
公表なった2つの論文をつなげて考えてみた
10月第2週に入ってから、前の勤務先にまだいた頃に私が書いた原稿が、レポートのウェブ公開や書籍刊行を通じてようやく日の目を見ることになりました。いずれも満足のいく内容ではありませんが、古巣を退職した後もずっと引きづっていた仕掛り案件だったので、ようやく世に出て今はとてもホッとしています。
この2つの論考は、まったく異なる経緯から書かれました。初稿を書き上げた時期も大きく異なります。ですので、執筆にあたって両者の間に何かしら関連付けを想定していたわけではありません。特に2つめの英文書籍の1章は、このnoteで展開している「ファブ」(デジタルファブリケーション)とは一見まったく関係のないテーマのように見えるでしょう。
そこで、今回は、各々の論考のポイントと、書き足りないと思っていること、そして両者をつなぐ「糸」について、少しご紹介したいと思います。
1.ファブラボは、あなたのすぐ近くまで来ています
このレポートは、古巣の若手職員に対する先輩職員からの「遺言」のつもりで書きました。2013年からファブが国際協力にもたらす大きな変革の可能性について自分なりの情報発信をしてきたつもりですが、組織内での理解がなかなか得られない状況が続きました。この10年間―――というか、SDGs制定を起算にして目標達成期間の折り返し地点までの約8年間に、ファブラボのコミュニティで起こったことを自分なりにまとめたのがこのレポートで、「わからなければこれ読んで」ぐらいの気持ちで書きました。
noteで断片的にこれまで述べてきたことが多く含まれますが、「国際潮流」という形で情報をまとめたのはこれが初めてです。そして、もしnoteで書いてきたことを再構成して今後本を書こうなどと考える時期が来たら、このままその中の1章として使うことができたらいいと思っています。
ただ、諸々の制約の中で、書けなかったこともあります。
先ず、私がJICAの技術協力プロジェクトの専門家としてブータンで活動して得た知見や教訓、国際協力への含意については、本稿では一切言及していません。それらを含めて元々2つの別々のレポートを書くつもりで企画書を提出し、構成も考えて同時並行で書き始めたのですが、かなり初期の段階で、担当者の方から「出せるのは1本のみ。かつ字数は20,000字以内」と指示され、2本目を書くのは断念しました。
次に、字数が制限されたことで、JICAが重視している「人間の安全保障」と、ファブの関係についての考察は、割愛を余儀なくされました。ファブは一人一人のニーズに合わせてカスタマイズしたソリューションを提供できるし、単にソリューションを提供して脆弱な人々を「保護」できるというだけでなく、そういう人々にも施設・機材へのアクセスを保証し、保護される対象者自らがソリューションを創り出せるという意味で、「エンパワーメント」の要素も持っています。
これが「人間の安全保障」でなくて、何が「人間の安全保障」なのかと思いますが、ファブは「人間の安全保障」とは関連性が見出しにくいと主張する人がいます。ファブを体験してから言って欲しいと思います。
古巣の若手職員への遺言だと書きましたが、もし彼らが将来、開発途上国の現地事務所に駐在するような機会があれば、ファブラボのような分散化した生産施設が地域にあることのメリットを、十分生かした開発協力をデザインしてほしいと私は期待しています。現地の施設や素材、人材を用いて作られたソリューションは、現地で臨機応変に改編できるのだというのを、常に忘れないでいてほしいです。
2.現地事務所の役割はけっこう重要
本書の中で、私は、「JICA海外協力隊事業における在外事務所の役割」について論じた1章を書かせていただいています。電子書籍版は無料でダウンロードいただけます。大学の授業で使えと言われるのですが、発刊された時点で私は大学で教鞭はとっていないため、これをどう実践に移すかは悩ましいところではあります。共著にブータン人を巻き込んでいるので、彼に期待したいと思っています。
結論はわりとシンプルです。協力隊事業では協力隊員個々人の活動にスポットが当たることがほとんどですが、協力隊事業は隊員とJICAの現地事務所が一緒に実施するものであり、時には事務所主導で企画実施される活動で、協力隊員の力を借りることもあり得ると述べました。また、その前提として、現地事務所が、協力隊事業を担当するボランティア班と、他の開発協力事業を担当する班との縦割りを極力排し、事務所全体で協力隊事業に取り組む姿勢が求められると論じました。
また、章末のコラムで、私自身がJICAのブータン事務所長を務めていた2019年2月に計画・実施した、「高地小学生向けウィンターキャンプ」の経験をご紹介しています。
ファブとは無関係だと冒頭書きましたが、実はこのウィンターキャンプには、ファブラボブータンにも協力を仰ぎました。ただ、協力を仰いだという点では当時ブータンにいらした協力隊員と同列の扱いだったので、ファブラボと協力隊を組み合わせようとした事業ではありません。
本稿で強調したかったのは現地事務所の役割でした。そして、その事務所の本来果たすべき機能の妨げになるのがスキーム別、分野・課題別の縦割りの事務所の運営管理体制で、その打破の必要性について述べています。
この論点は、ファブの開発協力での活用についても当てはまります。本当は現地事務所内で全所的に活用を考えてもらいたいのに、現実は特定の担当者のところで止まってしまう。その理由は、組織の建付けがそのような体制になっていることと、統括している職員にその意識が薄いことによるものだと私は考えています。
ファブの開発協力での活用の話になると、「そりゃあいい、協力隊の役に立つ」とよく言われます。確かにその通りです。協力隊は通常、多くの分野職種にまたがるので、そのどれにもファブを活用できる余地があります。
また、逆に協力隊員の方々の持っている知見が、ローカルのものづくりの進化にも役に立つ可能性も大きいです。
これらは、私がJICAの技術協力プロジェクトでファブラボに入っていたブータンでも、強く感じたところです。でも、新しいもの好きの協力隊員の方になら響いても、鼻から「自分とは無関係」だと思っている協力隊員の方まで巻き込むことはできず、一緒にお仕事させていただけて、「ファブラボ利用できてよかった」と言って下さった方もいれば、結局自分の任期中一度もお目にかかる機会のなかった協力隊員の方もいらっしゃいました。
ただ、それでも協力隊事業に関しては、本稿のポイントの1つである、現地事務所に入られている「調整員」の方が理解者になっていただければ、かなり話が進むと思います。制度上の制約がいろいろあったのではないかと思いますが、ブータンのJICA事務所の調整員の方々には、私も大変お世話になりました。
3.「ファブ×協力隊」を越えて
しかし、所内横断的にどの分野課題においても活用を考えて欲しいとなると、難易度は跳ね上がります。
例えば、協力隊員が知見の宝庫でローカルのものづくりの深化に貢献できると先ほど述べましたが、技術協力プロジェクトや資金協力によるインフラ整備で現地に派遣されている「専門家」や「コンサルタント」と呼ばれる方々はもっと豊かな経験や見識をお持ちですが、「業務指示書に書かれていないことはできない」「現地のファブラボを活用してプロトタイピングをしてほしかったら、JICAが作る業務指示書にそう書いてほしい」と言われたことがありました。
結局、何をするにしても、納得してもらわないといけない究極の相手は、JICAの職員ということです。これは難しい。簡単にできるなら、組織の中にいたこの10年の間に私にもとっくにできていたはずなので。