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妄想小さな貸本屋(4)

物語
読書                                子育ての風景

この前借りた「読書感想文からオトナの世界が見える」をバッグに入れて裏通りを歩いていると、向うから中学生くらいの子が来るのが見えた。段々近くなってくるのでどこのタイミングでよけようかと考えた。貸本屋さんのところ辺りで行き合うみたいだから、ちょっと足を速めてお店に行っちゃえばよけられる…あれ、あっちも足早になってない?結局なぜか二人とも足を速めて貸本屋さんの窓口の所に立っちゃったよ。あれ?
この子も客さん?
店の中からおなじみの「ちりんちりん」が聞こえる。
その子はちょっとびっくりした顔で先に口を開いた。
「あの、お先にどうぞ!」
育ちのいい感じの子だなあ。いや、お金持ちとか知的エリートとかいうのじゃなくて、きっと暖かくて心に余裕があるような「巣」という感じの家庭。
「いやいやいや」その子のバッグを見て
「これからどこかに行くのでしょ?私はもう帰るだけだから大丈夫ですよ」あれ、なんだか言葉が丁寧になっちゃうよ。
「あ、ありがとうございます。それでは」
その子が店の方を向いたと同時に窓口がすうっと開いた。
「いらっしゃい、今日はどんな本がいいですか?」
この声は自分にとってもうすっかり「いつもの声」になっている。
「祖父から聞いてきました」
「学校で吹奏楽部に入っていてトランペットをやっているんですが、トランペットの本はありませんか?」
へへえ!イマドキ珍しいね「おじいちゃん」じゃなくて「祖父」とはね。やっぱり言葉遣いからしてきちんとしつけるような家なんだね。なんて思うのは自分が歳になっちゃったってことかい?やだねえ。え?もしかして、「祖父」って、この前の「亡命ロシア料理」の人とか?なるほど、退職して時間ができたから改めて本を読みたいような人の孫なら、なるほどだ。
「これでいかがですか」
差し出された大きめの本は、何と絵本だった。
「ベンのトランペット」
灰色がかった色は地味でも影絵のような人物がくっきりと際立っている。
はー、絵本もあるのか、とちょとびっくりした。
守備範囲、広いな!
「これは絵本ですが絵本と侮る方も多いようですがいえいえ決してそういうものではなく良い絵本の価値が分かる方が本物の読書好きだと思っておりましてこの本も子どもだけでなく大人の心にもじんじんと響く一冊で子どものトランペットが好きという気持ちとトランペットとともに生きる大人との出会いが温かくも強く胸を震わせるクールな-あっ、要するにトランペットを介した子どもと大人の出会いの物語で-」
「あ、この本、読んでもらいました」
「あ、あああ」
「小さい頃見たのを思い出しました。まだうちにあるかも!」
「それでしたら-」
「いえ、お借りします。まだあるかどうかわからないし」
まあ、しっかりした子だねえ。
というワケでその子は祖父から貸本屋の使い方を聞いていますと言いながらも教えてもらって「ベンのトランペット」を丁寧にカバンに入れてありがとうございましたと頭を下げて歩いて行った。
いい子だねえ。
気持ちはすっかり近所のおばちゃんになっていた。

本日(多分「亡命ロシア料理」の人のお孫さんが)おすすめされた本
「ベンのトランペット」R・イザドラ作/絵 谷川俊太郎訳 あかね書房