水の音の中で───第6話
6-1
◯港(昼)
停泊している船から続々と降りて来る旅客たち
両腕を上げ、思い切り伸びをしながら
葉月「着いた〜…!」
久弥、船から降りて来ながら、一足先に降り立っている葉月の背に問いかける
久弥「てか なんで大島?」
後方の久弥に軽く振り返りながら
葉月「ええ?
そりゃ──」
葉月の言葉を遮るように、にわかに期待しているような瞳になって
久弥「え──
もしかして知ってた?」
久弥「俺が猫好きなこと」
言葉を聞くなり、勢いよく振り返って
葉月「は!?
“猫”!?」
* * *
◯海沿い、波止場
久弥、目の前の猫を撫でている
周囲のあちらこちらにも猫の姿
久弥「これ──」
葉月が尋ねた腕の傷を見せながら
久弥「猫に引っ掻かれたんだよ」
葉月、少し離れた場所から、腰の引けた様子で眺めている
葉月「(ドン引きしているような顔で)はあ…?
…なんだよ それ」
葉月「心配して損した」
久弥「(軽く鼻で笑って)…って──」
久弥「(笑いながら)お前
猫 苦手なのかよ」
猫を撫でながら、葉月の方に振り返って
葉月「だって 怖っ…!(目の前に歩いて来た猫を避ける)」
葉月「──いじゃん…」
久弥「なんで どこが?」
葉月「…お前こそ なんでだよ」
久弥「何が?」
葉月「人間はめちゃくちゃ
避けるくせにさあ…」
おずおずと久弥の下に寄っていく
久弥「っ…(笑って)」
猫を撫でながら話す
久弥「だって そうでしょ」
久弥「人間のが よっぽど怖いじゃん」
葉月「──……」
久弥「すぐに嘘ついて──」
久弥「全然 必要なんか
ないところでもさ」
葉月「──……(久弥の横顔を見ている)」
微笑んで、猫を撫で続けながら
久弥「だから動物は好き
嘘なんて つけないから」
葉月「──……」
久弥の隣に腰を下ろして
葉月「…これって──」
葉月「どこ触ったらいい
とかあんの?」
久弥「?(隣の葉月に向いて)
平気なの?」
未だ渋い表情で猫を見つめたまま
葉月「だって お前は好きなんだろ」
葉月「だから
どんなもんか知りたい」
葉月「なんでお前が好きなのか
どういうとこが いいのか」
葉月「“友達”の──」
葉月「好きな人の好きなものは
知りたいでしょ」
隣の久弥の方に向く
葉月の顔を見つめる
久弥「──……」
久弥「…じゃあ──」
久弥「尻尾の付け根じゃない?」
葉月「…ん?
この辺…?」
恐る恐る猫に触れる
久弥「うん そう──」
引きの画、並んでしゃがみ込み、猫を撫でるふたりの背中
* * *
ふたり並んで歩いている
久弥「お前は当たり前みたいに
言うけど──」
久弥「すごいと思うよ
お前のそういうとこ」
葉月「…?
(怪訝そうに)そうか?」
久弥「そうだよ
大概の人間はさあ──」
久弥「みんな──」
久弥「自分の好きなものにしか
興味なんてないんだよ」
葉月「──……」
葉月「そういうもんかね」
久弥「(葉月の方に向いて)そういうもん」
久弥「(唐突に大きな声で)あ 後ろ!
猫!」
葉月「へ!?
えっ!? え!?」
久弥「ははは──
ぜんっぜん…(笑って言葉につかえる)」
久弥「克服できてないじゃん」
葉月「おまっ…!」
葉月「(脱力して)…嘘かよ ほんと…」
葉月「やめろって…
心臓に悪いから」
久弥「ははは──
おもしろ」
葉月「面白がるな」
6-2
◯店屋の立ち並ぶ通り
“たこせん”の店先にて、店のおばさんとやり取りをしている葉月
葉月「あー…
じゃあ千円からで」
おばさん「はあい」
葉月の隣から割って入るように
久弥「おい
別会計にしろよ」
葉月「え?(怪訝そうに)」
葉月「こういう食べ歩きとか
したことないの」
財布をバッグに仕舞いながら話す
葉月「こういう時はさあ──」
久弥の方に振り返り
葉月「まとめて会計するのが
定説って決まってんだから」
久弥「──……(不服そうに)」
おばさん「はい どうぞ〜」
たこせんを差し出すおばさん
葉月「(受け取りながら)あ〜…!
ありがとうございます…!」
葉月「ん──
ほら」
たこせんの一つを久弥に差し出す
久弥「本当かよ」
不服そうな顔のまま受け取る
久弥「それ どこの定説なの」
たこせんを手に歩き出すふたり
葉月「(面倒くさそうな顔で)へえ?」
葉月「お前
“ひろゆき”みたいなこと言うなよ」
久弥「“ソースは?”って?」
葉月「え? “ソース”?
お前 これ──」
手元のたこせんと久弥の顔を交互に見る
久弥「バカ 違うよ
そっちの“ソース”じゃないって」
葉月「…ああ〜 ね?」
合点のいった顔になる
久弥「(笑って)っ…」
葉月「あっははは──」
久弥「ははは──」
思わず笑い合うふたり
葉月「大丈夫だよ
後でお前にも奢ってもらうから」
久弥「…?」
たこせんを頬張りながら、隣の葉月を横目で見る
久弥の方に振り返って
葉月「それでトントン──」
葉月「ちゃんと
“ギブアンドテイク”だろ?」
久弥「──……(葉月を見つめる)」
久弥「うん」
葉月「よっしゃ」
葉月「じゃあ次は
伊勢海老とか奢ってもらお」
おどけてリクエストする
久弥「は?
なんで伊勢海老」
葉月「…なんとなく
高そうだから」
久弥「バカかよ
売ってないって」
葉月「売ってないっけ?」
久弥「知らん」
軽口を叩きながら歩いていくふたり
* * *
◯お茶屋の店先(夕)
葉月、店先のベンチに座っている
その近くに立っている久弥
久弥「ん──」
葉月にソフトクリームを差し出して
葉月「いえーい!
サンキュー」
喜んで受け取る
久弥「こんなとこまで来て
アイスかよ」
久弥「名産でも何でもないじゃん」
葉月「でも“限定”だって」
店先のぼりを指しながら
久弥「形だけな」
葉月「もお〜…
屁理屈ばっかじゃん」
久弥「──……(少しバツが悪そうに)」
葉月、ソフトクリームを食べて
葉月「…うま!
うま〜…!(噛み締めるように)」
久弥「(笑って)っ…」
葉月「めっ…ちゃ美味いよ?」
葉月「ん──
食べてみ」
ソフトクリームを一口取ったスプーンを、久弥に向けて差し出す
久弥「──……」
葉月の隣に腰掛け、差し出されるままにスプーンを口に入れる
葉月「な?
超 美味くない?」
久弥「…うん」
僅かに微笑んで頷く
葉月「うま〜っ」
久弥「──……」
嬉しそうに食べる葉月を眺めている
久弥M「たった600円ぽっちなんて──」
葉月「(手を合わせて)ごちそうさま!
ありがと」
久弥に向かって笑顔で礼を言う
久弥M「この笑顔の前じゃ──
全部チャラどころか
よっぽど釣りが来るくらいだよ」
* * *
◯海沿いの道
久弥と葉月、時折海を眺めつつ、ふたりして夕暮れの中を歩いていく
久弥M「…そうだよなあ
誰しも──
奢ったら奢り返すとか…
“プレゼント”には“プレゼント”とか
なにも全く“同じもの”を
返して欲しいわけじゃない
ただ──
同じだけ想ってるって
確認して──
安心したいだけなんだ
この気持ちが
一方通行じゃないかどうか
自分ばかり想うのは
やっぱり いつかは虚しくなるから」
久弥M「だから本当は──
もう“お返し”なんか
別に要りやしないんだけど──」
6-3
◯土産物屋
久弥「──……」
何気なくキーホルダーを眺めている
葉月、久弥の隣にやって来て
葉月「じゃあ それ買う?」
久弥「え?(葉月を見る)」
久弥「いや?
別に──」
葉月「さっき俺
アイス奢ってもらったから」
久弥「…ああ
いいって 別に」
葉月「いいって」
葉月「それとも何か
別の物の方がいい?」
久弥「──……」
一瞬考えて
久弥「…いや──」
久弥「じゃあ お前はどう思う?
これ」
手に持っているキーホルダーを見せて
葉月「どうって?
これ?」
顔を近付けてキーホルダーに見入る
キーホルダーに視線を落としたまま、軽く微笑んで
葉月「いんじゃない?
思い出になりそう」
久弥「──……」
葉月の横顔を見ている
久弥「なら これにする」
葉月「ん オッケー」
久弥からキーホルダーを受け取り、レジに向かって歩いていく
その背中を見つめている久弥
* * *
◯土産物屋の入り口外
久弥、キーホルダーを夕日に透かして眺めている
葉月、後方から久弥の隣に歩いて来て
葉月「なに?」
葉月「(軽く微笑んで)さっきは そこまで
欲しそうな感じでもなかったじゃん」
久弥「え?」
葉月の方に振り返る
葉月「なんか嬉しそうだから」
キーホルダーに指で触れて
葉月「気に入った?」
久弥「──……」
葉月の横顔を見つめる
久弥「うん──」
夕日を受けて立っているふたりの背中
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