物語 根の国(4)
★抜け穴
ボクはぽかんとしていた。
(消えた…?)
(ってどゆこと…?)
(あっ、地下室に隠れた?)
タナカさんの話は続く。
その頃はまだタナカ書房じゃなくて不動産業だったのでその事務所だったんだけどシンクとコンロの場所は建てたときから変わってないのよ。
ジイさんは月に二回くらいずつ3日ほど家を空けていて自分では出張だって言っていたんだけどあるときそれが「ウソ」だってバレてね。
それでもその頃は結構羽振りがよかったからどこかにさ、ほれ
「遊び」に行っているんだろうと思われていたのね。
それが昭和20年の初めにバアさんが風邪をこじらせて寝付いて三日で死んだもンだからジイさんはすっかりがっくりきてしまって。オヤジも昭和18年に出征したのがその頃一度帰ってきてはいたけど早晩今度は南方にでもやられて生きて帰ってくるかどうかということでジイさんはもうずいぶん投げやりになっていたらしい。
戦争はどんどんひどくなってくるし商売はあがったりだしモノは無くなってくるしもうここに一人でいても甲斐が無いと思い詰めたらしいけど息子が戦地にやられたら生きて帰ってくるまで待つのが親なんじゃないかねえとオヤジはボヤいていたよ。
まあそれでジイさんがお互い生きているうちにとオヤジにこの不思議な話を打ち明けたんだね。
ジイさんはあるときガスコンロのところでお湯が沸くのを待ちながら古代の事を想像して「行ってみたいものだ」と思っているうちにその時代に行ってしまった、と言うんだ。
昭和の初めは市内でいくつか遺跡が発見されてちょっとした考古学ブームだったらしい。
(ボクは心臓を正面から殴られたような衝撃を感じた)
で、ジイさんの持っていた土地から土器が出たりそれを大学の偉い先生が調査に来たり。
(ボクの全身に鳥肌が立った)
そんなこんなでジイさんも遺跡に興味を持って自分で「研究」もやっていたんだ。まあ当時の文化人のハヤリだったんだね。
それで、とうとう趣味が高じてその時代に行ってしまった、と。
初めて行ってしまったときにはジイさんはそりゃもうビックリしたけど一生懸命にまたここに戻りたいと念じたら戻ってこられたんだけど、戻ってきたらヤカンのお湯がまだ沸いていなかったのだと。
それ以来ときどき過去に行くようになったワケだけど、家を空けていたのはこれだったわけだ。
ジイさんによると行きたい時代の行きたい場所を一心に念じていると「すぽっ」といける。
ただし、なんでかあのガスコンロの前からじゃないとダメだというんだ。
それから向こうで3日過ごしたらこっちに戻るとこっちでも3日経っていて。
あと、どうしても未来には行けなかった…。
それは確かに全部その通りだったんだね。
やってみたらボクもそうだったからね。
( …! )
(いや)(いやいやいやいや!)
それでその昭和20年の3月初めころジイさんはオヤジにもう日本はダメだ、こんな戦争やってる時代にはもう戻ってきたくない。
東京の知り合いのところにでも行ったことにしておいてくれと
そう言い残してガスコンロの前に立って数秒後に消えたというんだ。
ジイさんはその時山伏のような格好で背中に「つづら」を背負っていたと。
で、ジイさんはそれっきり行方不明。
オヤジはぐずぐずしてたらまた戦地にやられて今度こそ生きて帰れないと思ったから何度もガスコンロの前に立ってジイさんが行ったらしいところに行こうとしたけどとうとう行けなかったんだ。
で、オヤジからこの話を聞いたのがボクが高校生の時で試しにやってみたら行けちゃったんだね。まあオヤジの悔しがることといったら。
ナンで俺だけ行けないんだ、って。
「は― 」
ボクはどう返事していいのかわからなくなって黙ってしまった。
頭の中がなすすべもなく空回りしている―
するとタナカさんが立ち上がって真面目な顔で言った。
「キミちょっと一緒に行ってみない?」
(ちょ・ってか・はあ!?)
ボクの心臓は勝手にバクバクと跳ねだしていた。
(つづく)