政治ごっこのこと。
私が中学生になりたての頃、単にテストの成績が良いと言うだけの理由で学級委員に祭り上げられそうになったときに、同じように成績も良く、私と違って人望の篤い、同じ小学校から進学したMと言う同級生を候補に担ぎ上げ、結局Mが1学期の男子の学級委員に推挙された。
この中1のときの担任教師というのが何とも言えない人で、とにかくいつも怒っていて当然体罰も辞さない。怒るといつまでも怒鳴り続けるので辟易して皆静かに授業を受けているのに時折「うるさい!」と癇癪を起こす。いまとなって見れば軽い被害妄想の気があったのかも知れないが、真相は不明だ。まぁ、そんなわけで学校に1人以上は必ずいるうるさ方だった。
Mを学級委員の枠に押し込んで一週間後、Mが朝からうんざりとした顔を隠そうともせずに私に言った。
「なんで俺を候補に推したんだよ……」
私にしてみれば、何を今になってと言うよりないのだが、Mは続けて言う。
「学級委員は7時45分までに登校して、職員室まで来いって言うんだ。何の意味が有ってそんなことをするのかわからないし、連絡事項と言っても大概の生徒は知ってて当たり前だ。そんなことをいちいち確認させるために、あいつは俺たちをわざわざ朝早く学校に寄越すんだぞ! お前のせいで!」
ふーん、そいつぁ大変だねぇ、とはさすがに言えぬ。そんなことまでする人だったとは思っていなかった、俺はお前の内申書の覚えを良くしてやろうと思ったまでだ、と前半は本当だが後半は完全なでっち上げを披露した。Mとは進学した高校も同じだったが、顔を合わせるたびにこのときの話を持ち出すので、次第に縁遠くならざるを得なかった。
で、私はと言うと「選挙管理委員会」と言う季節型労働制の特別委員会に椅子を確保した。仕事は年度末の生徒会選挙の運営・監督と言うことになっていたが、なぜか名簿は1学期に取られるので一度なってしまえば他業務との兼任は、ポストの数が減るので不可だった。これで2学期も3学期も学級委員の候補にすら挙げられない形を作り込んだのである。そもそも成績が良いという理由で学級委員に推そう、などと言うのは田舎独特のヒエラルキーであって、だいたい誰も学級委員なんかなりたかぁないのだ。あいつは勉強ができるから気に入らない、学級委員でも押し付けてやれ、そんな魂胆はとうの昔から見え見えだったのだ。
こうして私は2年生の時も真っ先に選挙管理委員に就任し、副委員長のポストまで与えられた。まぁ、くじ引きでハズレを引いただけなのだが、何も役職のないヒラよりは覚えはめでてぇか、と引き受けた。ところがその年の生徒会長選は、未曾有の混乱が待ち受けていたのである。
と言うのも、その当時の2年生から生徒会長を出すわけだが、普通出てくるのは学年首席とか、体育会系のキャプテンとか、そういうのが出てくるのだけれども、その年は「取り立てて何の特徴もない」普通の生徒が、どんな理由か知らないが立候補者に祭り上げられた。しかもご丁寧に教職員の皆様からの反発も大きかったのである。
候補受付の主任でもあった私は、誰もいない生徒会準備室で放課後に立候補届出書を持って来る物好きの相手をする係だったわけだが、選挙公示日のその日に当時の2学年の学年主任が飛び込んできて、
「おい、紗水! Sの立候補は受理するなよ!」
と脅迫をしてお帰りになった。Sと言うのが、その「取り立てて何の特徴もない」問題の候補である。
だが、私は書類に不備がないことを確認して、受理した。撥ね付ける正当な理由がないのに、恣意的に不受理を行使することは職務の妨げになるからである。当然怒ったのは先ほどの学年主任だ。
「紗水、貴様なぜ(Sの届出書類を)受理した! 言ってみろ!!」
その日は、私以外の運営担当委員も準備室に詰めていたのだが、そんなところに血相変えて飛び込んでくるなり怒鳴り散らすその先生の姿を見て、彼らは軽く引いていた。
「書類に不備がなかったので、受理しました」
「そうじゃない! Sなんか生徒会長にしたら、この学校の恥になる! お前のせいでSが生徒会長になったら、お前どう責任取ってくれるんだ!」
知ったことではない。私にとっては母校がどんな言われ方をしようと母校でしかないが、あなた方はどうせいずれ異動でいなくなる人たちだ。関係ないでしょう? そう、喉まで出掛かった。
「選挙管理委員会を含め、生徒会は自治組織です。校則違反および諸規則に抵触する以外は、先生方の過度な干渉はお慎みください。これ以上、選管の業務に口を差し挟むようなら、自治権の干犯と見做し現会長権限で生徒総会にて吊し上げにしますけど、よろしいんですか?」
冷静になった私はつるつると、ハラワタが煮えくり返る温度と反比例するように告げた。
「それと、K先生」
「なんだ!」
「準備室のドア、開いてますけど?」
そう、私はこっそり1年生の委員を使って、生徒会準備室のドアを開けさせておいたのだ。従って、このK先生が私に向かって怒鳴り散らした声は、校舎内の割と広い範囲に届いたのである。
結局、出来レースにも等しかった選挙結果は、Sの当選・会長就任が決定した。そしてその年の3月、K先生は異動となった。別に今回のことが関係しているわけではなかろう、単に時期時節の問題だと思っていたのだが、口さがない生徒たちの間には、
紗水がK先生を放逐した
と言う有り得ない荒唐無稽なデマが飛び交い始めた。
かくして、たかが中学生ではあるが「政治屋」紗水あうらが誕生した。
――次回「怪文書のこと。」