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車の窓を叩かれた

小さな怪奇現象

昔々
トムラウシ山に登ろうと、登山口近くで泊まった。
山の会の人たちと一緒だったので
自分だけ登山口の駐車場に停めた車の中で寝ることにした。
助手席を倒して横になると駐車場の水銀灯が結構眩しい。
夏だったが、山の上ではもう秋の虫たちがあたりを圧するように鳴いていたし、そばを流れる川の水音が大きかったが、これらはマチナカの人声や車の音と違って、安定的な環境音となって不快ではなかった。
明日の朝は夜明けとともに登山を始めるので薄暗いうちに起きてそそくさと朝食をとることになる。眠れなくても目を閉じて横になって身体を休めておかなければならない。耳を圧する虫の声と川の音と水銀灯の光の中でとにかく目を閉じて横たわっているうちに、とろとろと眠りに入っていった
のだが
突然、「ばんばんばんばん!」という音で飛び起きた。
暗闇の中、車の窓を
自分が寝ているすぐ横の窓を激しく叩くいくつもの手のひらが見えた。
え、ナニ!?ナニが起きた!?緊急事態!?
目を開けたとたんに窓を叩く音は止んだ。
水銀灯の光が眩しく車を照らしているが、周りには誰もいない。
寝る前と同じく虫の声と川の音があたりを圧している。
ん????
あ、夢を見たんだな
なれないところで寝ているから
と思って
再び横になって目を閉じると、程なくとろとろと眠りに入り
するとまたいきなり「ばんばんばんばん!」と激しく窓を叩く音。
いくつもの手のひらが激しく車の窓を叩いている。
驚いて飛び起きたが、それと同時に音は止み、虫の声と川の音が響くばかり。
3回目に一応外に出てみた。
夜の山の冷たく湿った空気と虫の声と川の音が自分を包み込んで
しずかさや 山に満ちたる 虫の声
といった風情。
で、こんなことが一晩中繰り返されて、なんだか寝た気がしないままに朝を迎えた。
トムラウシ山の登山そのものは、快調そのものだったし
全くあの晩の「怪異」に恐怖感も不快感も無い。

自分としてはアレは慣れない環境で寝坊してはイケナイという緊張感から落ち着かない眠りによって引き起こされた「夢」だったと判っているが

もしこれを怪談にするとしたら
よく見たら、窓の外に手の跡が付いていた、かな?

いや

手の跡は窓の内側に付いていた方がコワイ。