見知らぬ土地のファブスペースにどうアプローチする?
最近、勤めている大学の図書館で本を借りる機会が増え、その中で、高須正和『世界ハッカースペースガイド』を読みました。
2018年1月に出てから7年近くが経過しているので、新陳代謝が激しいハッカースペース(ファブラボやメイカースペースも含めて)のこと、本書で紹介されたハッカースペースが今も活発に活動しているのかどうかはわかりません。でも、本書を読むと、「ファブラボ」を通じて私も接点ができた世界各国のメイカー(本書で言う「ハッカー」)のあの陽気っぷりや、世界中を飛び回る行動パターンが、なんとなく理解できるような気がしてきました。
私がファブアカデミー受講でお世話になったファブラボ関内にも、結構外国から短期滞在のメイカーが訪ねて来て、アートフェスなどで日本に滞在する際の準備作業の拠点として、利用しているのを見かけました。私がまた海外渡航する機会があったら、同様に現地のファブラボを探し、活動の合間に現地のメイカーと交流できたらと思っています。
お金の出どころはよくわからないけれど世界中を飛び回ることができるメイカー/ハッカーがいる一方、国からなかなか外に出ていかないメイカー/ハッカーもいます。本書に収録されている中国・深圳のハッカー、SexyCyborgさんのインタビューは、下記のブログ記事で公開されています。
しかし、本書を読みながら、工作やプログラミング、CADなどにそこそこ造詣がないと、こういう場に気軽に飛び込んでいけないのではないかとどうしても思えてしまいます。そもそも著者のように世界中を飛び回るにはお金が必要でしょうし、コミュニケーションは「ブロークンな英語でも十分OK」と言われても、問題は英会話力ではなく、電子工作やプログラミング、CADに関する用語理解の程度の問題だと思ってしまうのです。
残念ながらこういうルポ執筆のお鉢が回って来るのは、そういう造詣があって、名が知れていて読者への影響力がありそうな人です。本書の出版元は電子書籍やオンデマンド印刷をやっているので、私たちがその気になれば個人出版には応じてもらえるでしょう。でも、人文・社会科学系出身のド素人がそういう本を出そうとはなかなか思わないでしょう。
最近、あるオンラインの勉強会で、私がnoteで展開している「国際協力におけるデジタルものづくりの普及」についてお話しさせていただきました。少し前には、国際協力や国際開発の研究者が集まる学会でパネリストとして登壇もして、よく似た議論を展開しました。
いずれの場でも、国際協力の現場にいる開発ワーカーが現場で直面する課題に対して解決策を考える際に、現地で解決策をプロトタイピングできる場としてファブラボなどのファブスペースの活用をもっと考えたらどうかと私は主張したつもりですが、「そうは言われてもファブスペースで何ができるのかわからない」と戸惑う声をチラホラ耳にしました。
現場での日々の活動の中で、感じている問題というのはないのでしょうか。問題がない現場ってないですよね。
ファブスペースで何ができるのか具体例を挙げるのもいいですが、そうすると必ず思考がそこで止まってしまいます。むしろオープンに、現場で何が問題なのかをぶつけてもらう方が、「それじゃあこんなのはどう?」とアイデアが出せます。本書を読んでいて感じるのは、世界中のハッカーはそういう難題が持ち込まれると嬉々として解決に向けたアイデアを出してくれそうな人たちだということです。
勉強会でも学会パネルでも、その部分をあまりうまく伝えられなかったのは私の反省点です。
こういう戸惑いを抱いている人をファブスペースに行かせるのは、結構な難題です。私自身の経験では、「行けば利用のアイデアがひらめく」と言いたいのですが、自分はテックギークじゃない、プログラミングも電子工作もできないと思っている人にとって、勇気を振り絞って自分で訪問しても、そこで話されている言語がわからないと不安でしょうし、そもそも自分に関係するような話じゃないと思っている人の方が圧倒的に多いでしょう。
さすがに、自分に関係するような話じゃないと思っている開発ワーカーに興味を持ってもらうのは至難の業かもしれません。しかし、同様に開発ワーカーだった私が「ファブすげぇかも」と気付いたきっかけは、開発途上国で野球を普及させたいと考えた時にボトルネックの1つになりそうなグローブも、皮革をカットするデータとレーザーカッターがあれば、現地で作れるのがわかったことでした。(グローブじゃないけれど、皮革のレーザーカットは、ファブアカデミーの課題としてやってみたことがあります。)
野球でできるなら、私がやっていた剣道でもそこそこやれるんじゃないかと考えたわけです。真面目に剣道の指導と世界への普及に取り組んでおられる方々には大変不届きな発言であることはお赦しいただきたいのですが。新型コロナウィルス感染拡大の頃は、フェイスシールドすらDIYで作っていた人たちです。最近、テニスボールを3Dプリントするデザインが公開されているのも見つけました。
何を普及させるにしても、現場には資源の制約があるので、それを克服するために現地にある素材を生かしてどう作るのか、現地のハッカーと一緒に考えてみるのは面白いチャレンジだと思いませんか?
訪問したら訪問したで、そこにいる利用者やスタッフにどう話を切り出したらいいかわからない―――そんな戸惑いもあるかもしれません。
でも、本書の巻末解説「ハッカースペースの可能性」で、翻訳者で評論家の山形浩生さんがこんなことを書かれています。
山形さんが「メイカーの末席すら汚せない半端者」だというのは謙遜が過ぎると思いますが、ここで書かれている問いの数々は、ファブラボがブータンに初めてできた2017年から18年にかけ、フラッと出かけて行って私がそこの利用者に声をかける時によく使っていたもので、すごく懐かしく読ませてもらいました。
今日の結論
騙されたと思って一度地元のファブスペースを訪問してみて欲しい。極論言えば手ぶらでもいい。
自分が普段、どんな問題に直面していて、何を解決したいと思っているかを考えておくとよい。いい話のネタになる。
そこに来ている利用者に、何をしているのかと問いかけて欲しい。人は、自分に興味を持ってくれる人に対してはオープンに接してくれる。
開発ワーカーの人たちは、その現地活動を通じて、それぞれ独自の人的ネットワークを築いていることでしょう。各々の持つそうした人的ネットワークを、地元ファブスペースにたむろするメイカー/ハッカーとをつなぐ役割を、開発ワーカーの人たちには期待したいです。
別に、ご自身がメイカー/ハッカーになって欲しいと期待しているわけではありません。そりゃそうなったら嬉しいですけど、そんなの、元々文系人間である私もできてません。むしろ、人と人をつなげて、ローカルの課題とローカルのソリューションの出合いの場を演出できること、メイカー/ハッカーが通常持っていない新たな視点から物事を見てプロトタイプのデザインのブラッシュアップに貢献できることの方が、より重要ではないでしょうか。
今回は、舌足らずで勉強会の席上短時間でうまく伝えられなかった問いへの回答として、この記事を書かせていただきました。
但し、地元ファブスペースを運営する側の人たちにも注文したいことがあります。突撃訪問したいとき、誰にコンタクトしたらいいのかを明確にして、問い合わせが来たらすぐに応えられるようにしておくこと、そして、ファブスペースで行われている様々な行事について、あらかじめカレンダーなどで公表しておくこと、この2つはお願いしたいです。
折角勇気を振り絞ってファブスペースを訪ねてみたら、得体のしれぬイベントが開かれていて、ひるんでしまったという経験は私もブータンでしました。(ブータンのファブラボは、どこもそうしたイベント予定を事前公開していません。)それでも、そのイベントに「よかったら参加しないか」とその場で誘ってくれるぐらいの人間関係は作ってあったから私は入っていけましたが、初訪問でそれやられたら、やっぱり気持ちが萎えると思うのです。