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水の音の中で───最終話


15-1

◯大学、教室前(朝)


   葉月、教室の入り口にひとり立っている

   後方からやって来て
久弥「おはよ」

葉月「おはよ」

久弥「どうかした?
 なんで入んないの」
葉月「え?」

葉月「あー…
 なんか…」
   わざとらしく手で顔を覆う
久弥「…?」

葉月「今日 めっちゃ疲れてんなあ…」

久弥「なに?
 働きすぎ?」

葉月「いや…
 そういうんじゃないけど…」

久弥「じゃ 何?
 体調悪い?」
葉月「いや…?(目が泳ぐ)」

葉月「…あー なんか…
 疲れてんなあ…」
   わざとらしく肩を揉んでみせる
久弥「(怪訝そうに)はあ…?
 なに──」

  *   *   *


◯フェリーターミナル

   フェリーターミナルの看板のアップ


久弥「…ったく」
   券売機を操作しながら、後方の葉月と背中越しに話す

久弥「そうならそうと
 スッと言えよ」
   軽く葉月の方に振り返り
久弥「“サボり付き合って”って」

葉月「いや だってさ?(バツが悪そうに)」
葉月「一応 申し訳なさはあるからさ…」

久弥「“申し訳なさ”って?
 サボらせて悪いってこと?」
葉月「うん」

   券売機の方に向いたまま話す
久弥「別にいいよ
 1回2回 授業サボるくらい」
久弥「“お前のお願い”に比べたら──」

久弥「全然 大したことじゃないって」

葉月「──……」
   久弥の背中を見つめる


久弥「ほら
 ん──」
   振り返り、買ったばかりのチケットを差し出して
久弥「これでい?」

葉月「うん」
   バツの悪そうな顔のまま、徐にチケットを受け取る


久弥「っ…(笑って)」
   葉月の頬を軽く小突いて
久弥「そんな殊勝そうな顔するなよ」

久弥「“俺のお願いは優先事項”とか
 言ってたくせに」

   小突かれた部分に触れながら
葉月「え──
 俺 言った?」
葉月「そんな性格 悪そうなこと」

久弥「(笑って)っ…
 言ったよ」


久弥「勝手に忘れるなよ
 俺との思い出」

葉月「……」

久弥「…ほかの
 どんなこと忘れても──」

久弥「俺とのことだけは
 全部 覚えてて」

葉月「──……」
   久弥を見つめる

葉月「…全部?」

久弥「全部」

葉月「そんなの…」
   久弥、踵を返し、先に歩いていく

葉月「無理あるって
 いくらなんでも…」
   久弥の背に向かって呟く



15-2

◯船外、デッキ(昼)


   久弥と葉月、ふたり並んで柵にもたれ、海を眺めている


久弥「で?」
葉月「え?」

久弥「なんで急に
 また島行こうなんて言い出したの」

葉月「──……」
   久弥の方を軽く一瞥し、一寸考える


   久弥から視線を外し、正面の海を眺めたままで
葉月「んー…
 なんでだろ」
葉月「…今の俺たちで──」

   久弥の方に向いて
葉月「もっかい
 ここに来たかったから?」

久弥「──……」
   葉月を見つめる


   僅かに視線を落とし、ふと思い耽る
葉月「──……」

   ×   ×   ×
   (回想)
   今と同じように、島へ向かう船上にて
   帰りたくないと言う久弥に対して

   葉月「大丈夫だよ」

   久弥「?」

   葉月「帰ってからも──」
   葉月「今日の続きなんて
    いくらでも出来るから」

   久弥「──……」

   ×   ×   ×

葉月M「それは その約束を
 果たしたかったのもあるし…
 同時に──

 確かめたかったんだと思う」

   ×   ×   ×
   (回想)
   大学の教室にて

   互いの想いを吐露したのち
   葉月の膝の上で繋がれている、ふたりの手元のアップ

   ×   ×   ×

葉月M「確かに繋がってることを
 これからも…

 一緒にいられることを」


   軽く笑いながら
久弥「だからって なんで
 こんな いきなりなんだよ」

久弥「休みにゆっくり行くとかの
 案はなかったわけ」

葉月「…それは
まあ なんていうか──」
   バツが悪そうに口籠る

久弥「っ…(笑って)
 なんだよ」


久弥「(軽く笑いながら)また最終便
 逃すんじゃないの」

葉月「や── (手を軽く突き出すようにして)
 それは大丈夫…!」

葉月「今日 それだけは
 ちゃんと調べたから…!」

久弥「はは──
 それだけって」


   久弥の方に向いて
葉月「(何気ないトーンで)嫌だった?」

久弥「──……」
   葉月の顔を見つめる


   葉月から視線を外し、正面を向いたままで
久弥「いや?」

久弥「…だって──」

   チラチラと光を反射する海面を眺めながら
久弥「めちゃめちゃ綺麗じゃん」

葉月「…うん」
   言われて、自身も思わず見惚れる


   葉月の方に向いて
久弥「見られてよかった
 この景色を見るよりも前に──」

久弥「死んだりしなくて良かった」

葉月「──……」
   久弥を見つめる


久弥「鬱陶しいなんて思わないよ
 “それ”がお前である限り」

久弥「引き留めてくれて
 ありがとう」
久弥「この世界に」

葉月「──……」


葉月「…別に この先の
 どっかで また──」

   久弥を見て
葉月「鬱陶しいと
 思ってくれてもいいよ」
葉月「構わない」

久弥「──……」
   葉月を見つめる

葉月「それでも俺は──」

葉月「ずっと お前のこと
 引き留め続けるよ」
葉月「“この世界”に」

久弥「……」


葉月「…じゃあ来週は映画
 その次はライブって──」
葉月「(軽く笑いながら)逐一 予定入れてやるから」

   真面目な顔になって
葉月「…だから──」


葉月「俺との約束だけは破るなよ」
葉月「俺に…」

葉月「俺をひとりで
 “行かせたり”しないで」

久弥「──……」
   葉月を見つめている



15-3



  *   *   *

   変わらずふたり並んで、柵にもたれて立ったまま話す


   隣の久弥に向いて
葉月「じゃあさ──」
葉月「今度は俺が聞いてもいい?」

久弥「うん?」

葉月「俺の好きなとこ」
葉月「試しに1個 聞かせてよ」

久弥「──……」
   葉月の顔を見つめる


久弥「“好きなとこ”?」
葉月「うん」

葉月「(楽しそうに)じゃ 一番好きなとこは?」
久弥「……(葉月の方を一瞥する)」


   葉月から視線を外し、正面に向き直って
久弥「… “一番”?
 んー… どこだろ…」


久弥「…ああ──」
   正面を向いたまま答える
久弥「“声”… かな」


葉月「“声”?(拍子抜けしたような、怪訝そうな顔で)」
久弥「(葉月の方を見て)うん」

葉月「…ディスってる?」

久弥「…は?
 なんで(怪訝そうに)」

葉月「…いや だって
 声が “一番”ってさ──」
   手で自身の身体を示すようにしながら
葉月「それだと
 側(がわ)は全然ダメみたいじゃん」

   呆れたように、プイと正面に向き直り
久弥「屁理屈
 つーか…」
久弥「変なとこで女々しいよな
 お前」
   再び葉月の方に向く

葉月「いやいや…
 結局ディスってんじゃん…!」

久弥「っ…(笑って)
 …違うって」


久弥「とにかく──」
   言いながら体勢を整え直す

久弥「俺はお前の声が──」

久弥「…その声が好きなんだよ」
   目を閉じ、耳を澄ませるようにして

葉月「──……」
   目を瞑っている久弥の横顔を見つめる


久弥M「その声を聴くだけで──

 すべてを思い出せる
 気がするから」

久弥M「例え心が荒んでも

 どんなに色んなことを
 忘れたとしても

 どれだけ奥深く──

 暗い水の底に…」

   ×   ×   ×
   (回想)
   夜の海にて
   自殺しようとしていると勘違いして、久弥を抱きしめる葉月
   ×   ×   ×

久弥M「沈んでしまっても」


久弥M「ただ一声(ひとこえ)
 その声を聴くだけで

 まるで原点に還るみたいに」

   ×   ×   ×
   (回想)
   大学の教室にて、ふたりが初めて出会うシーン
   ×   ×   ×
   (回想)
   学食、図書館など、未だ親しくなる前
   距離が縮まっていく過程のふたり
   ×   ×   ×
   (回想終了)


久弥M「在るべき場所を
 思い出すみたいに」


久弥M「直ぐに あの時の気持ちを
 思い出せる」


  *   *   *


葉月「ん──(腕時計を見て)
 あと10分ぐらいで着くって」
久弥「うん」


久弥「…あ(葉月の後方の空を見上げながら)
 アレ 鷹じゃん?」
   葉月が手に持っているスナック菓子を見遣りながら
久弥「ヤバい ヤバい…
 それ盗られんじゃない」

葉月「…え!?
 ちょっ… どこ──」

久弥「っ…(笑い出す)」
久弥「(笑いながら)冗談
 ウミネコだろ?」

葉月「…からかうなよ(不貞腐れて)」


   葉月の方に向いて
久弥「なあ
 “鳥頭”って分かる?」

葉月「あー…
 なんだっけ…」
葉月「すぐ忘れる…
 “物覚え悪い”みたいな?」

久弥「そう」
   葉月の頭を軽く小突きながら
久弥「“この頭”みたいな」

葉月「はあ…?
 お前──」
   葉月の言葉に被せるように
久弥「俺とのことも
 勝手に忘れるし(揶揄うように、軽く笑いながら)」

葉月「…それはさ──」
   拗ねたように口籠る


久弥「だから いいよ
 全部じゃなくていいから」
葉月「──……(久弥の顔を見る)」

久弥「…ただ──」
久弥「最初の頃の気持ちだけは──」

久弥M「俺を──
 ── “君”を

 初めて見たとき」

   ×   ×   ×
   (回想)
   大学の教室で、ふたりの初対面
   ×   ×   ×

久弥M「最初に好きだと自覚したとき」

   ×   ×   ×
   (回想)
   学食にて
   自分だって久弥を好きになることがあるかもしれないと葉月に言われ、無性に腹が立ってくる久弥
   ×   ×   ×


久弥M「この人の側でなら…」

   ×   ×   ×
   (回想)
   夜の海で、勘違いから自殺を止めようと、久弥を抱きしめる葉月
   ×   ×   ×

久弥M「この世界を
 生きてもいいと思えたとき」


久弥M「永遠に側にいたいと思ったとき」

   ×   ×   ×
   (回想)
   旅館にて、葉月に抱きしめられたまま眠る久弥
   ×   ×   ×
   (回想)
   島から帰る船上で
   海に向かって帰りたくないと叫ぶ久弥
   ×   ×   ×

久弥M「もう二度と──」

   ×   ×   ×
   (回想)
   葉月の告白を断った後
   雨の中、泣いている葉月を抱きしめる久弥
   ×   ×   ×

久弥M「離したくないと思ったとき」

   (回想終了)


久弥「──ずっと忘れないで」

久弥M「その時の気持ちさえ
 忘れないでいられたら──」

久弥「そうすれば この先…」

久弥「俺たちの間に
 どんなことがあっても──」

久弥「何回でも…
 ずっと──」
久弥「“ここ”に戻って
 来られると思うから」

葉月「──……」
   久弥を見つめる


葉月「忘れないよ
 …そんなの」
葉月「そんな約束なんか
 しなくても──」

葉月「忘れようにも
 忘れらんないって」

久弥「──……」


葉月M「後にも先にも──

 あんな気持ちになったのは…」

   ×   ×   ×
   (回想)
   旅館にて
   葉月の膝の上に寝転がったまま、自分たちは“行きずり”の関係ではないだろうと問う久弥
   ×   ×   ×
   (回想)
   店の軒先
   雨に濡れてしまった葉月に対し、自分に風邪をうつせばいいと言う久弥
   ×   ×   ×
   (回想)
   キャンパス内のベンチにて
   葉月の名前が似合っていると言う久弥
   ×   ×   ×
   (回想終了)

葉月M「人生で ただ一度切り」


葉月M「そして 願わくば
 それが この先もそうであるように──

 …この恋が
 君との関係が
 最初で最後のものになるように

 ずっと漂っていく 寄り添って…

 時には流されて
 沈みそうになるようなことがあっても

 そう──」


葉月「…そうだな」
久弥「…え?」

   微笑んで、隣の久弥の顔を見て
葉月「俺もお前の声好きだよ」
久弥「……(葉月の顔を見る)」


久弥「(微笑んで)でしょ?」
葉月「うん」


葉月M「──この水の音の中で」

   船上にふたり並んで立っている姿、徐々に上空からの視点へと引いていく



FIN

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