住慎   ~4~

4.

「洋一さんの好きにして」
と、遥佳が吐息のような声で耳元に囁き、私の首に手を回す。私は既に火照りを帯びた彼女の身体を自分の体内に取り込むかのようにきつく抱き締め、それからもう何も身につけていないその背中にそっと指先を這わせた。

「あ」

 と、小さく声を上げ、遥佳がピクンと身を仰け反らす。そのままちょっと目を閉じ、すぐに潤んで妖しげな輝きをまとった瞳を真っ直ぐ私に向けてくる。私はそれを正

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短編小説「はるかなる」作 清住慎   ~始めに~

大人のラブストーリーを書きました。以下、あらすじです。

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 桐洋一は、妻帯者であるのにいつからか同僚の三宮遥佳を夜ごと思い、自慰に耽っている。会社でもそのボディラインから目を離せず、一言の会話にすらに内心驚喜するほど。

 あるとき、会社の飲み会では必ず遥佳が右隣を開けてくれているのに気づき、遥佳も自分のことが好きなのではと思う。

 健診後の飲み会で偶然遥佳と二人

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短編小説「はるかなる」作 清住慎   ~3~

3.

 株式会社ルビアは、社員総数五十名程度の不動産管理会社である。誤解されやすいが、土地や建物を売買したりするのではなく、アパートやマンションの管理や清掃、施設維持など、言ってみれば管理人の仕事を請け負う会社である。

 ビルの二階と三階を借りきっており、二階には実際に管理業務を遂行する部隊、三階には営業と事務部隊が入っている。
 私は庶務部総務課の所属で、三宮遥佳は経理課の所属である。席は離

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短編小説「はるかなる」作 清住慎   ~2~

2.

 翌朝、私は傘を広げながら一人自宅の玄関を出た。通勤に少々時間のかかる私は、まだ妻と子が眠っている間に家を出る。

 駅へ行く途中至るところにある畑では、キャベツや茄子が何週間ぶりかの雨を喜んでいるかのように艶やかだ。

 借家だが、この閑静な雰囲気と自治体の育児サポート体制が気に入って、こんな郊外にもう九年も住んでいる。

 都心まで延びている私鉄のプラットホームへ上がると、ほどなく始発

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