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メキシコ・ファブシティチャレンジ参加レポート

【要約】

7月26日から8月4日まで、メキシコ国内7カ所で開催された地域課題ソリューションデザインスプリント「ファブシティチャレンジ」に参加してきた。当初8カ所だと聴いていたが、IBEROプエブラがホストした障害者自助具試作のチャレンジが参加予定者のメキシコ入り断念が相次ぎ頓挫したそうで、結局7カ所となった。(ファブシティチャレンジの直後に開催された世界ファブラボ会議(FAB24)もそうで、今回はビザが下りずにメキシコに来れなかった人が相当いたようである。)

私が送り込まれたのは、メキシコ南東部チアパス州サンヘロニモ・トゥリハ村の先住民「ツェルタル」の女性自助グループと一緒に日用家具を作る、「ジャングルで木工(Crafting in the Jungle)」というチャレンジだった。

メキシコにほとんど土地勘のない私は、20年以上前に読んだ船戸与一『午後の行商人』でヤバい地域として脳裏にインプットされていた「チアパス」のチャレンジを第一希望にして応募したので、希望が見事かなっての参加だった。同じくチアパス行きに選ばれた外国人は5人(ポルトガル1、ブラジル1、フランス1、日本2)で、うちのチームでも1人、ビザの関係で直前に参加を断念したドイツ人のメンバーがいた。この5人に、ファブシティ財団からフルタイム同行していたオランダ人ダーンが加わった。

結果から先に述べると、受賞チームは以下の通り。
①People’s Choice Award(人気投票で選ばれる):
 モンテレイ「多様な生物が棲む街(BiodiverCities)」
②Experts' Choice Award(審査員5人の選考で選ばれる):
 チアパス「ジャングルで木工(Crafting in the Jungle)」

うちのチームは審査員賞を受賞し、賞金5000㌦をいただくことができた。去年のブータンでは私はホストする側にいて、People's Choice Awardをいただいた。面白いことに、去年そのチームにいたメンバーのうち、3人がモンテレイのチームで今回も受賞に貢献し、去年運営側でチームをサポートしていたファブラボ浜松の竹村真郷さんと私が、チアパスのチームのメンバーとして受賞に貢献したのだった。


上記目次にそって、以下ですます調でレポートをお送りします。


1.過酷な日程

チアパスでのファブシティチャレンジの日程は以下の通りでした。私自身の開催地への移動の日程も含め、概略掲載しておきます。

【7月25日(木)】

  午後、長岡出発。夜、羽田発ホノルル便搭乗。

ちょいと微熱を感じつつ、長岡から新幹線に乗車

【7月25日(木)その2】

 ※日付変更線をまたいだため、同じ日をやり直し
 朝、ホノルル着。夜、ホノルル発ロサンゼルス便搭乗。

経由地ホノルルで10時間近い待機

【7月26日(金)】

 朝、ロサンゼルス着。ロサンゼルス発カンクン便搭乗。
 午後、カンクン着。ホテルチェックイン。
 夕方、FARO(ファブシティチャレンジホストの1つ)にて、開会式出席

開会式はプエブラ、モンテレイ、カンクンの3ヵ所をつないで開催
カンクン会場には、カンクン、チアパスの2チームが集結

【7月27日(土)】

 朝、ホテル出発。カンクン発パレンケ行き特急列車乗車(約12時間)。
 夜、パレンケ駅到着。IXIM(チアパスホスト)のミニバン乗車。
 深夜、サンヘロニモ・トゥリハ到着。

夜、パレンケ駅にてIXIMチームの出迎えを受ける

【7月28日(日)】

 フィールドトリップ(農家2カ所、集落内1世帯)

学校の先生が経営されている農園。
トウモロコシ他、野菜がいっぱい。
園内には、未調査のピラミッドや鍾乳洞もある
集落内の家屋の寝室はこんな具合。
洗濯ひもの衣類重ねがけは、クローゼットの代わり
初日のIXIMのFacebookは、鍾乳洞巡りがトップを飾った

【7月29日(月)~8月1日(木)】

 現地活動(ハンズオン研修、プロトタイピング等)

2日目のトップは、作業開始前の地鎮祭(?)の様子から
3日目のトップは、木工房でのデスクワークの様子
4日目のトップは、家具製作の作業の様子
現地最終日のトップは、出来上がった家具を見せながらポーズ

【8月2日(金)】

 朝、サンヘロニモ・トゥリハ出発(ミニバン)
 昼、パレンケ遺跡見学。

パレンケの遺跡。近隣のジャングルには、調査未了のピラミッドがいっぱい

 夕方、パレンケ発プエブラ行き夜行バス乗車

日本の長距離夜行バスよりは快適?ただし、車内は冷房効きすぎ
大きな町に到着するたび、深夜でもパスポートチェックがあるのには辟易

【8月3日(土)】

 朝、プエブラ着。ホテルチェックイン。
 ファブフェスティバル会場入り。展示開始。
 各チームによる審査員向けプレゼン。

ツェルタルの民族衣装で来訪者に説明するYOTANTEのメンバー
プレゼンでも、YOTANTEのメンバーを前面に立てた

【8月4日(日)】

 ファブフェスティバル2日目。
 16時、閉会式。結果発表。

Experts' Choice Awardに選ばれたチアパスチャレンジチーム

最初に弱音を吐きますが、年齢的にこの長距離移動は非常にきつかった。カンクン入りするのに丸2日、その後終日列車移動とか、夜行バスに揺られて15時間とか、とんでもない移動を強いられました。

滞在中もきつかった。滞在したサンヘロニモ・トゥリハ集落は文字通りのジャングルに囲まれた小さな村でした。初日のフィールドワークの途中、あまりの日差しの強さに脱水に近い状態に陥り、5日間を無事に生き延びられるのかと不安になりました。元々国際開発のスペシャリストだったので、初日のフィールドワークは最も自分の経験を生かせる場だった筈ですが、そこでいきなりバテてしまったことで、自信も失いました。

近隣の移動はトラックの荷台を利用。けっこうへばっていたと思う
水浴びができた人たちが羨ましすぎる…

2日目以降は木工房での作業が中心で、移動が少なかったのが救いでした。暑ければ近くの川に水浴びにも行けたし、実際私以外のメンバーは連日水浴びをしていたのですが、私は右目の白内障手術を控えていて裸眼での行動は不安も大きく、怖くて水につかれませんでした。たぶん、これだけ過酷なファブシティチャレンジには二度と挑戦しないと思います(笑)。

毎回参加しているマニアもいらっしゃいますが、ブータンとメキシコで2つのコミュニティとの接点ができたので、私はむしろその関係を大事にしていきたいと思っています。

私の元の所属先のメキシコの現地事務所にも、一応案内はしておきました。期待はしてませんでしたが、プエブラでのファブフェスティバルにもやっぱり来ていただくことはありませんでした。


2.事前情報と現実とのギャップ

今年2月にファブシティチャレンジの募集が始まった頃、チアパスでは木工をやるのだと予想できました。ただ、ホストを務める現地NGO「IXIM」が募集時に行ったプレゼンによると、現地には大型CNCも入っているし、実際女性自助グループが家具を作っている写真も紹介されていました。

既に家具を作ることができる実力があるのなら、自分が行って提供できる付加価値って何があるのか―――私は少し不安を覚えました。

このグループ写真を見せられたら、「結構できるじゃん」と思ってしまう…

さらに、実際に自分がチアパスでのチャレンジに参加することが決まった後、参加メンバーと現地側との顔合わせのZoom会議が行われた際、「木工」の他に、「陶器」や「養蜂」といった課題も提示され、いずれも私にとっては馴染みの薄いテーマだったので、不安が増幅されました。

木製品や陶器、養蜂やって取れたハチミツや蜜蝋は誰に売るのか、域内での消費用なのか域外に売りたいのか、どちらなのかがよくわからなかったし、そもそも現地でどんな養蜂が行われているのかも定かではなく、現地のミツバチってどんな習性を持つのかもわかりません。仕方なく図書館で養蜂の本を借りたりネットで調べたりして、現地のミツバチは西洋ミツバチとアフリカミツバチを掛け合わしたもので、日本の養蜂はそのまま適用できないことがわかりました。

結局現地では話題にも出なかったけれど、養蜂やっているグループはいるみたいですね

日本の地域おこしの事例も集中的に勉強しました。「おんぱく」のような体験型見本市は参考になるかもしれないと思いましたが、5日間で作れるものと組み合わせないと説得力には欠けるだろうと思っていました。

このあたりの情報ギャップを埋める作業は、事前にもっとできたら良かったのかもしれません。People's Choice Awardを獲得したチームは、事前にチーム内でもZoom会議を持ち、やることをある程度決めていたらしいので、私たちのチームは出遅れ感がありました。

実際、現地入りしてみたら、IXIMは「陶器」や「養蜂」の話など一切せず、IXIMが支援した木工房で、女性自助グループ「YOTANTE(ジョタンテ)」と作業をやって欲しいと言われました。

作業の舞台となる木工房

YOTANTEが過去に作ったのが写真で紹介されていた木製品は、大型CNCが供与された際に据付けに来た業者が渡したデータをもとに作られたまな板やスツール等です。彼女たちはそれをひたすら再生産していたのだそうです。用途に合わせてデザインを改編することはできず、製品はバラエティに乏しく、塗装等の仕上げ処理もされていませんでした。

事前のZoom会議で、私は、「チアパス、あるいはツェルタル人としての特徴はそのデザインのどんなところにあるのですか」と尋ねたことがありました。現地入りしてわかったことは、これらの木製品は外に売るのではなく、欲しかったら外から(高値で)買うしかない日用品を、自給自足したいというのが彼女たちの希望でした。

PCは2台しかなく、デザインができる環境がそもそもありません。よしんばデザインをやろうとしても、ネットにつながらないので、ブラウザやクラウドベースのCADプログラムは使えないと考えた方がいいようでした。

最後に大型CNCですが、メキシコのFreiman社製のものが導入されていました。CNCは垂直にターゲットの板に食い込むスピンドルが三軸で動いて切削を進めるわけですが、なぜかスピンドルが垂直でなく少し傾いて板に入るため、CNCの肝である正確なカットができませんでした。チームのメンバーで修正を試みましたが、克服できませんでした。時々誰かが調整しないと、正確性は保てないでしょう。

修正作業はリカルド(ポルトガル)と竹村さんがリード

3.5日間で何ができるのか?

初日に現地の農家や集落の住居などを見学させてもらい、チームは今後の方針を話し合いました。

ここで求められているのは、他のチームが活動に取り入れているようなデジタルファブリケーションではなく、木製品の商品多様化と木材加工の技能向上だろうというのが結論でした。2日目以降、日中ついてくれるYOTANTEのメンバーへのハンズオン訓練と、毎日16時以降に集まってくる他のメンバーとのシェアリング、さらに後で参照できるようなドキュメンテーション(記録)に重点を置こうということになりました。

一方、ファブフェスティバルに出展する成果品も最低限の点数は確保しておかねばならない。チームでは、以下の4点をメインの展示物として製作し、その製作過程でYOTANTEのメンバーにハンズオンで木材加工のスキルをブラッシュアップしてもらおうということになりました。
 ①多目的テーブル
 ②可変式棚
 ③組立式椅子
 ④組立式販売台

しかし、最初の2点のデザインと大型CNCの調整に時間がかかり、前半の2日間、CNCがほとんど稼働しないという事態に陥りました。このままでは後半2日間にCNC利用が集中し、結果出展品目の製作が間に合わなくなる恐れがあります。

そこで、CNCなしでも比較的簡単にできること、あるいはCNCを利用するにしても空き時間にクイックに切削を完了できるものとして、以下の小物も用意することにしました。書き忘れましたが、IXIMはCreality社のレーザー加工機「Falcon2」をYOTANTEに供与していました。
 ⑤既存のスツールにYOTANTEのロゴをレーザー刻印
 ⑥子どもの遊具として木製ラケット1組をCNCで切り出し
 ⑦トルティーヤにYOTANTEのロゴをレーザー刻印
 ⑧オープンソースの木製パズルをレーザー切断

YOTANTEメンバーへの多目的テーブルデザインの説明
どのような寸法のパーツを何枚切り出すかを確認
買って来た板のカンナ掛けから始まる。
電気カンナと大型CNCは同時使用が困難だった。
丸のこの安全な使い方も学ぶ
テーブルの脚はCNCで切削
足の組み立て
テーブル上部も組み立てて、ついに完成!

4.チーム内での自分の役割

私も、集落内の家屋見学を経て、「子ども用のダイニングチェア」と、以前ファブアカデミーの個人課題で作った「組立式販売台」を女性が軒先販売に使えるようリデザインするという2つのアイデアを思い付いていました。しかし、チーム内の話し合いの結果、私はドキュメンテーション用のウェブサイトのデザインを担当することになり、木材加工の作業からは外れることになりました。

狭い木工房の中で、木工機械の前に大渋滞が起きることが予想されたので、ドキュメンテーションを専任でやる人間が必要なのは仕方ありません。私も序盤こそ木工房のテーブルで作業をしていましたが、そのうち居場所がなくなり、木工房の外の広場のテントで作業をやるようになりました。

「組立式販売台」は上記④にあるファブフェスティバルの展示物としてリストアップされました。但し、私が考えていたようなリデザインではなく、保険のために既存データを生かしてクイックに1つ作っておくという意味合いでの話で、日程前半のCNCがまだフル稼働していない間にやってしまえということになりました。

しかし、私自身がウェブサイトの枠組みを構築するのに時間がかかったのと、CNCが調整中でそもそも使えなかったので、前半2日間で切削に取りかかることがかないませんでした。着手できたのは3日目の夕方、しかも前述の通り精度上の問題で左右の立て板が同じ寸法で切削されないという不具合も出て、その後処理に追われたため、組立が終わったのは最終日の午前中でした(それでも早い方でした)。

もうちょっと小さいサイズにしたかったというのが本音です。
これにレーザー加工機でYOTANTEのロゴを刻印した。
同じ試作品が、長岡の自宅にもあります。

結局、私はウェブサイトの構築に相当な時間を費やしました。しかも、英文で作ってそれを機械翻訳でスペイン語にして、そのネイティブチェックをIXIMのスタッフにお願いして、ファブフェスティバルでの公開に間に合わせなければならない。たぶん、他のメンバーが自分が教えたこと、やったことを文章化するのは後回しになると予想されたので、私自身がチャレンジ期間中にやったこと、それにファブアカデミーでやったドキュメンテーションもつまみ食いして、早め早めに書き込んでおく必要がありました。

ファブアカデミーでの英文ドキュメンテーションの経験に助けられた

そのあたりのスピード感について、他のメンバーやIXIMのスタッフと私との間で、ちょっとした葛藤があったことは認めます。

これに加え、審査対象となる1分間のインパクト動画の編集も、いつの間にか私がやることになっていたので、焦りました。そういうつもりで最初から動画撮影をやっていたわけではないので、気の利いた動画を作るのは難易度が高いと思ったのです。(去年のブータンでは、動画制作担当を最初から決めていたので、初日からいい素材が集められていたと思います。)

最終日、なんとかギリギリでYOTANTEメンバーのインタビューを撮れた。
これが撮れたので、編集動画のシナリオがだいたいイメージできた。

5.そうは言っても最終日は焦る

チアパスのチームにとって、最も重要なのは、YOTANTEのメンバーが自分たちで手を動かして今までなかった新しい家具を作ること、そしてその家具を今後も自分たちで再生産していけるぐらい、そのノウハウを習得することだったと思います。

だから、大型CNCやレーザー加工機を動かして見栄えのいい木製品を作ることよりも、多少ゴツゴツしていても、寸法が合っていなくてもいいので、自分たちが納得して日常使える木製品であることが重要でした。それだけでも、支出を抑えつつ自分たちの生活をちょっと豊かにする調度品になるのだと思います。

従って、チームはOJTにはかなりの時間を割きました。買ってきた木材を電気カンナで表面を整え、寸法を測って電気のこぎりで切ります。安全に作業を行うことにも注意が払われました。

そういう技術移転はOJTでできたと思います。結果出来上がった①多目的テーブルは、チャレンジの目玉といえる作品になりました。一方で、CNCの復旧は遅く、②可変式棚と③組立式椅子のパーツの切り出しは、チアパスを発つ最終日(8月2日)早朝まで行われました。

モジュラー式棚のパーティションの切り出しは糸のこも使用。
村を出発する朝。何とか搭載完了。
(このトラック、本当は4時間前に出発予定だった)

メンバーのドキュメンテーションはそれから始まりました。私の動画も、プエブラに移動してからようやく仕上げに入るという突貫工事となりました。


6.自立発展できるものと困難なもの

以下は、私自身の自己評価です。5日間という時間制約の中で、どうしても短期間にできることに力を注ぐ結果となり、長期的な自立発展性まで担保する措置は取れなかった部分が相当あります。

(1)自立発展性に太鼓判

デジタルでない木工工具を用いた木材加工、塗料を用いた後処理等は、今回のOJTを通じてYOTANTEのメンバーのスキルが上がったと思います。安全配慮もなされるようになりました。

大型CNCも、単に操作するだけなら彼女たちは十分できるでしょう。

電動木工工具をひと通り使用する経験を積めたことは大きい
CNCは取りあえず動かせる
仕上げに対する意識付けも大きな変化

(2)自立発展には不安も

新たな木製品のアイデア出しやデザイン等は、依然ブラックボックスとして残ったと思います。ブラジルから来ていたロレイナが、参加型で椅子をデザインしようと試みていましたが、その手法が定着するには、IXIMスタッフへの技術移転も必要だったのではないかと思います。

子どもたちと一緒に、理想の子ども椅子をデザインするロレイナ

大型CNCを使っていると出てくる誤差の修正方法は、ポルトガルから来ていたリカルドが修正を試みたものの、修正方法が確立できず、技術移転には至りませんでした。これは誰かが時々現地に行って、メンテナンス修理でもしないといけないでしょう。

レーザー加工機は、フランスから来ていたパディが、レーザー加工で何ができるのかを彼女たちに見せていました。YOTANTEのロゴが木製品にレーザー刻印される姿は興味を引くものだったのは間違いありません。ただ、パディは自分のラップトップにファームウェアをインストールしてそれでマシン制御をしていたので、彼が去った後、自分たちでレーザー刻印を行うのは難しいかもしれません。

慣れると簡単なんだけどなぁ…
こんなレーザー刻印ができるようになったら、木製品が映える
メキシコのトルティーヤはやわらかいので、乾燥させないとレーザー刻印が難しい

3Dプリンタも、IXIMが他所から一時的に持ってきたCrealityのEnder 3があったのですが、同時に用意されていたフィラメントが相当劣化しており、なかなか安定的な出力ができませんでした。多湿な環境もフィラメントにはやさしくありません。これもパディが操作法と解決策を模索していましたが、そもそも日常的に3Dプリンタが置かれている工房ではないので、自立発展性を今論じるのは難しいでしょう。

PLAフィラメントでこんなに造形物がビルドプレートから剝がれる現象を見たのは初めて

総じて、デジタル工作機械は、ジャングルでの工作には向かない、そもそもそういう環境だったと思います。


7.受賞の理由をあえて考察する

それではなぜ審査員はチアパスのチャレンジを選んで下さったのでしょうか。正直言うと、他のチームの作品を見てしまうと、あまりに簡素な木製品を出展したわがチームは相当に見劣りしていたと思います。

それでも受賞できたのは、メキシコ最貧困州の先住民集落という、そもそもデジタルファブリケーションにまったく向かない土地でコミュニティの課題解決に取り組んだという初期条件の部分でアドバンテージがあったのではないかと思いたくなります。人気投票で決まるPeople's Choice Awardとは異なり、Experts' Choice Awardは5人の審査員の審査で決まります。その年その年の審査員の思惑が反映されやすい賞だと言えます。

ツェルタル人は、メキシコ全土で65万人がいるが、その多くはチアパス州に住む
IXIMのスタッフも、スペイン語⇔ツェルタル語の通訳が必要だった

とはいえ、もしも私たちが箸にも棒にも掛からぬ作品だけでお茶を濁していたら、やっぱり受賞は難しかったでしょう。前述の通り、チアパスのチームは、ツェルタルの女性のスキルアップのため、OJTに相当なウェートをかけました。彼女たち自身もそれをYOTANTEのメンバー間でシェアし、自分たちの言葉で説明できるところまで理解を深めていきました。去年のファブ・ブータンチャレンジでは全く重視されていなかったドキュメンテーションにも注力し、現地に残るIXIMやYOTANTEの人々が、後でも参照できる記録として残しました。(スペイン語からツェルタル語に翻訳する作業がまだ残っていますが。)

毎日行われたこのシェアリングの場づくりが、審査員の評価を受けたのかも

結果、8月3日のプレゼンでは、YOTANTEから選ばれてプエブラまでやってきたメンバー2人が、ツェルタル語ではあったものの自信満々に話してくれたので、好印象を持たれたことは間違いないでしょう。


8.また来る?チアパス

以前noteの別の記事でも書きましたが、ファブシティ・チャレンジとは、「関係人口作りのグローバル版」だと私は思っています。毎年世界各地で主催される同種のイベントに参加するのが楽しみなファンキーなメイカーが世界には大勢いますが、去年ホストする側にいた私としては、彼らにまた時々うちに来てほしいという思いがありました。

去年の経験も踏まえると、今回できたチアパスのIXIMやYOTANTEとのつながりは、個人的には今後も維持発展させないといけないと思っています。前述の通り、5日間ではやりきれなかった課題がまだ残っていますし、かといってあと1週間いたら全部終えられるような簡単な課題でもありません。ネットがつながりにくいような土地でオンラインのツールも使えません。数年間という長期的なスパンで、地道に彼女たちのスキルアップを見守り、適宜何かしらのアドバイスができたらと思います。

今回、スペイン語会話の勉強を事前にまったくせずにメキシコ入りしてしまったことや、彼女たちが保有している工作機械のスペック、ファームウェアの操作法等を事前に把握して、実は出発前から体調に不安を抱えていたことなど、反省すべき点が多くあります。それに、今回は作りたくても作れなかった家具もあります。

これらの反省や悔いを今後に生かし、もうしばらくチアパスとは関われたらと思っています。幸か不幸か、ドキュメンテーション担当だった私は、帰国して終わりというわけではなく、他のメンバーが英語で書いてくれたコンテンツを確認し、スペイン語に機械翻訳してIXIMと確認を取るという、次の作業が控えています。箱は作ってあるので、それにもっとコンテンツを詰め込まないといけません。

これから数年間にわたり、年に1回ぐらい、メキシコやブータンを短期訪問できるよう、仕事を作る方法を考えないといけません。

いただいた参加証明書は家宝にします(笑)
チャレンジでできた仲間との今後のコミュニケーションも楽しみ
プエブラに移動してからも、連夜宴会だった

9.ちょっとイイ話

こうしてファブシティ・チャレンジは望外の成果とともに閉幕したのですが、チアパスでのチャレンジとは別に、こんなエピソードもあったので、最後に列挙しておきます。

(1)ブータンチャレンジ賞金獲得チームによる進捗報告

そうなるかな~とは思っていたのですが、去年のファブ・ブータンチャレンジでPeople’s Choice Awardを受賞したファブラボCSTを代表し、私がその後の取組み状況について、8月4日夕方のファブシティ・チャレンジ閉会式の冒頭で報告させていただきました。

ファブシティ・チャレンジは、バリ(2022年)、ブータン(2023年)と過去2回開催されており、昨年、バリの受賞チームがオンラインで進捗報告をやったのを見て、これはメキシコでは我々が報告を求められるだろうと予想し、昨年8月時点で既にマネージャーのカルマ・ケザン先生と話し合って、以後12カ月の活動計画をある程度立てていました。私は昨年12月でJICA技術協力プロジェクト専門家としての任期を終えて帰国しましたので、障害者自助具の作成や研究開発、ネットワーキングなど、ほぼ途絶えることなく活動を進めてこられたのは、カルマ先生のリーダーシップによるところが大きいと思います。

閉会式会場の様子。過去2回のファブシティ・チャレンジ表彰チームのうち、
今回進捗状況報告に臨んだのはブータン・ファブラボCSTだけだった。
これだけ中身の濃い活動を続けてくれてきたファブラボCSTには大感謝
IXIMとYOTANTEにも参考になっただろう

また、昨年のブータンFAB23のワークショップで、CST学生の間で大人気だった、ニュージーランドのヴィック・オリバーさんの片手操作用キーボードも、CST電気通信工学科の4年生が卒業研究で取り上げ、ゾンカ語入力ができるよう改良したそうで、そのことを報告したら、会場にいたヴィックさんが大喜びしておられたことも、付け加えておきます。

今回、自分でファブシティ・チャレンジに参加してみて強く感じたのは、去年のコミュニティパートナーがいかに強力な布陣だったかということでした。CSTの学生やJICAプロジェクトのカウンターパートは皆CADも工作機械も使いこなせたし、これに日本側のJICA関係者も何人か加わって下さっていました。協力隊員も参加してくれていたのです。

(2)ファブシティ・チャレンジの分散化

今回、ファブシティ財団の関係者の方々と話す機会も多く、いつもはオンラインのスクリーンの向こうで笑顔をほとんど見せないシンガポールのミタリ―や、オランダのダーンから、耳寄りな情報を聴きました。

私の最大の疑問は、「ファブシティ・チャレンジはなぜ毎年世界ファブラボ会議と抱き合わせで行われるのか」、「なぜ年1回しか開催されないのか」という2点でした。

世界ファブラボ会議と抱き合わせで開催するとなると、今後はチェコ(2025)、ボストン(2026)、フィンランド(2027)が開催地となるわけですが、国際開発のスペシャリストとしてはちょっと面白味はないかなと思います。今回もそうでしたが、アフリカやアジアからの参加者はたぶん限定的でしょう。

アフリカでやらないのかと尋ねたところ、ダーンはアフリカ開催を財団内で提案していたそうです。でも、その提案は一度棄却されて、現在再挑戦の機会を狙っていると彼は言っていました。

また、ファブシティ・チャレンジのフォーマットを用いて、誰かが同様のチャレンジをどこかで主催してもいいのかとミタリ―に訊いたところ、彼女もそれは考えていて、チャレンジの開催ノウハウを公開する方策を財団内で検討していると言ってました。彼女は私が国際協力機関で働いていたことを知っているので、「日本のJICAが開発途上国でのチャレンジ開催をサポートしてくれたら大歓迎なんだけど」とも。

ファブシティ・チャレンジの費用対効果については、昨年のFAB23でも話題になりました。ブータンでは、昨年10月にファブラボCSTで開催されたファブラボネットワーク会合の席上でもファブシティ・チャレンジのブータン独自開催が話題になり、開催資金の確保の問題もあって棚上げになりました。今後、開催経験国を皮切りに、ファブシティ・チャレンジがどんどん分散開催されるようになっていけばいいですね。


長々と大変失礼しました。

メキシコ旅行記は1回では書ききれません。FAB24参加レポートは、またの機会とさせて下さい。





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