看護学校生は第2の主力ユーザーになるか?
11月24日と25日の2日間、ファブラボCSTにおいて、アルラ医学アカデミー(Arura Academy of Health Sciences、AAHS)の学生8グループ計160人を受け入れ、オリエンテーションを行いました。AAHSは王立ブータン大学科学技術カレッジ(CST)から徒歩10分の距離にある民営の看護師・助産師養成学校で、学内のホステルに住めない一部の学生は、CSTのすぐそばのアパートに住んで学校に通っています。
3年制で、しかも彼らのアカデミックカレンダーはCSTのそれとは異なります。例えば、11月はCSTの学生は期末試験で頭がいっぱいで、余暇にファブラボを利用しようとか、たとえ1時間の短いトークイベントでも、時間を割いて参加しようという気持ちの余裕はほとんどありません。しかし、AAHSの生徒は、11月は比較的余裕がある一方、12月に入ると国内の医療機関に出向いて実習を受けることになっているようです。
逆に、共通点もあります。AAHSの学生も、最終学年になると卒業研究に取り組みます。中には、看護の現場で患者や付添い家族の負担を軽減するような器具の工夫や、看護スキル向上のための訓練器具の研究開発など、ハードウェアの開発が絡むケースもあるでしょう。そういうところで、ファブを活用できる余地はあることでしょう。
お恥ずかしい話ですが、今年はじめまで、私もこの看護学校の存在にはあまり注意を払っていませんでした。それに気付かされたのは、2019年に最終報告書が提出されたJICAの技術協力「全国総合開発計画2030策定プロジェクト」について、別件で調べていた時のことです。その提言事項の1つに、「連携中核都市」というのがあります。連携中核都市では、「カレッジや職業訓練校が企業家の人材育成を支援する」、そしてファブラボは、「職業訓練校と連携することで、地元の社会問題の解決のアイデアを持ち、その開発に取り組む意思のある人材のインキュベーションに貢献する」と書かれていました。
仮に「連携中核都市」がプンツォリンだとして、「カレッジ」とはCST、そして「ファブラボ」とは私のいるファブラボCSTということになるわけです。では、このあたりに「職業訓練校」ってあっただろうか?―――すぐに思い付かなかったので、この最終報告書を読み進めてみると、医療福祉従事者育成学校がどうやら近くにあるらしい。さらに調べてみると、CSTから至近距離だという。
AAHSへの営業の必要性に気付いた瞬間でした。
日本では、慶應義塾大学看護医療学部の宮川研究室で看護教育にファブを取り入れてケアの現場の「困りごと」をものづくりで解決することを目指すプロジェクトが始まっていたり、障害者の自助具をそのニーズを知る障害者自身も参加して共創デザインに取り組むファブラボがあったりと、いくつか参考にし得るケースがあります。それらを紹介して、プンツォリンからファブを知る人材を輩出できれば、ブータン全国の医療や福祉の充実に、私たちも貢献することができそうです。
そこで、JICA専門家の任地入りがようやく認められた今年4月末以降、早い時期からAAHSへのアプローチを模索し、6月下旬に短期専門家として渡辺智暁専門家にお越しいただいた際に、プロジェクトマネージャーのカルマさん共々AAHSを訪問して、校長先生や教員、学生の知己を得ることがかないました。
そして今回も、渡辺専門家がブータンで活動する2週間という期間を利用し、できるだけ多くのAAHSの学生に、ファブラボに来てもらおうと計画しました。
AAHSの生徒数は約260人。各回20人前後を受け入れて2時間のオリエンテーションを行います。時間配分としては、最初の30分が講義室でのファブラボ概要紹介。この際、渡辺専門家から、日本で行われている看護教育でのファブの活用の事例や、新型コロナウィルス感染拡大初期に世界中のものづくり愛好家の間で進められた個人防護具(PPE)フェイスシールドのフレームの3Dプリントの事例などが紹介されました。
続く45分は、作業室でのファブラボ常設機械の見学。各機械に当番でCSTの教職員や学生ボランティアが張り付き、AAHSの見学者への説明を行いました。この当番の多くは、9月に日本にJICAの技術研修で訪れた帰国研修員です。ただし、常設機械の説明だけだったので、3Dスキャナーのように、医療の現場でむしろ使えそうな機材の説明が抜けてしまったのは反省点でした。また、後で聞いたところでは、CST側説明者も、機械のメカニズムの説明をエンジニア的見地から一方的にしゃべったようで、それが医療・福祉の実践の現場でどのように活用できるのか、相手の文脈に沿った説明になっていなかったと聞きました。
そして最後の45分は、私が担当して、デジタル工作用のデータの準備に焦点を当てた、簡単なハンズオン研修を行いました。この中で、オープンソースのデータの活用や3Dスキャナーの活用についても言及し、最後は自分で最初からデザインするための3D CADの基礎の基礎を、Tinkercadの操作で体験してもらいました。前の時間が押して、このコマに充てられる時間が30分を切ってしまった回もありました。思ったようには操作学習機会を提供できませんでしたが、ラップトップを携行してきた全員に、Tinkercadのアカウントは作成してもらい、チュートリアルを使った自己学習も可能だと伝えました。
また、締めとして、AAHSの学生に、ファブラボCSTのFacebookページのフォロワーになってもらうよう推奨し、ウェブページでの利用者登録を行うよう呼び掛けて、オリエンテーションを終了となります。
2時間入替制で、2日間で8グループ、合計160人を受け入れた計算となるわけです。これは、AAHSの全校学生数の過半数をすでにカバーしたことになり、その多くはこれから卒業研究に臨む学生でした。
私が印象に残っているのは、特に渡辺専門家が日本での看護教育でファブが活用されている具体的なケースをいくつか紹介した際の学生の真剣な表情でした。前のめりで聴いていた学生が相当数おり、隣りの学生とひと言ふた言確認しながら、講師の話を聴いていました。また、先ずは自分が作りたいもののイメージを手描きでスケッチしてみようと私が述べたのを聴き逃さず、「こんなものは作れるのか」とスケッチを見せて私に相談してくれた学生もいました。
オリエンテーションを終えた直後から、ファブラボCSTのFacebookページのフォロワー数は40人ほど増え、利用者登録を希望する学生も3人現れました。160人のうちのそれぞれ40人、3人ですので、これらの数字だけを見ると、まだ先は長いと言わざるを得ません。
ファブラボCSTの想定利用者は、第1にCSTの学内関係者です。でも、学生も教員も、平日16時までは授業や実習があるのでほとんど来ませんし、試験期間中の来訪者数は極端に落ち込み、かつ期末試験が終わると翌日にはすぐに学生は帰省してしまいます。第1の主力利用者だけに頼っているのは危険であり、第2、第3の主力利用者を確保していくことがどうしても必要です。しかも、学外の利用者を開拓しようというインセンティブは、ファブラボCSTの運営に関わっている大学関係者の間ではあまり強くありません。
そこを埋める努力は、JICAが技術協力プロジェクトを実施している残りの1年間の間に、私を含めた日本側関係者が媒介となることによって、外堀を埋めていく必要があるところなのでしょう。
ところで、ここの学校、実は、過去に青年海外協力隊の助産師隊員が2人、2日間の特別講師として、訪問したことがあります。2017年頃のことでしょうか。私も実は当時この特別講義のことは耳にしていたのですが、この学校だとは知りませんでした。今回懇意にさせてもらったAAHSの学事長のラクパ・ザンモさんは当時のこともよく覚えておられ、JICA海外協力隊員の派遣が再開されているのなら、また招聘したいとおっしゃっていました。看護師は協力隊の職種の中でもとりわけお忙しいとも聞きますが、気分転換に講師として冬場にプンツォリンにお越しになられてはどうかと思います。暖かくて、いい季節ですよ。
AAHSも含め、11月後半に行った来訪者の受入れについては、すべてまとめてJICAのホームページの「プロジェクトニュース」として記事を掲載してもらいました。