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ことばの手帖|20年経っても手に入らない一言

自分の良くないところは、なんでも減点式で見てしまうところ。
昔から、とにかく欠点が目についてしまう。完璧を求めがちなのは、仕事では良いときもあるけど、全体的に自己肯定感は低い。それを自覚して、子供が産まれてからは気をつけるようになった。が、それでも食事中のマナーはすぐ気になってしまうし、自分が仕事でミスした日は、未だに一日落ち込んでいる。

そうしたときに思い出す、大学生の頃のことばがある。

私が入学したのは、18人の小さなクラス。
年齢が同じか1つ上くらいで、女子が15人、男子が3人のクラスだった。

そのクラスメイトの中で、ちょっと個性的な子がいた。

自分が好きな服を着て、好きなヘアスタイルをし、自分の好きなように生きているように見えた。

当時ファッション雑誌で流行っているような服装や髪型ではないけれど、いつも楽しそうな彼女は、当時18歳の私にとって、気になる存在だった。

初めての大学の教室。高校時代よりも圧倒的に長い90分間の授業。クラスメイトたちと新しいこと一つひとつを経験しながら、お互いどんな性格なのかを探っていた頃だ。彼女と自分自身の性格について、話をしたことがあった。具体的な中身は忘れてしまったけど、彼女は自分のこんなところが好きという話をしていて、私が驚いた反応をしたあとに、笑ってこう返ってきた。

「だって、自分くらいは自分のことを好きになってあげないと」

私は、これまで自分に対して、自分のダメな部分しか見てこなかった。
欠点がある自分に好きなんて思わないのが当たり前。だから、彼女と話をしていたときも、自分のこんなところがイヤなんだと自然に話していたと思う。とくにそれで苦しんでいたわけではなく、本当にそういうものだと思っていたし、人間誰しも自分のことが好きなわけないくらいに考えていたのだ。

だから、彼女が自分のことを好きと言ったときは「えっそうなの?」と返してしまうほど、不思議だった。でも、彼女にそう言われてハッとした。

当時18歳の私は、まわりからどう見られているか、人から好かれるかを気にしていた。もしかしたら私のことを好きになる人はいないかもしれない…と思ったこともある。でも、だとしたら、彼女の言う通り、自分くらい自分を好きになってあげないと、これから先、自分が救われないという気がした。

そうは言っても、実際は、生まれ持った性格はなかなか変えられそうにない。昔と比べたら、こんな自分でもまあいいかと少しずつ思えるようにはなったけど、今でもイヤになることは毎日のようにある。

でも、彼女のことばのおかげで、私の子供たちには、自分を好きでいてほしいと日々思っている。彼らがこの先大人になっても、自分を好きでいてくれたら、私もやっと自分を心から好きになれそうな気がする。


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