おもろコワイ人 Vol.1
「おもろ怖い人列伝」
先日イベントで、お客さんから「田辺さんは変な人を寄せ付ける、モスキート音でも体から出してるんじゃないですか?」と言われた。そんなことは無いと思いたいのだが、私が見つけた変な店や場所、そして偶然出会ってしまったおかしな人について話したいと思う。
あまりそのまま書くと住んでいる場所やら対人関係やらがモロバレになるので、少々変えてある部分もあるのでその辺りはご了承願いたい。
「超能力喫茶の話」
もうかなり前の話になるのだが、商店街で買い物を済ませた後に散歩していると「超能力の店・珈琲」と書かれた店を見つけた。
どういう組み合わせだ?と頭の中がこの看板を見た瞬間はてなだらけになってしまった。
最初はそのまま通り過ぎたのだが、別の日に前を通りかかったところ、気になって仕方なくなってしまい、ついドアを開けてしまった。
中に入ると内装はいたって普通で、どこにでもある喫茶店のようだった。パッと見た感じ四十代の半ばくらいのオールバックの髪型にエプロン姿の男性が、カウンターでコーヒーを入れていた。
「いらっしゃいませ。お好きな空いているお席にどうぞ」と言われ、窓際の適当な席に私は座った。客らしき姿は他になく、駅から歩いて数分の場所でこれだと、正直経営的には厳しいだろうなと思った。
「当店は初めてですか?」
私は「はい」と答え、メニューを見せて欲しいと伝えたのだが、メニューはありませんと言われてしまった。
「当店は店主の私がお客様を見て、一番最適と思ったドリンクを提供させていただくことになっております」
「はあ」
超能力で、飲みたいものを推測することだろうか。店の中に入っても分からないことだらけだ。そもそも、私は超能力についてどれだけ知っているだろう。イメージとしてはユリゲラーのスプーン曲げとか、エスパー魔美とかだろうか。もしかしたら、これから目の前でスプーンを曲げたりして見せてくれるのだろうか、そんなことを考えていると、店主は顎に指先を当てて色々と質問を繰り出してきた。
「最近お疲れですか?」
「そうですね、言われると……まあ、疲れ気味です」
「甘めのものと、辛めのもの、どちらがお好きですか?」
「甘めのもんですかね……」
「承知致しました。では、ご用意致しますので、今しばらくお待ちください」
私はどきどきしながら、どんな飲み物が出て来るのか、そして値段が分からない状況なので、いったいその飲み物で幾ら請求されるのだろうと考えながら待った。
そして、十分程してから店主が飲み物を乗せたトレイを持ってやって来た。
「お待たせいたしました。スペシャル・ブレンドでございます」
目の前に置かれたそれは、普通のコーヒーに見えた。
コーヒーカップの中には褐色の液体が湛えられ、白い湯気が上がっている。
「甘めがお好きと聞きましたので、そのようなブレンドにしてあります」
「あ、そうですか……ありがとうございます」
「どうぞ、すぐに召し上がって下さい」
私はかなりの猫舌なので、見るからに熱そうな珈琲をすぐに口にするのを躊躇ってしまった。しかも私はブラック珈琲は苦手で飲めない。
「あの、ミルクいただけますか?」
「当店にはおいておりません」
「……」
真横に立たれた状態で、飲むのは緊張するし嫌だなあと思いながら、私は恐る恐る珈琲に口を付けた。
味は熱かったせいもあり、よく分からず、私は舌先を早くも火傷してしまった。
「いかがでしょうか?」
「あ、はい。美味しかったです」
とりあえず、真横にいる人にネガティブな感想を伝えるのは躊躇われたので、私は思ってもいないことを伝えてしまった。
「でしょう。当店はお客様の状態と健康を見て、最適な珈琲を提供させていただいております。ですが、更に凄いことが出来るので、店名の由来になっているワタシの能力もこれからお見せしますので、しばしこのままでお待ちください。すぐ戻って参りますので」
早くこの珈琲を飲み干して、お代をおいて家に走って帰りたい気持ちになっていたが、言われるがままに待った。
そして、店主は手に何か白い布に包まれた物を手にもって、走って戻って来た。
「こちらの布を中身ごと持っていただけますか?」
「はい」
白い布を握ると、何か中に硬い物が入っているような感触だった。
「三秒だけ目を瞑って下さい。私がカウントしますんで。では、1,2,3」
目を瞑り、開くとそこには両手を私に翳す店主の姿があった。
「これで、珈琲がより美味しくなりました。飲んでみて下さい」
「はあ」
一口啜ったが、さっきより少し温くなった以外、変化を感じることは出来なかった。
「より酸味が増して、味が複雑で美味しくなったでしょう? その布を飲み終えたら開いていただけますか」
「はい」
さっきまで握らされていた布を開くと、そこには5センチほどの長さの水晶が入っていた。
「こちらの水晶は、私の師匠から譲っていただいた物です。エナジーを注入するのに最適な結晶体を備えた石で、この石を通じて珈琲の味をより高い次元に変換が可能なんです。そもそもこの世界の全ての物質は素粒子から出来ているってご存じですか? この世界の一番小さい粒子に干渉が可能な石を師匠は求めていて、沢山いる弟子の中でもお墨付きをいただいた人しか手に出来ないんですよ。師匠は石を探しに世界中を旅していまして、弟子もあちこちに何千人もいるんです。ワタシは運よくバックパッカーで旅行しているうちに、会って気に入られて、共同生活をしている間に世界のことや石についてを教わる機会がありまして(中略)で、この店を始めて世界の奇跡の欠片を味わっていただこうと思っているんです」
長い、長い店主の話を珈琲カップを手にずっと首振り人形のように頷きながら私は聞いていた。そして、その間ずっと「かえりたい」ということばかり考えていた。
店主の説明には矛盾や突っ込みたくなるポイントも沢山あったが、指摘すると余計話が長くなりそうな予感がしたので、気が付かないフリをした。
店に入って珈琲を飲むということだけで、これだけ疲れた体験は未だに後にも先にもない。
珈琲の値段は超能力だか、石のエナジー代だかが追加で一杯で千二百円だった。
ちなみに、この店の存在を知り合いに話したところ「嘘やろ」と言われたので、翌週尋ねに行ったら相変わらず客は他におらず、席に着くなりサービスなのか、真紫の汁を垂れ流すプリンを置かれた。
一口食べると、予想していた味とは異なり、かなり酸っぱかった。中を割ると紫色の丸い塊がころころ出て来て、どうやらそれはブルーベリーのようだった。あまり甘くないブルーベリーの実をたっぷり詰めたプリンだったのだろう。
「私、西日本で四名しかいないオーラーの検定士なんです。良かったら検定いたしましょうか?お連れの方、かなりいい色をされていますので」
珈琲を出された時に、そう言われたが、二人揃って首を横に振った。店主はかなり悲しそうな顔をして、引っ込んでしまい、その時は味変の水晶パワーの解説やパフォーマンスは行われなかった。
出て来た珈琲は相変わらずミルクが入っていなかったので、私は知り合いに自分の分も勧めて二杯飲み干して貰った。今回、ブルーベリーのプリンが出て来たにも関わらず会計は前回よりも何故か安く、一人四百五十円だった。
「胃が辛い。緊張したせいか、だるいし、もう二度と行かない」
知り合いはそう言い、口直しに別の店に行かないかという私からの誘いも断って、駅の方に消えて行った。
先日、数年ぶりに店の前を通ってみたところ、テナント募集の紙がドアに貼られていた。
石のパワーや超能力でも、経営はどうやら、どうにもならなかったようだ。