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全世界のファブラボの数―――そこからして疑問なのか?
今年3月、退職する前に古巣に提出していたレポートに対し、1カ月後、2人のレビュアーからフィードバックをいただきました。古巣組織に対し批判的ととられかねない表現は削除すべきとのコメントもあり、そこもレポートの採用基準なのかと苦笑してしまいました。
ファブアカデミーの課題と格闘中だったので、いただいたコメントに基づく原稿書き直しには、2カ月以上着手できませんでした。その間、古巣からは催促もありました。7月に入ってから正式回答すると言って、待ってもらいました。
自分の主張をトーンダウンさせてまで古巣からの原稿改訂指示に答え、数か月後に彼らのウェブサイトで公開してもらうのがいいのか、いっそのこと原稿を取り下げて、原文のまま自分のnoteで即時公開した方がいいのか、どうしようか悩みました。でも、私も小市民、本音はグッと吞み込んで、マイルドな表現に書き直し、先週改訂稿を提出しました。
おそらくまだ二度目三度目のフィードバックがあるものと予想されます。正式な論文じゃないし、在籍時に書いたレポートだから原稿料もいただけません。既に会社を離れていて、これ自体に対応義務があるわけでもないから、お手柔らかにお願いしたいところです。
ところで、このレポートの初稿の中で、私が全世界のファブラボの数を、「123カ国2,708施設」(2023年8月現在)と書いたところ、「正確な数字なのか。多すぎないか」とのコメントを、レビュアーの1人からいただきました。また、この古巣のシンクタンクが2015年8月に公表しているレポートの中に、「77カ国555施設」(2015年8月現在)とあったので、私は手計算で増加率を算出し、2015年9月から2023年7月までの間に全世界のファブラボの数は「年率48%」のペースで増えたと書いたのですが、ここも「誇張なのではないか」との疑義が呈せられました。
「123カ国2,708施設」というのは、昨年7月のFAB23(於ブータン)において、ファブファンデーションのシェリー・ラシター代表が全出席者を前に高らかに発言した数字なので、その信憑性に疑念を呈されても、私としては、「いや、でもこのネットワークの元締めがそう言ってたんですよね」と抗弁せざるを得ません。私の古巣ではほとんど関心を持たれてこなかったムーブメントなので、にわかに信じられないという気持ちはよくわかります。
「2,708」の根拠は私も知りたいところです。おそらく、ファブファンデーションが運営しているfablabs.ioというウェブプラットフォームで、登録済みのファブラボの数でしょう。
でも、そうするとfablabs.ioに登録済みだが活動休止しているラボがあってもカウントされてしまう。例えば、fablabs.ioによれば、ブータンには現在7つファブラボがあることになっていますが、実際にはファブラボブータンは既に活動休止しています。
じゃあなんで登録抹消されずに残っているのか。それは、fablabs.ioが自己申告制なので、自分たちで申し入れないと登録抹消されないからです。それに、活動休止するラボって、たいていの場合、そういう後始末までしっかりやらないでしょう。
fablabs.ioに載っている地図を見ていて感じるのは、活動休止に追い込まれたファブラボは、開発途上国に多いのではないかということです。活動休止に追い込まれる事情はいろいろですが、外からプロジェクトを製作資金込みこみで持ち込んで、その施設とスタッフの知見を活用する何らかの仕掛けが必要なのではないかと示唆されます。
では、現在活動中のラボがどれくらいあるかというと、以前ご紹介した「ファブラボと国連SDGs」というグローバルワーキンググループの代表を務めるピーター・ファンデルイーデン氏が今も続けている「SDGsプロファイル調査」の最新情報では、「2,472施設」という数字が使われています。彼もfablabs.ioからデータを拾ってきていますが、彼の場合は、現在活動中のファブラボだけを特定して、アンケート調査票を送り付けています。
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そうすると、「ほら、やっぱり。お前はファブラボを誇張していたではないか」と突っ込まれそうです。
しかし、一方で、こんな反論をすることも可能です。
「ファブラボ」と名乗っていなくても、「ファブスペース」や「メイカースペース」と名乗っている市民向け工房はもっと多いし、fablabs.ioには登録申請していないけれど「ファブラボ」とは名乗っている工房もあります。
去年、私は、ピーター氏から頼まれて、ブータンのチェゴ・ファブラボのfablabs.io登録を手伝いましたが、その際、レフェリー(事前審査員)として、3つのファブラボを挙げることが条件となっていました。そのレフェリー候補のファブラボは全世界に20ほどしかありません。これって、結構大きなハードルと言えるかもしれません。
私の現在の勤務先でも、関係者が時々「ファブラボ」と自称している場面に遭遇しますし、同じく北陸地方には、fablabs.ioには登録されていないけれどファブラボのロゴを使用し、堂々と「ファブラボ〇〇」と名乗って事業展開中のファブ施設があります。
だから、「2,708」という数字は、あながち誇張とは言えないと思います。
私も、こちらに引っ越してくるまで、北陸地方にもファブ施設がそこそこあるのは予想もしていませんでした。3Dプリンターやレーザーカッターを使いたくてこれらを訪れる市民や学生をこれほど見かけるとは…。
冒頭ご紹介したレポートの中でも述べていますし、ピーター氏の「SDGsプロファイル調査」でも明らかですが、今やファブファンデーションのターゲットは「学校」へと向かいつつあり、普及のためのツールとして、MITは廉価オープンソースデジファブ三点セット”Fab-in-a-Box"もローンチしました。これが配備された学校は、利用者としてその学校の生徒や先生を想定したミニファブラボとなっていくでしょう。
FAB23の際、ニール・ガーシェンフェルド教授はこんな発言を少なくとも二度されていました。
「もはや、ファブラボの数を議論すること自体が無意味となりつつある」
実態はその通りなのでしょう。私も、以前「ユースセンターも身近な地域のファブ施設」とnoteで述べたことがあります。でも、そこまで書いて議論を拡散させてしまうと、レビュアーからレポートの存在価値自体を否定されることが危惧されます。
どこかで縛りを設けるなら、fablabs.ioに登録していて、かつ現在活動中のファブラボというのでも良いでしょう。
「誇張」のそしりは甘んじて受け、仮に「2,472」だとしましょう。そうだとしても、十分注目に値する、驚異的な増加ペースではないでしょうか。
それなのに、そこからして疑問を呈せられる―――。レビュアーのコメントに応じて原稿の書き直しをしながら、このレポートが世に出るまでには、まだまだ紆余曲折がありそうだなと、私はため息をついていました。