act:27-雪の大多喜【2】我ら流浪の雪中行軍
今日は大雪のため、この給食を喰ったら学校はおしまいだ。朝礼で弥四郎先生が話した通り、万事予定は滞りなく進んでいる。
詳しくは前章 act:22-雪の大多喜【1】権現坂はスリップトラップ御用心を参照してほしい。
「よしよしフフフ、今日は人生最大のボーナスステージだ。」
そうほくそ笑むとオレは、ひとまず目の前の砂糖まみれの揚げパンとクリームシチューを掻き込み、瓶の牛乳にミルメークを溶かしてグイッ!と一気に飲み干した。
今日の給食にはサラダらしき物体が付いていたが、元来オレは虫じゃないので葉っぱは好かない。しかし残すと最後まで居残りで食べさせられるので、仕方なくある程度は口に運び我慢して呑み込むんだ。残りは先割れスプーン(※1)でベッチャベチャのグッチャグチャに潰した後に、上から皿を重ねて完璧な隠ぺい工作を図る、知らん顔で給食の配膳台(※2)に返してやったぞ。
給食が済むと今度は15分のお掃除タイムの始まりだ。オレは自分の机と椅子を雑巾でサッと拭き、あとはオレの今週の役目「黒板掃除」をせねばならない。しかし今日も黒板消しでササッと拭いておしまいにした。掃除は不評を買わない程度に手を抜くのがオレ流である。そもそも黒板に書かれた文字が消えたらそれでいいじゃないか、黒板に頬ずりするわけでもないんだオレならこれで十分満足だ、よくやったとオレを褒めてあげたいぐらいだ。
そうこうするうち担任の齊藤弥四郎先生(※3)が職員室からやってきて、出席簿を片手に教壇に立った。待ちくたびれたぞ弥四郎さん!
ようやく終礼の時間になったのだ、みんなが席に座って先生に注目した。
先生は生徒たちが静まるのを見計らうと、いつものように皆に諭すように語り始めた。でも先生の話は意外と長いので忘れやすい。そこで聡明なオレが以下に要約したいと思う。
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1.雪が積もっているので足元に気を付けろ
2.雪の中でふざけるな
3.雪の中で遊ぶときは親に確認してからにせよ
4.滑って大怪我をしやすいので注意しろ
5.車は雪で滑って急に止まれないので近づくな
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まぁ確かこんな内容だったな。いつも通り大した内容じゃない。
そして最後は別れの挨拶だ。
「先生さようなら、皆さんさようなら」
どうでもいいが、オレはこの最後の挨拶が好きじゃない。4年生にもなって生徒みんなで声を合わせて何が「みなさん、さようなら」だバカバカしい。みんな本気で言ってるのか?だとしたらトンだ甘ちゃんだぜ。
「さぁー帰るぞぉぉぉお!」
オレはランドセルを背負うと一目散に下駄箱へ。今日は1年生から6年生すべてひっくるめて、帰宅方面ごとの集団下校になったんだ。
この学校の全校生徒は360人ほどと決して多くはないけれど、こうして一か所に集結すると当たり前だがギュウギュウだ。なによりこの混み具合は過疎と高齢化一直線の我らが大多喜町では新鮮だ。ひょっとするとTVで見た東京の通勤電車もこんな感じなんじゃないか?
そんなオレの下校コースは、ヒロツンの久保地区と同じグループ。このグループにはもちろん弟のクニオもいるし隣家のユーイチもいる。帰りながらこのあとの遊びの計画をしっかり立てられそうだ。まぁヤッチャンとお面のケンちゃんだけは帰宅方向が違うので、残念だが今回は仲間外れのようだなフフフフフ。
‥あぁよく見たらこの帰宅グループの先頭には、今朝がた保冷車にしがみ付いて登校してたタダシくんもいる。まぁ彼はヒロツンの家のすぐ近くだし、そりゃそうなるか。でもそんな彼は生徒会の副会長だ、上手く世間を欺いたものだ。
しかしオレは、そんなタダシくんとは今回出来るだけ目を合わせないようにした。彼はいろいろと不穏な人物だ、間違ってもこれからのオレたちの秘密計画をタダシくんに察知されたくなかったんだ。彼は正真正銘本物のサイコ野郎、どんな邪魔をされるかわからない。
でもそんな彼を避けようとするオレに感づいたのか、先ほどからタダシくんが、やたらにこっちをチラチラ見るんだ。こういうときのタダシくんの勘は異様に鋭いぞ、だから手ごわい!
だがしかしオレも負けるわけにはいかないんだ!
タダシくん、こっち見んな!
なにはともあれ、こうして集団下校が始まった。外に出た途端、大きな雪が一斉にワラワラと降り注ぎ、みんなのセーターや手袋に貼りつく。辺りもみるみる雪が積もっていくぞ、さっき教室から覗いたときより、さらに風景が真っ白に染まっていく、こりゃーすごいや!(※4)
オレたちはこの大雪の中を長靴で歩きながら、タダシくんに聞かれないよう出来るだけ小さな声でこの後の遊びの相談をした。そして帰宅後すみやかに青龍神社(※5)に集結し、雪だるま作りと雪合戦の約束をしたんだ。
「ユーイチ、ヒロツン、じゃーあとで!」
家の前でオレはみんなに挨拶をして別れる、すかさずユーイチが返した
「おぅ!神社で雪合戦な、すぐ行くぞ!」
そんなユーイチの声に、列の先頭にいたタダシくんが一瞬だけ振り返った。そしてニヤリと笑ったように見えた。
《しまった聞かれたか?ユーイチ迂闊だぞ!》
‥いやいや待て待て、多分オレが神経質になっているだけだ。タダシくんは列の先頭でオレたちは最後尾。仮に聞こえたとしても正確に聞き取れるわけがないさ。
オレは体にまとわりついた雪を掃い、傘に積もった雪を落として家に入る。
そして母さんに、これからクニオやユーイチたちと青龍神社で雪遊びをしてくることを伝えると、母さんは呆れた顔をしつつも「あまり暗くならないうちに帰っておいで、雪だから気を付けて」と言い、オレとクニオに毛糸の帽子を被せてくれた。
さぁーいよいよ時はきた!オレとクニオ兄弟そろって一斉に玄関を飛び出した。あれ?クニオはいつも通り愛用の木刀を握ってるぞ。今日は雪だるまでも斬り倒すつもりだろうか?
‥まぁいいだろう。
とにかく目指すは大雪原の青龍神社だ!(キリッ)
オレたち兄弟は程なくして青龍神社の広場に着いた。ここは予想通りの大雪原、コンディションは最高だった!
ユーイチは一足先に到着しており、オレたちにいつもの金属バットを振ってみせた。そうそう、ユーイチもいつもの金属バットを持参してるんだ。いったい雪遊びで金属バットを何に使うというんだ?雪合戦で雪玉を打つつもりなのか?
まったくクニオといいユーイチといい、なんでこういつも武器になるものを携帯してるんだ、相変わらず物騒なヤツらだ。まぁ真面目に考えるだけ時間の無駄なので考えないようにしよう。
‥とりあえず話を戻そうか。
先の通り、コンディション最高の青龍神社の広場だが、でもひとつだけ想定外なことがあったのだ。ここにはユーイチ以外にも、既に近所の保育園児や1年生たちが親子で雪遊びに訪れていた。4~5家族はいるだろうか。
そもそも青龍神社の広場はそんなに広い敷地ではない。オレたちみんなで雪合戦を始めようものなら、まず確実にあの子たちに当たってしまうだろう。また、雪だるま建造のためにこの広場の雪をかき集めたのなら、あの子たちが遊ぶ雪がなくなってしまうかもしれないぞ。
少なくともここで一番の年長さんのオレは、大多喜の明るい未来を背負う幼いチビッ子たちが悲しむ事態だけはどうしても避けねばと考えたのだ。当たり前だろう、オレたちはこの大多喜の愛と平和を影ながら守る正義の秘密結社「大多喜無敵探検隊」、オレは栄えある隊長なんだ。
故にオレは常に友愛精神に満ち溢れ、且つ隊員の誰よりも人一倍寛容な漢なのだよ!
ではこれからどうしたものか?この先の協議に差し掛かろうとしたタイミングでヒロツンとヤッチャンが合流した。ヒロツンはともかく、集団下校グループが異なるヤッチャンには声をかけられなかったのに、何も言わずとも、こうして雪深い中を青龍神社にやってくるとはな。
やはりヤッチャンも、この大雪には並々ならぬ強い関心があるようだ。
主要メンバーが揃ったところで、あらためて皆の意見をまとめたところ、今回残念だが、やはり我々が場を移すことで決定した。大多喜の未来を背負うチビッ子たち、その笑顔のためにも当然の結論でもある。
では我々は次にどこに移動するか、保育園の園庭か?それとも小学校の校庭?保育園の園庭はそれこそ保育園のチビッ子たちのもの、そっと残しておくべきだ。
では小学校の校庭に向かうか?でも今頃は周辺の小学生たちできっと大騒ぎじゃなかろうか。第一あそこにはまだ先生たちがいるはず、職員室の窓から生徒たちの一挙一動に睨みを効かしているに違いない。その結果お行儀よいエレガントな遊びしか出来なさそうだ。
とはいえ、これはあくまでオレたちの推測でしかない。直接様子を見に行かねば誰にも真実はわからないのだ。
ひょっとしたらこの大雪でクッソ寒いので、校庭には誰もいないかもしれない。第一これだけ雪が降ってるんだ、先生たちも帰っちゃってるかもしれないぞ。車通勤の先生たちは雪で車がスリップしたら大変だもんな。
よぉーし、そうと決まれば話は早い
大多喜無敵探検隊緊急出動だ!
只今より大多喜小学校校庭に強行偵察に向かう!
オレたちはゾロゾロと権現坂から役場の駐車場を横切ると、そのまま保育園の園庭も勝手に侵入して、小学校の講堂脇から期待を胸に目標地点の学校の校庭に侵入したのだった。
しかし講堂から眺める校庭は、、残念なことだがここも当初の予想通り、いやいや予想以上か、大騒ぎどころか校庭がお祭り騒ぎになっていた。
男子も女子も、そして1年生から6年生までたくさんの子供たちがウジャウジャおり、皆で雪合戦やら雪だるまづくりに精を出していた。
「チッ!暇人どもめ、そんなに雪がめずらしいか!」
ユーイチが舌打ちしながらつぶやいた。
ユーイチよ、それはオレたちも一緒だぞ。
よく見たらなんと先生も混じって大きな雪だるまを作ってる。やれやれ先生たちと一緒に遊ぶなんてオレには無理だな、それじゃ学校の授業と何も変わらないじゃないか!
こんな窮屈な環境では遊べないぞと主にオレが反対し、小学校を後にすることを決意、再び我らは新天地を求め旅立つことにしたのであった。
しかしこれだけ連続で空振りに終わると、ちょっと嫌になってくるな。ただでさえ深い雪に長靴がズボズボ嵌るので、歩くだけでも案外体力がいるんだ。さらにこの大雪だ、当然めちゃくちゃ寒いんだ。
落胆続きのオレたちの心に、疲労と寒さがドッと伸し掛かってきて、ついつい弱気になってしまう。
なぁみんな、今日は寒いからもう帰ろうか。
「あぁそうだ!」クニオがいきなり切り出した。
「せっかくここまで来たし、小学校の傍のウェーズミ(上泉 / お面のケンちゃん)に声をかけていこうよ」‥と。
ケンちゃんは滅多に外遊びにはこないが、地元の国鉄木原線(※6)に何か異常があると、お面とマントでさっそうと我らが駐屯地「青龍神社」に現れて、そして誰も頼んでないのに木原線の詳細な情報を伝えてくれるという大多喜無敵探検隊の秘密諜報部員なのだ。
そういやケンちゃん、つい一か月ぐらい前も新たな情報を伝えに突然神社にやってきたっけな。たしかあれは‥木原線のキハ35には便所がありキハ36には便所がない、木原線に乗るのなら安心安全のキハ35だと力説してたっけ。鉄道好きなクニオだけが目を輝かせて聞き入ってたな。
そんなケンちゃんの家に行くのは確かに久しぶりだ。普段から誘ってもまったくこないので、そのうち誘いに行くのが億劫になったんだ、用事があれば呼んでなくともヤツは勝手に来るしな。
まぁでもクニオの言う通りだ、ここまで来たんだし、せっかくだからケンちゃんに会ってから帰ろうと、オレたち一同は学校プールの奥から小高病院裏の小道を抜けて、お面のケンちゃんの家に向かうことにした。
それにしてもこの小道の雪は少々手ごわかった。普段から人通りがないことも理由だろうが、雪がところどころで吹き溜まりになっていて、まるでTVでみる北国の雪のような風景になっていた。深いところでは小学2年生のユーイチのお腹のあたりまで、すっぽり雪で埋まるんだ。そんな深い雪を掻きわけて進むオレたちだが、まぁこれはこれで中々出来ない体験でもあり、良い訓練になっているのも事実だ。その結果、今まで以上に隊員たちの危機対応能力があがり、今後予想される様々な不測の事態にも、より迅速に対応できることだろう。
でもこの雪の中をケンちゃんも学校から帰ったのか、そもそもひ弱なケンちゃんだ。無事に帰れたのだろうか?
実はこの吹き溜まりの雪のどこかに、彼は埋もれてるんじゃないか?
そんなオレたちの心配をよそに、ケンちゃんは自宅玄関前で、ウルトラマンのお面に風呂敷のマントで雪降る空を見上げていた。まるでオレたちが訪れることがわかっていたみたいだ。
でも正直にいうと、あの妙な姿で只々ひとり雪降る空を仰ぐケンちゃんが、なんだかトンでもない奇人変人にしか見えず、実はちょっと怖かった。
まぁコレは彼には内緒だ。
しかしこの日のケンちゃんはいつもと違った。大雪のせいで珍しく血が騒いだのか、彼からオレたちと共にこの雪深い大多喜町に繰り出そうと言いだしたのだ!
ほほぉ珍しいこともあるもんだ、明日は雪でも降るんじゃないか?あぁもう十分降ってるな。
まぁそうと決まれば、まずはケンちゃんに今までの残念な状況の共有からだ。青龍神社の現在の状況、そして小学校の校庭の惨憺たる状況などを漏らすことなくつぶさに伝える。いつでも正しい判断には正しい情報が必要なのだ。その上でどこで遊ぶべきかの協議が皆で再度執り行われた。
青龍神社もダメ、小学校もダメ、保育園はチビッ子のために残しておきたい‥。
それ以外で誰も来そうになく十分に広い場所はどこだろう?
実は役場の駐車場や、青龍神社の下の町営駐車場で遊ぶという選択肢もあるにはあるが、出来ることなら避けたい。今も誰かの車が何台も置かれているので、遊んでてうっかり車に傷でもつけたら大人たちにこっぴどく怒られるに決まっているからだ。君子危うきに近寄らずなのである。
しばらくして、しゃがんだまま、ずっと考え込んでいたケンちゃんがゆっくりと立ち上がった。そして静かに右手を伸ばし、はるか遠くを指さした。
そして彼は呟く「目指すは大多喜八幡神社(※7)」と!
一同は声をあげた
「な、なんだってー!!」
たしかに盲点だった。
それにあそこはちょっと遠い、最初から眼中になかったのだ。
ケンちゃんいわく、あそこなら小学生はまず来ないし敷地も青龍神社の5~6倍はある。さらに裏手には車で出入りするための急な坂道があり、段ボールでも持っていけばソリ遊びも出来るだろうと‥。
ほぉ~伊達に年中引きこもってないな中々思慮深い考えだ。ケンちゃんのアイディアには、一番の知恵者である若菜のヤッチャンも大賛成だった。
大多喜八幡神社はオレやクニオ、ユーイチや若菜のヤッチャン、そしてお面のケンちゃんたち大多喜町大多喜地区住民の鎮守さまだ。大多喜高校の傍にあり、ちょっとした高台の上にあるんだ。
よし、我らが目指すは大多喜八幡神社に決定だ!
でもさ、ここからだとわりと遠くないか?雪もジャンジャン降ってるしずいぶん積もってきている、道半ばでオレたちゃ遭難するんじゃなかろうか、まぁなんとかなるのかな?
そんな一抹の不安を抱えながらも我々はケンちゃんの家を出ると、またあの雪深い小道を雪をかき分けながら前進、まさに雪中行軍(※8)の様相だ。そして学校プール脇から再び小学校校庭に出ると、雪に燥ぐ有象無象らを横目で眺めつつ大胆不敵にその中央を横切る。そのまま小学校裏手から一路「南廓踏切」に向かったのだ。
南廓踏切、この踏切は一種の結界なのかもしれないぞ。この手前は今日までのオレたち、この向こうがまだ見ぬ未来のオレたちなんだ。
そんなことを漠然と考えながらもオレたち一同は踏切を難なく渡りきり、ナウでヤングなペプシとガラナアップの店「江沢屋」前で一旦小休止とした。寒いのにペプシなど飲みたくないので今日の江沢屋には用はない。用はないがお店の前にいると軒先のテントのおかげで、幾らか雪がかからずに済むのだ。
ここまでは順調だ、よしよし予定通り!
だが問題はここからだ、この先が坂になっているのだ。実はこの先は分かりやすくいうと大多喜城の城山にあたり、坂を上った先に我らが目指す大多喜八幡神社があるのだ。
通常ならそれほど苦にならない坂ではあるが、今日は深い雪に覆われている。人も車もあまり通らないため、この道路脇には既に50cmほどの雪の壁が出来ているのだ。
大雪の中の山登り、こりゃーまさにあの有名な八甲田山の雪中行軍のようじゃないか。たしかあの話は、大日本帝国陸軍の大部隊が雪の八甲田山で訓練中に遭難したんだっけな、たしか200人ぐらい死んだはずだ(※9)。
「雪は魔物だ」かつて冒険家たちはいった。
はたしてオレたちは、こんな装備で大丈夫か?
1977年(昭和52年)1月、
オレたち大多喜無敵探検隊の猛者6名はまだ見ぬ大雪原を求めて、
この大雪の中、果敢にも雪中行軍を敢行した。
オレたちを待つのは一面白銀の新世界か、それとも白い地獄なのか。
そんなわけで小学4年生のオレの雪の想い出は、まだまだゆる~く続く。
【注意】登場人物名及び組織・団体名称などは全てフィクションであり画像は全てイメージです…というご理解でお願いします。
大多喜町MAP 昭和50年代(1970年代)