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妄想小さな貸本屋8
物語
読書
アルジャーノンとダニエル・キイスの本はよかったなあ。ホントに出会えてよかった、と思える本はそうそうないよなあ、と思いつつも・だけどさ
自分がごもごもとあやふやな「こんな本を読みたい」というのを店主が即座にすごい照準の合わせ方で出してくるのって確かにすごいけどなんかさあちょっと悔しい気がしているのも正直なところで。
じゃあ今度はちょっとというかうんと難しい注文を出してみたら?という「いたずら心」のような気持がわいていたので、一生懸命に(自分基準)考えてきた。
さて、いつもの貸本屋の前に来るといつもの「ちりんちりん」が中から聞こえてきた。いつものように窓口の戸がすうっと開いて「いらっしゃい。今日はどんな本がいいですか?」
バッグから「アルジャーノン、チャーリイ、そして私」を取り出して今回は500円をそえて窓口に差し出した。「ほんとうに良い本だったので、読めてとても良かったです。出会わせていただいたお礼の気持ちでっていうか、あのあの、前の本が良くなかったワケじゃなくて-」
窓口の向こうで「うふふふふ」という声が低く響いた。
「そう言ってくださると大変にありがたくてこの店をやっていてほんとうに良かったという喜びに浮かれてスカイツリーのてっぺんまで登ってしまいそうでこちらこそありがとうございます。」差し出した本と500円玉を丁寧に受け取って「さてそこで本日はどのような?」
思ってもみなかったお礼の言葉に身体がぼうっと熱くなって顔も赤くなってしまったが小さな窓口のおかげで見えなくて助かった。ちょっと、気持ちを静めて一生懸命に考えてきた本の希望を声に出した。
「理系と文系とがほどよく混ざりあった、科学とか数学とか哲学とか倫理とか歴史とかですね、それで学問的にしっかりしているけどしっとり読める静かな秋の読書向きの本がいいんですがありますか?」
しばしの静けさ。
おお、やったぞ!さすがに無かったかも?と思ったら
「ぜひぜひ読んでいただきたい本がありましてこれがつい先だって入れた本なのですがあまりにお客様の希望と合致しているので思わず絶句してしまいましたがこれがまことに震えるような教養に満ちた世界で文系と理系の学問と歴史の豊かな流れを眺めるような立ち位置の本でしていわば現代におけるファラデーの「ロウソクの本」のような心の中に潤沢な世界が広がっていくもので中でもトリチェリによる真空の発見がX線につながりそこから放射能エネルギーの世界への扉を開けるというーあっ、要するに世界は理系と文系などとは切り分けられないものなのだということがじわあーっと味わい豊かに感じられる静かでいて濃密な本です」
無かったんじゃなくてあまりにぴったりで絶句したって
いやーこっちも絶句するわ。
差し出された本は「夜話」にふさわしくほぼ真っ暗に見えたが受けとると上三分の一は好きな感じの青で未来の神話のような絵があった。え、書いたのは物理学者なのか。そういえば昔々の理系の学者っていい随筆が書けたりして文武両道みたいに文にも秀でた人がいたって読んだことがあった気が。
手に取った何だか豊かな世界がそこに入っているような本を丁寧にバッグに入れて「それじゃこれお借りしますね」と窓口を離れた。
今日のバッグの中には物理学者が書いた豊かな世界の本が入っていると思うと、何だか手にかかる重さがいつもより豊かな気がして心なしかバッグから温かさが放射されているような気がした。
すぐ影響受けるんだから。
本日おすすめされた本
「銀河の片隅で科学夜話」全卓樹 著 朝日出版社
物理学者が語る、すばらしく 不思議で美しい この世界の 小さな驚異