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「怪談会で出会った人」

 私は時々、商店街にある時間貸しのイベントスペースで、「怪談会やってま~す!飛び入り大歓迎!!」や「怪談やるかい?」、「怖い話あるんなら寄っといで」等とコピー用紙に書いて入り口のドアに貼って怪談会をやっている。
ネットや広報での告知はなしで、張り紙のみの不定期のイベント。当然来る人など稀で、ほとんどの場合、私が一人会場で動画を見たり本を読んだりしている。

だが、何年かに一度数人が集まってわいわい楽しくやれる時がある。
これは、その数年に一度あるかないかの複数のお客さんが来た怪談会イベントでの出来事の話だ。

「すいませーん、こんにちはー。ここって怪談会やってるんですよね?」
そう言って入って来た、ネルシャツ姿の大学生を切っ掛けに、続いて何人も怪談を話したいという人が来た。
「前から通りがかって気になってたんですよ。でも、いつも誰もいないし……今日は人がいたから勇気を出して入ってみました」
「いらっしゃい、どうぞ中に入って席にかけて下さい。あ、お茶そこにあるの自由に飲んでもらっていいんで。じゃあ、早速はじめましょうか」
「うわあ、なんか緊張する。怖い話って好きなんですけど、怪談会、実は初参加なんですよ」
「あ、自分は二回目です。よろしくお願いします」
そんな風に挨拶を交わしながら、若い男性三人と女性一人、私を合わせて計五名での怪談会が始まった。
「じゃあ、折角やから初参加やけど、僕から話していいですが、家の近所にね、有名な心霊スポットがあるんです……」
最初に入って来た男性が話し始めた時に、ガラガラと扉が開いて、パンパンに膨れたリュックを背負ったおじさんが入って来た。
「ちょっと座って話、聞いてていいですかね?」
その人は、一番後ろの席に私の返事を聞く前に腰を下ろし、重たそうなリュックを机の上に置いた。
皆の視線が一度、その男性に向かったが、私が続けましょうかと言うと、怪談会が再開された。
「じゃあ、続きから話しますね。有名な心霊スポットがありまして、そこで続けて事故が起こったんです。しかも、事故が起きるのが決まって六月で、同じ車種なんですよ。見通しもいいし、ドライバーも高齢な人ってわけでもない。しかも事故った人がハンドルを何かに取られたように感じたって、警察官からの取り調べの時に話すそうなんです」
そこまで、怪談会の男性が話したところで、大きながははははという笑い声が起こった。
声の主は最後に入って来た、大きなリュックを背負っていたおじさんだった。
おじさんは、目じりに涙を浮かべるほど、笑ってから「そら、嘘やろう」と茶化し、リュックから缶チューハイを出して飲み始めた。
厄介な酔っ払いだなと思い、私は眉を潜めたが、相手には歓迎されていないという空気は伝わっていないようだった。机の上に足を置き「あれ?もう終わりなん? 話続けてくださいな」と言っている。
「じゃあ、続けて言いますね。ハンドルを取られた感じがして、続けて事故る。これって何かおかしいと思って調べたら、昔その場所に井戸があって、そこに気が狂った女の人が落ちたって伝承が見つかったんです。だから、その亡くなった女の人の怨念が何かの形で車に作用して、事故を招いたんじゃないかなって思いましたという話です……」
「怨念がおんねんってか? はははは」
早くも二缶目のチューハイとカルパスをリュックから出して、おじさんは飲みはじめた。折角、複数の人達と楽しく怪談会が開催出来そうだったのに、この人のせいで台無しにされたくないと私は思ったので、席から立ち上がってこう言った。
「すみません。アルコールと飲食は控えていただけますか? それにここは怪談会で、みんなで楽しく怪談をするために私はこの場所を借りているんです。野暮なつっこみ入れるだけだったら、出てって貰えません?」
「そんなこと急に言われても困るで。それに飲食あかん言うても、あんたらもお茶とか飲んでるやん。俺だけ、あかんとか言うのん差別と違いますの? でも、あんたがルールや言うんやったら、仕方ないけど茶々は入れんときますわ。でも、感想を言い合うのすら駄目なんはおかしいのと違います? それに、ここ入った時にルールなんも説明されてへんし、飲食についても、張り紙一つされてるわけでもなし。後でそんなん言われて、正直気い悪いですわ」
「私が借りているスペースなんで、私が決めたルールに従ってください」
「なんやねんそれ。まあ、ええわ。じゃあ今飲んでるのが空になったら出てきます。それでいいですかいな?」
「じゃあ、必ずそれを呑んだら出てってください」
「は~ああ。気分悪いで、ほんま」
おじさんそう言い、缶チューハイを再び傾けた。
「じゃあ、次は私が話をしますね。大阪城の天守閣の館長さんから聞いたんですが、大阪城の敷地内に古井戸があるんです。そこの井戸にはいつの間にか、気が付いたらしめ縄が張られているんです。学芸員さんがどんなに気を付けて点検しても、いつの間にかしめ縄が張られている。これは、どういうことだろうと、調べたんです。そしたら、実は大阪城の結界を守る会というグループがあるって噂があって……」
「そら、キャッツの仕業や。キャッツアイが、井戸にしめ縄してんのや。俺、見たでえ、パツパツのエッチな服着とったでえ」
再び入れられたおじさんからの茶々のせいで、場が一気に白けてしまった。
私は自分が披露していた怪談の腰を折られた恨めしさもあって、かなり強い口調で男性にこう告げた。
「いい加減にしてくれませんか? 出来たらその、飲み物残ってたとしても、今からここ出てってくれません?」
「なんやそれ、さっき、これ飲んだら出てく言うてお互い納得したのに、ルールいきなり変えますの? それは流石にどうかと思うし、失礼が過ぎるであんた」
「落ち着いて座りましょうよ」
やって来た参加者の一人がおろおろしながら、そういったので私は座って再び怪談を話し続けたが、白けた空気は最後まで変わることはなかった。
私が怪談を語り終え、次に女性の参加者がバスの中で人魂を見たという体験談を話したあと、おじさんがカンっと乾いた音を立てて空になったと思わしき缶チューハイを机にたたきつけるように置いた。そして、急にこんなことを言い始めた。
「聞いててちょっと言おうと思っててんけどな、うちに幽霊も怨念も亡霊もおらんけど、妖精は沢山おるよ」
おじさんの唐突な発言に、参加者全員があっけにとられたような顔をしていたように記憶している。
「うちにおる妖精さんな、スルメイカをよう食べおる。他にせんべいが好きやね。湿気たのはあんまり食べてくれへんけど。妖精さんはな、お喋りやねんけど、日本語と違うから、言葉がよう分からへんねん。でもな、名前は分かってて、ベルちゃんって言うのんよ」
その時誰かがぷっと吹き出し、小さな声で「ベルちゃんって、どういうことよ」とか「ベルちゃんて……」と突込みが入った。
「なんやの、そういう声出すてことは、信じてはれへんようやね。実はな、ベルちゃん連れて来てますねん。ベルちゃん、電気消して」
おじさんがそう言うと、カチっとスイッチを押す音が聞こえ、本当に電気が消えた。
急な暗闇で目が慣れず、ぞわぞわと肌が粟立つような恐怖を感じた。
私は声を出すことすら出来ず、頭の中でなんとか事態を整理しようと考えている最中に、おじさんが今度はこう言った。
「ベルちゃん、電気点けて」
カチっとまた音がして、パッと電気が点いた。
「じゃあ、帰りますわ」
飲んだ後の缶をそのままにして、大きなリュックを背負ってから、おじさんは帰って行った。

その後は参加者の皆、黙りがちになってしまい、自然と怪談会はそれでお開きとなってしまった。

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