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生まれた頃からを少しずつ

 私は父・母・祖父(父方)・祖母(父方)・兄1・兄2のもとに生まれました。

兄1の上に姉がいたのですが、死産だったため私は家族にとって待望の女の子だったようで、祖父は私が2~3歳の頃に亡くなりましたが、数少ない祖父との思い出もかわいがってもらった記憶がほとんどです。

特に母はどうしても女の子が欲しかったそうで、私が生まれてとても嬉しかったそうです。ただ幼い私は「自分は姉の代わり」と認識していました。全くもって悲観的な解釈のつもりはなく、言葉をただそのままに受け取っていました。

しかしこの解釈は後にほんの小さなコンプレックスとプレッシャーとなって芽を出すのですが。。


 さて、父の話ですが、父は幼少の頃から記憶力と要領が良く、誰が言ったか知りませんが近所では神童と言われていたそうで祖母は亡くなるまでそれが自慢でした。

よく聞かされたのは、近所の小川に本を捨てたというエピソードです。
祖母がなぜそんなことをしたのか!と怒ったところ、すらすらと内容を暗唱したそうで、祖母は少し呆れながらも、誇らしげに話してくれました。

私は内心「川に捨てるなんて環境に悪い」とか「そもそももったいないな」とか思っていました。
また、「ものを粗末にするなとよく私に怒るのに、どうしておばあちゃんは嬉しそうに話すのかな?」と疑問でした。

今考えると、本の内容を暗記したからと川に捨ててしまう幼少期の父の発想や、それを許し嬉しそうに話す祖母の寛容さはその後の不穏を感じさせてくれますね🤔


 父本人から聞いて印象に残っているエピソードがあります。

父が幼稚園の頃、インドの国旗を描いて先生に見せに行くと、若い先生はどの国の国旗かわからず、よく知ってるね!と感心され褒めてもらえたそうです。

その話を聞いた時ちょうど私も国旗に興味を持っていたときで、インドの国旗を知っていたため父はそのエピソードを交え、自分が褒められた時のように褒めてくれました。

「いい大人なのに(おそらく40代後半)よく幼稚園の時の褒められた話覚えてるな~」と思いつつ、よっぽど嬉しかったんだな、と感じました。

父はいわゆる『過去の栄光』にすがるタイプで、良いことだけを都合良く記憶しそしてちょっと盛って話す人でした。
このエピソードが“父史上最古の栄光”なのかなと思います。


それに引き換え私は怒られたことや失敗したことに囚われがちで、不意に思い出して

ぬあぁぁあぁぁぁああぁぁぁ!!!!!!!٩( ⌯᷄ὢ⌯᷅ )۶

と頭を掻きむしることもしばしばです。


....似ませんでしたね、そういうところ。
(似てなくて安心してしまう自分w)


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