怪文書のこと。

 中3になった私は、やはり学級委員を回避して選挙管理委員になった。三年連続で同じ委員会に所属されたヤツはだいたい委員長のポストを有り難くいただくのだが、私はそういう無意味な伝統みたいなのが嫌いだったので、ちゃんと互選にしろと言い切ってそれも拒否した。

 そもそも中3にもなってしまうと、流石に目の前に高校受験と言う人生初めての大して高くもないハードルを、超える準備が必要になる。だから基本的に生徒会人事がどうなろうと、中3の最上級生たちには無関係なのだ。単に「ウケ狙い」で神輿に担がれたに過ぎなかったS(前回「政治ごっこのこと。」参照)も、次第に生徒会長らしくなっていて、ポストは人を育てることもあるのだなぁと思ったものだが、後任人事となると私も関心がない。

 ところが2学期のある日、とっくに部活も引退選手となり生徒会準備室(会議をする「生徒会室」とは別に、倉庫みたいな部屋が有ったのだ)で勉強もせずにダラダラ過ごしていた私に、大変面倒臭い案件が持ち込まれた。しかも持ち込んで来たのは、またしても教師だったのである。

なんだ俺は、影のキングメーカーか。

 当時は自民党も田中派から竹下登が離反して「竹下派」を立ち上げ、ニューリーダーと呼ばれた竹下・安部晋太郎・宮沢喜一の中でも一番出世を遂げた時代であった。そしてこの竹下政権下において忌まわしき「消費税」が施行され、何にでも3%の間接税が付加されることとなったのである。が、それは私が如き中学生には何の関係もない。

 話を持ち込んで来たのは、生徒指導主事をしていたWと言う先生だった。年の頃からすれば、ぼちぼち来年くらいには教頭になっておきたいところくらいのポストにいた。そこに、現2年副会長に収まっていたSa(イニシャルはいずれ枯渇するものだが、今回はSを使ってしまったのでこう書く)の親御さんが、なんとか生徒会長にしてやってくれないかと言ってきたと言うのが話しの始まりであるらしい。
「……で、俺にどうしろってんですか、W先生?」
「こんな怪文書が出ている」
 藁半紙ではなく明らかにコピー紙だったビラには、Saとその家族を中傷する内容が書き綴られていた。確かに怪文書だ。
「こりゃひどいですね。先生、こいつぁ明らかに選挙妨害ですけどね、僕らは警察じゃないし、生徒会長は公職でもないし、そもそも政治ですらない。ないない尽くしのこの現状で、我々に何をしろと言うんです?」
「Saももう一人も、まだ誰かわからねぇが落とす方法を考えろ」
「僕ぁ田中の角さんじゃないんだ、配る実弾もめぼしい人材もこちらの手元にはありゃあしませんよ!」
 そう言って抵抗したのだが、W先生はそこをなんとかと押し切って、準備室から出ていってしまった。

 そもそもSaは成績はトップクラスだが、人を小馬鹿にしたところがあってクラスメイトからも人望がない。その上、権力志向で上昇志向、出身小学校でも児童会長になり、大層威張り散らしていたと言う。だから生徒同士で恨みを買う材料なら、確かに売るほどありそうだ。2年生の委員に調べさせた状況を読みながら、
「くだらねぇなぁ、そもそも親の出てくることかね」
 と、ぽつりと呟いた一言を、そのときの「茶坊主」だった1年生の委員はずっと覚えていて、私が高3の時に入学してきた彼は、その後ずっと慕ってくれており、いまでも丁寧に年賀状をくれる。

 だが、私は特に対策を取らなかった。いや、取り様がなかった。同じ学年ならまだしも、後輩どもの人事にまで首を突っ込む気はないし、下手を打てば私にも何らかの形で飛び火する。それは避けなければならない。黙って公示日を迎えてしまえば、誰も手は出せない。そう思っていたところに、面倒な問題が立ち上がった。

 その日も、私は同じクラスで会計委員長をしていた友人と共に、準備室でゲームをして遊んでいた。なにせお互い志望校は田舎の県立校、受験勉強など必要としないのだ。そんなところに、息せき切って「茶坊主」が飛び込んでくる。
「急ぎはわかったがノックくらいしろ。なんだ」
「校内に怪文書が撒かれました!」

 ……どぉなってやがんだよぉ、と、初冬に差し掛かり乾燥した空気で枯れた喉に絡んだ痰を、勢い良く準備室の窓から見える二宮尊徳像に向けて吐き掛けたが、微妙にその軌道は外れた。



――次回、「紗水さんの陰謀のこと。」

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