ものづくり×ファッション=教育
3週間、任国を留守にして、日本に帰っておりました。その間、日本でやることがありましたし、任地を留守にしたら自分のカウンターパートがどれくらい自分たちでファブラボCSTの運営をやってくれるのかを見てみたかったので、なるべく関わらないようにしていました。
それでも、ウェブ会議は付いて回ります。ひどい日は1日3回ウェブ会議に臨んだこともあるし、3日連続で自分がウェブ会議をホストしたこともあります。WhatsAppを使ったやり取りは、もっと頻繁に繰り返されます。どこにいても仕事が追いかけてくる、イヤな時代になりました。でも、どこにいても対応可能だからとたかをくくり、業務引継ぎを疎かにするようになった自分の段取りの悪さに起因する部分もあります。時差の関係で日本の夕食の時間がウェブ会議ホストに取られたり、ウェブ会議が続くがために終日自宅周辺でお茶を濁したりしていた私を見て、妻は呆れていました。
とはいえ、この一時帰国の期間中に、どうしても自分がやらねばならない仕事が起こりました。米国カリフォルニア州のメイカースペース「SteamHead」の創設者で、現在「MakeFashion Edu(メイク・ファッション・イーディーユー)」という非営利プロジェクトの共同発起人であるジェームズ・シンプソンさんとキャリー・ルンさんを招いて、4月4日(火)17時30分(ブータン時間)に、トークイベント「オンライン・ミートアップ」を主催することになったのです。
久しぶりのnoteの記事は、そのイベントを取り上げます。
1.きっかけはミニ・メイカソン
ジェームズさんとキャリーさんから初めてご連絡をいただいたのは、私たちのプロジェクトで3月上旬に開催したミニ・メイカソン「小さいけれど、意味あるものを作ろう(Let’s Make Something Small But Meaningful!)」がきっかけです。
このイベントでは、「文書化」も重視し、各グループに記録担当を決めて、両グループが取り組んだ自助具試作のプロセスを、ファブラボCSTのウェブサイトにある「Project Gallery」で記録するよう求めました。
このミニ・メイカソンを総括する記事をファブラボCSTのFacebookで挙げたところ、これにコメントを下さったのがジェームズさんでした。「記録を残すという取組みが素晴らしい。FAB23の時にはブータンに行くので、君たちとコラボさせて欲しい」とありました。
FAB23(第18回世界ファブラボ会議)では、ファブ・ファンデーションからの指示により、パネルトーク、ショートプレゼンテーション、ハンズオンワークショップといったサイドイベントは、ティンプーのスーパー・ファブラボを会場にして開催せねばならないことになりました。私たちのように地方にあるコミュニティ・ラボにとって、恩恵の少ない形で開催されようとしています。FAB23の時期は、CSTはすでに秋学期がはじまっているため、学生も教員も1週間ティンプーに行くことは難しいでしょう。地方ラボでもサイドイベントを主催させて欲しいというのが私たちの切なる要望でしたが、聞き入れてもらえませんでした。
そんな状況下で、ジェームズさんからコラボのオファーが来ました。SteamHeadやMakeFashion Eduといったウェブサイトを斜め読みしながら、私たちは、せっかくいただいたこのコンタクト、どうやって生かしたらいいものか、頭を悩ませました。
2.カレッジ・ファッションショーに向けて
そんな時、CST学生による年中行事の1つである「ファッションショー」が、今年は4月15日(土)に開催予定であることがわかりました。このイベントを主催するのはNDLDという学生クラブで、顧問はファブラボCSTのマネージャーであるカルマ・ケザンさん、クラブメンバーも、彼女のいる電気通信工学科の学生で構成されています。
一時帰国に出発する直前、私はNDLDのコーディネーターであるツェワン・ドルジ君(4年)を呼び、ファッションショーをどう進めるか打合せを行いました。本番のランウェイショーに向けて、ファブラボCSTでは、少なくとも3つのことを行おうという話になりました。
ユーザーズフォーラム(3月25日):2月に行った「3D CADを使ったアクセサリー作り」のワークショップに出た学生を呼び、自分のアクセサリーをどのように作ったのか「Show & Tell」してもらう。
縫製ハンズオンワークショップ(4月4日~7日):学生はミシン操作の経験がないため、ミシンと刺繍ミシン操作を実体験してもらうワークショップを平日夕方に開催する。インストラクターは、昨年12月に教職員向けで行った縫製ワークショップをアシストしてくれたインターン学生。
オンライン・ミートアップ(4月第1週ないし第2週):MakeFashion Eduのジェームズさんに、ランウェイショーの準備の仕方や、彼らのプロジェクトで子どもたちが制作したファッションの具体例を聴き、CSTのランウェイイベント開催に向けた参考にする。
これらの方針は、カルマさんやラボ専属技師のテンジン君とも共有し、フォーラムとハンズオンワークショップの運営については2人に任せ、私はオンライン・ミートアップでの発表について、ジェームズさんと日程調整を行うことになりました。
ジェームズさんに打診したところ、現在キャリーさんともどもスリランカに滞在中なので、30分ほどの時差で参加できる同国滞在中にやってしまいたいとのご希望でした。そこで、開催日を4月4日(火)17時30分(ブータン時間)に定めることになりました。これは、私たちの想定していたスケジュールとしては最も早いタイミングとなります。ただ、日本滞在中の私にとっては、開始時刻20時30分なので、前日の接続テストも含めて夜が2日間つぶれることになりました。
3.MakeFashion Eduとは?
経緯の説明に多くの紙面を割いてしまいました。ここで、ジェームズさんたちの取組みについて、私が行った簡単なリサーチの結果をご紹介しておきます。参考にしたのはメイカースペースSteamHeadとMakeFashion Eduのウェブサイト、それにMakeFashion Eduのインスタグラムです。
https://www.instagram.com/makefashionedu/
SteamHeadのウェブサイトには、ジェームズさんとキャリーさんのプロフィールが詳細に掲載されています。ジェームズさんのを読むと、彼はサンフランシスコ出身で、南カリフォルニア大学で産業システム工学を専攻した後、中国・深圳に8年住んだとあります。おそらく深圳でのことだと思いますが、生産現場において、経営者と工員が参加するワークショップを主催して、情報共有や生産ラインを再構築するプロジェクトでいくつかの成果を出されたようです。その経験をもって、帰国後教育の現場に参入しました。「大学レベルのデザイン思考やワークショップの手法をK-12教育に導入する必要性を感じ、SteamHeadを立ち上げた」とプロフィールにはあります。
彼の略歴をリサーチしていて気付いたのは、彼が「ハイ・テック・ハイ」ノースカウンティ校(サンマルコス)で常駐エンジニアをしていたことです。ハイ・テック・ハイは、「チャータードスクール」と呼ばれる公立校で、地元のコミュニティなどと連携し、実際に社会的な課題に関わるプロジェクト型学習を教育の中心に据えています。決まった教科書は定期試験はなく、どんな教材を使って、どんな授業をするかは完全に教師に任されています。にもかかわらず、高い大学進学率を誇り、同校を希望する生徒・保護者はあとを絶たないそうです(藤原さと『「探求」する学びをつくる』)。
これに「ファッション」を組み合わせていったのは、教育の現場で接点ができたキャリーさんだったということなのでしょう。ミートアップをホストした後、藤原さと『「探求」する学びをつくる』(平凡社、2020年12月)を改めて読み返してみましたが、切り口がファッションだということを除いて、ランウェイショーに至るまでのプロセスは、ハイ・テック・ハイで導入されているプロジェクト型学習(PBL)とものすごく近いという印象を受けました。
MakeFashion Eduは、これまでに、カルガリー(カナダ)、サンマルコス(米・カリフォルニア)、深圳、ツーソン(米・アリゾナ)などでランウェイショー開催を支援してきた実績があります。それに前述の通り、スリランカでも試行がはじまっているようです。
彼らのウェブサイトには、ランウェイショーに至るまでの標準的なスケジュールが掲載されていますが、お二人によると、「その土地のアカデミックカレンダーに合わせて、1つの学期で完結するようデザインする」とのことでした。つまり、学期末にランウェイショーを開催するという目標を定めて、3カ月かけて準備を進めていくのだといいます。
しかも、単にファッション性をアピールするのではありません。プロジェクト型学習と銘打っているので、そのプロセスを通じて何を学んだのかが問われるし、ファッションを通じて、何をメッセージとして発信するのか、そのメッセージをどう表現するのかも問われるようです。必要なテクノロジーを学ぶだけでなく、そのメッセージにかかる周辺情報は自分で集めないといけません。
さらに、ジェームズさんがファブラボCSTのFacebookポストを評価した最大の要素である「文書化(記録)」というのも忘れてはなりません。ランウェイショーはたいていの場合がそうらしいですが、制作プロセスを動画で残すことが多いようですし、モデルのスチール写真撮影とか、キャットウォークの歩き方や見せ方とか、その道のプロが適宜助言して、最高の舞台となるよう準備を支援していきます。それらをきちんと記録に収め、インスタやYouTube、その他のメディアを使って積極的に発信します。テクノロジーの習得だけではないのです。
4.ファッションショーはどうなる?
それに比べると、CSTが行おうとしているファッションショーは準備期間が極めて短く、そこに込められた共通テーマも、それほど高尚なものがよういされているわけではありません。工科大学らしいテクノロジー的要素をファッションに織り込めという指示が出ているわけでもなく、ただ単に学内居住する学生の週末の娯楽のために開催されるという性格が強いと聞きました。もちろん記録が義務化されているわけではありません。
ミートアップは、事前登録者が130人を超えるという大盛況で、私も自分のZoomアカウントで一時的に500人までの大規模会議ができるよう、追加の料金を支払うはめになりました。その9割超がCSTの学生でした。NDLDクラブが相当な呼びかけを事前にやってくれた成果といえます。ただ、ふたを開けてみると参加者は83人にとどまりました。これでも十分に多いと思いますし、ファブラボCSTでは研修スペースをオープンにして、一種のパブリックビューイングを主催してくれていたようなので、実際の視聴者はもうちょっと多かったと思われます。
それで、このミートアップを参考に、ファッションショーには何が生かされるのでしょうか。これだけは4月15日を迎えてみないとまだわかりません。私自身も、彼らのファッションショーを見るのはこれが初めてで、前年までとどこがどう変わったのか、比較することができません。もちろん、それまでの間にファブラボの施設を利用して参加者が何らかの制作を行っていたとしたら、それは大きな進歩といえるでしょう。もし気付いたことがあれば、本稿の続編としてレポートしてみたいと思います。
5.FAB23とその先へ
FAB23において、MakeFashion Eduとコラボできるのは、どう考えてもファブラボCSTしかない気がします。テキスタイルマシンを使いこなしているファブラボは、ブータンではうちしかありません。それだけに、サイドイベントがティンプーでしか開催できないというのは、私たちにとっては足かせとなっています。
ジェームズさんからは、どんなコラボができそうなのか、ファブラボCST側からの提案が欲しいと言われていますが、場所がティンプーであることや、スーパー・ファブラボにはテキスタイルマシンが1台もないことから、できるイベントに制約があります。
一方、ティンプーであれば、STEM教育に力を入れたい学校もあるし、ファッションアトリエもある。それに、最終プロジェクトでテキスタイルを取り上げたファブ・アカデミー卒業生もいて、現在は市内の小学校でSTEM教員を務めていると聞きます。彼女はファブラボ・マンダラ出身なので、今のところFAB23の開催準備にはまったく関わっていません。
マシンは揃っていないけれど、参加できそうな子どもも先生もそこそこいそうな気がします。どうせマシンが使えないのなら、いっそのことスーパー・ファブラボから飛び出し、市内のチェゴ・ファブラボを会場にして、別のサイドイベントをやれたらいいのに。そう思わないでもないです。
FAB23のサイドイベント募集はすでにはじまっています。あまり時間的余裕もない中で、これらのピースを組み合わせて、MakeFashion EduとファブラボCSTで、ティンプーで何ができるか、できるだけ早くジェームズさんたちに提案せねばなりません。
一方、せっかくできたジェームズさんたちとの接点を、FAB23の場だけに限定するのも、やっぱりもったいない気がします。FAB23以後の開催として、中長期的に考えていく必要があると思いますが、プンツォリンの初等・中等学校を巻き込み、1学期3ヵ月をかけてできるプログラムを考えて、MakeFashion Eduの助言を得ながら、ファブラボCSTでランウェイショーが開催できたらいいですね。