短編小説『歩む道』
人生には無数の分岐点があると俺は思う
今悪い方向に進んでるとしても
いつかは良い分岐へと進んでいくと
私は信じたい…
そう……信じたかった
以前の会社を解雇され一年が経つ
失業保険で生活は出来ていたが今日で満了を迎えようてしている中でまだ職は見つけられていない、ハローワークで職を探してはいるけどいまいちやりたい仕事が見つからないでいる、以前のように正社員のほうがいいと考えていたがここまでくるとアルバイトでも職を手にしたいと焦りが出始める
俺は今28歳であと2年もすれば三十路だ、30になってからアルバイトで培ったスキルで正社員になればいい、だとすればスキルが身につく仕事がしたい、何かないだろうか…
…機械部品のトレース作業の求人?CADオペレーターか、これならスキルを磨けて次に進めるんじゃないか?と私は考えそこへ決めた
そしてアルバイトだがCADオペレーターに受かることが出来た、求人票をみると社員登用制度が設けられていたのでそこで正社員になってもありだなとも考えていた、小さい会社だったが自分が世に大切な機械の部品を設計するんだ、というやりがいが沸々と湧き上がってくる…
…以前の会社は解雇されてしまったが今ではやりがいがありそうな会社に付けて頑張れる
……長門さん…
…今の俺を見て貴女は好きになってくれるだろうか……
…以前の会社にいた片思いの先輩、長門さんを思い出して妄想に耽るのであった
家からバスに乗り10分程度で着く場所で降り、あの桜道を歩く、いつも通りの出勤する道で前方からママチャリを漕いでいる長門さんが見える、後ろには長門さんの息子が乗っていた、長門さんは私を見つけるとすかさず大きく手を振っていた、それを私は会釈で返していた、そこは手を振って返すべきかも知れないがこっ恥ずかしく手を振れられないでいた、曲がる道で長門さんは漕ぐのを止め私を待っていてくれた
「長門さん おはよう御座います」
長門さんは先輩で歳上だった、子持ちの人妻でもある、しかし話すと何故かそうは感じなかった、気さくでとても話しやすかった、職場の手前、後ろからママチャリを漕いだ長門さんが背中を勢いよくポンッと叩かれたこともあった、とても親しみやすい先輩で私はいつしか好きになっていた
「布施くん おはよー今日ね、朝から資料渡すから目を通しといてくれない 急ぎだからお昼前に済ませちゃってね」
「はい、分かりました」
そんな会話をしながら職場に向かって歩いていた、その話だけ言いたかったから待っていたのかな、ちょっと残念と思いつつ長門さんの方に目線を向けると、長門さんは私の方を向いていたことに気づき少し驚いた、長門さんも驚いたのか目が泳ぎうつ向いた、どうしたんだろ?と考えていると
「じゃあ私息子を送ってくから、また職場でね」
と控えめな笑顔と小さく手を振ってくれた、はい と返事を返し長門さんと別れた
「長門さんはその後資料渡してきたけど、今思うと何でわざわざ漕ぐの止めて仕事のことをあの場で話したのかな…職場着いてからでも遅くはないのに……」
今考えると長門さんとはもっと仲良くなっていた気がする、二人は少し早く職場に着きいつも二人だけの時間があった、その時は仕事のことももちろんの事、世間話とかもよく話してて笑い合ったりもしていた
しかしどうしてこんな事に…
解雇されて一年、私は長門さんのことを忘れられないでいた、今長門さんに会えたならどんなに幸せか…そう考える日々が続いていた
CADオペレーターのアルバイトを始め3年が過ぎた、まだ社員登用制度の話はなく30歳超えてもまだアルバイトでいたが、この仕事は俺に合っていると感じていた、3年も居ると仕事も早くなり、仕事量も増えていった
電車の帰宅途中疲れきった頭でボーッと外を見ていたらガラス越しに見える二つ横の席に見覚えのある顔が目に入った、これは運命だと心が騒いだ、長門さんだ、3年前俺が会いたがっていた長門さん…まだ話し足りていないもっと仲良くなりたかった……しかし長門さんは俺のこと覚えてくれているのだろうか、声を掛けるべきなのか…頭の中でゴチャゴチャな感情が湧き出てくる、そう考えていると最寄り駅に着いた、最寄り駅は長門さんも降りるらしく席を立つ、今がチャンスだった、電車のホームに出たのがチャンス、ここでチャンスを逃したらもう出会えないのかも知れない、勇気を出せ、俺!っ震える足を力強く叩き喝を入れる、ヨシ!
「長門さん……長門さん…ですよね」
「……!?」
目を大きく開きびっくりした表情とともにいきなり声をかけられ強ばった表情にも感じ取れた
「俺です……ふ、」
と名前を言おうとした時その言葉に被せるように長門さんが口を開いた
「布施くん!?」
覚えていてくれたんだ…4年も前の俺なんか……覚えてくれていた……
「はい」
「久しぶりじゃーん元気してた?」
「はい、元気です」
ここで引き止めてもっと話したい
「あの、ベンチで話しませんか」
「え…うん、布施くんがそんなこと言うの珍しい、変わったね」
凄い眩しい笑顔で笑ってくれた、俺は幸せだったこの時間が止まればいいとも思った
「で、今仕事何してるのスーツ姿なんてカッコいいじゃん」
「はい、今は機械の設計に携わっています昔とは全く違う仕事ですよ」
「えー凄いじゃん機械の設計ってどんなの?」
「今ですと、半導体メーカーの製造装置の設計です、私はまだ装置の大元を担当してるわけではないので製造装置の部品なんかを担当して設計してますよ」
「それでも凄いよ、頑張ってたんだね布施くん、安心したよー」
「全然まだまだですよ」
と笑顔で返事はしたものの心の中ではちょっと罪悪感に覆われていた、たしかに半導体メーカーの製造装置に携わっていたがただのトレースだ、社員さんが手書きの設計図をCADでキレイにトレースするだけの単純作業でそんなのはアルバイトの仕事だ、しかしトレース作業と話してないだけで嘘は付いていない…付いていない……
「え、今正社員で働いてるんでしょ!?今の御時世正社員も難しいのに布施くんって本当に凄いと思うよ」
「えーそうかなー」
照れながら否定はしなかった、アルバイトと話せなかった、照れながら笑っていると長門さんが肩をくっつけこっちを見つめてくる
「私ね、布施くん居なくなって寂しかったよ、布施くんと話がしたくて早く出勤したり、あの桜の木の道で布施くんに会った時も私嬉しくて…」
その言葉に耳を疑った長門さんが俺のために寂しがっていたのか、でも…
「でも、長門さん旦那さんが」
「いないよ、あの時から別れてたんだよ
あ、そう言えば布施くん言ってたね旦那さんが羨ましとかなんとか、クスクス」
「え!?」
「布施くん私に気が合ったよね?」
そう目をキラキラさせながら楽しそうに話す、しかし俺は恥ずかしくて言葉も出ずただ前を見るのみだった、何も言えない俺に少し呆れたのか、突然立ち上がり
じゃあ私帰るね、と言われた
「……待って、LINE交換しよ」
俺はこのまま別れるのが嫌だった、また会いたかった、偶然出会い2ヶ月が経ち俺と長門さんは付き合う事となった、あの時胸を張ってしまい大口を叩き、アルバイトだと否定が言えなかったことは後になって後悔するんだろうか、アルバイトと言われても変わらず好きでいてくれるのだろうか…
それとも……
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