水の音の中で───第12話
12-1
◯川沿いの遊歩道(夕)
葉月、欄干に腕を置いて立っている
久弥、葉月から少し離れた場所に立っている
久弥「なんで」
葉月「え?」
久弥の方に振り向いて
久弥「同じ名前だから?」
久弥「好きだった人と」
葉月「は?
…アホくさ」
葉月「そんな理由で
好きになる奴なんか いないだろ」
久弥「……」
葉月「それとも またアレ?」
葉月「(軽く笑いながら)俺なら
あり得そうだって?」
久弥「…っ(軽く笑って)
いや?」
久弥「…そういうんじゃなくて──」
葉月から視線を外し、軽く俯いて
葉月「──……」
俯く久弥を見つめている
葉月「なら なんで
そんなこと聞くの」
久弥「──……」
葉月を見つめる
久弥「自信がないから」
葉月「──……」
久弥M「お前が言ってくれた
言葉の理由が──」
久弥「…なんで──」
久弥M「なんで “好き”だなんて
言ってくれるのか」
久弥「なんで…
そんな風に思ってくれるのか──」
久弥M「“その言葉”を口にすることすら
…憚られるくらいに」
視線を落とし、独り言のようにつぶやく
久弥「俺には全然分かんない…」
葉月「──……」
葉月「じゃあ いいよ?」
久弥「…え?」
視線を上げ、葉月を見る
葉月「お前の好きなとこ──」
葉月「1個ずつ
言ってってあげようか?」
久弥「──……」
葉月「でも いいの?」
久弥「…え?
何が?」
腕時計を見る仕草をして
葉月「夜まで帰らんないけど」
久弥「っ…(笑って)
冗談でしょ」
葉月「(軽く鼻で笑って)全然 信じてないじゃん」
久弥「当たり前」
言いながら、葉月の隣にやって来て、同じように欄干にもたれる
久弥「──……」
久弥「…じゃあさ──」
葉月「ん?」
久弥「そんな たくさんじゃなくて
いいから──」
久弥M「ただ ひとつでもいい
お前が言ってくれるなら…
それだけで──
どれだけ心は軽くなるだろう」
久弥「試しに1個言ってみて
俺の…(一瞬躊躇う)」
葉月の目を見つめて
久弥「“好き”なとこ」
葉月「“1個”?」
葉月「…ん〜──(渋い顔で悩む)」
葉月「(ぱっと思い付いたように)…ああ
“顔”?」
久弥「…は?(キョトンとして)」
久弥「っ…(鼻で笑って)
(軽く笑いながら)お前 サイテーだよ」
葉月「(笑いながら)は?
なんでだよ」
葉月「最高の褒め言葉じゃん」
葉月「今 世の中のブサイク
全員 敵に回したから」
久弥「(笑いながら)は?
…なんで そうなんだよ」
葉月「はは──」
欄干に並んで立ち、笑い合うふたり
久弥「──……」
隣で笑う葉月の横顔を見つめている
久弥M「じゃあ俺は?
…俺は──
もし 俺が──
お前の好きなところを
一つ挙げろって言われたら
たぶん…
きっと──
“こういうところだ”って答える」
久弥M「いつも…
どこにいても──
それまでの深刻な空気が
馬鹿らしく思えるほど──
この心を軽くしてくれる」
× × ×
(回想)
葉月「それとも またアレ?」
葉月「俺なら
あり得そうだって?」
× × ×
久弥M「馬鹿にしてるんじゃない
いつだって──
俺みたいな人間は
考え過ぎるから
それくらいが “丁度いい”んだよ
もっとシンプルで…」
× × ×
(回想)
学食にて、親しくなろうとする葉月に理由を問う久弥に対して
葉月「“なんで”?」
葉月「そういうのに
理由とかって必要?」
× × ×
(回想)
葉月「じゃ 俺は──」
久弥「…?」
葉月「その “大概”以外の
例外ってことで」
久弥「──……」
葉月「単にお前に興味を持ったから
仲良くなりたい」
葉月「それでいい?」
久弥「──……」
× × ×
(回想終了)
久弥M「もっと単純で
真っ直ぐで──
そういうお前が
誰より一番 “丁度いい”
…だから──
願わくば
お前にとっての俺も──」
スローモーション、笑い合いながら川沿いを歩いていくふたり
久弥M「そうなれたら いいのにと思う」
12-2
◯屋外、キャンパス内の道(昼)
久弥「──……」
手元のスマホで、ラインのトーク画面を見ている
もう一方の手には傘
葉月(ライン)『今日雨かもらしいじゃん』
久弥(ライン)『傘持ってきてるよ
こないだ借りたやつ』
葉月(ライン)『(投げキスを飛ばすキャラクターのスタンプ)』
久弥「っ…(軽く鼻で笑う)」
久弥「──……」
スマホをポケットに仕舞って歩き出す
久弥M「“丁度いい”って何だろう
お前にとっての
“丁度いい”って?
俺が日々
お前に救われるみたいに──
正反対で在ること?
お前にはない
正反対のものを与えること?
お前にはなくて…
俺にある──
正反対のものは
たくさん思い付くけれど
“与えられるもの”って何だろう
俺が お前に…」
* * *
◯学食、席スペース
久弥、スマホ画面を見ている
葉月(ライン)『もう学食いる』
久弥「──……」
顔を上げ、周囲を見回す
久弥「…!」
離れた場所に葉月の姿を認めて
男友達らと笑いながら話している葉月の姿
久弥「──……」
思わずその様子に見入る
久弥M「今さら嫉妬なんて
馬鹿みたいなことはしない
でも なにも──
女子だけじゃないよな
“女子だから”とかじゃない
男子だって…」
再び友達らと談笑している葉月の姿
久弥「──……」
徐に葉月の方に向かって歩き出す
久弥M「それは “性別”の別じゃない
…言うなれば──
“人間性”の別とでも言おうか
“タイプ”とか… “住む世界”とか
そんな言葉でも いいかもしれない
“翳り”なんてない
お前の世界とは違って
こっちは随分…」
ふと室内が陰るのに気付き、思わず足が止まる
久弥「──……(上方の窓を見て)」
空は、久弥の後方から雲が迫ってきている
久弥M「今にも降り出しそうな空だ」
引きの画、未だ曇に覆われていない葉月らのいる場所と、にわかに陰ってきている久弥のいる場所
久弥「──……」
葉月らを見つめたまま、立ち尽くしている
久弥M「目に見えないほど細かな
湿気の粒は──
肌に張り付いて
どれだけ払おうとしても」
傘の柄を握っている久弥の手元
久弥M「じっとりとした “感覚”は
拭えずにいる」
スローモーション、変わらず談笑している葉月と友達
久弥M「お前にとっての
“丁度いい”って──
お前に “丁度いい”のは──」
寄りの画、葉月を見つめている久弥の顔
久弥M「こういうのじゃないの?
本当は」
* * *
久弥、ひとり隅の窓際の席に座っている
久弥「──……」
テーブルの上のドリンクカップ、垂れていく結露の滴を指でなぞる
久弥M「この先 あと何回──
こういう思いをするんだろう
あと何回
同じ “問い”を繰り返すんだろう
その度 弱気になって
項垂れて
この背中は小さくなって
その度に──
“どうした?” “大丈夫だよ”って
励まされるのか?」
久弥M「それが しんどいとかじゃない
惨めだとかじゃない
お前から貰うものは…」
久弥の足元、壁際に立て掛けられている傘
久弥M「貰ったものは──
どれほど たくさんあっても
俺があげられるものなんて
どれ一つも ないんじゃないかって」
久弥M「こういう場面に出会す度に
“この問い”にぶつかる度──
結局いつも
同じ結論に辿り着いて
その度 いつも
立ち尽くしてしまう」
× × ×
(回想)
友達と談笑する葉月を見つめたまま、立ち尽くしている久弥
× × ×
久弥M「足が動かなくなる
これより先に──」
× × ×
(回想)
葉月と友達を見つめたまま、立ち尽くしている久弥
久弥「──……」
徐に後退り、踵を返し、葉月とは反対方向へと歩いていく
× × ×
久弥M「進めはしないと思ってしまう」
12-3
◯学食、席スペース(夕)
葉月「久弥」
後方からやって来て、久弥の背に声を掛ける
久弥「…!(はっとして)」
久弥「…ああ」
徐に声の方に振り返る
葉月「どした?」
葉月「来てたんだったら
声掛けてくれれば良かったのに」
久弥「──……(軽く目が泳ぐ、ばつが悪そうに)」
久弥「…いや──」
さっと冷静な顔になって
久弥「俺も さっき来たばっかだから」
葉月「嘘つけ」
テーブルの上、氷の溶け切ったドリンクカップを持ち上げ、振ってみせる
久弥「なんで」
久弥「買って飲みながら
来たかもしんないのに」
葉月「残念」
葉月「これ すぐそこの
カフェテリアの新商品だから」
久弥「……」
軽く睨むように見上げる
葉月「(軽く笑いながら)なあんで
そんな顔するんだよ」
久弥「…だって──」
久弥「なんで こういう時ばっか
察しがいいんだよ」
葉月「え?(キョトンとして)」
葉月「いつもだろ
察しがいいのは(得意げに、おどけてみせる)」
久弥「嘘つけ」
久弥「普段は単細胞のくせに」
言いながら席を立ち、先に歩き出す
葉月「おい!
なんでだよ」
慌てて久弥を追いかける
葉月「じゃあ訂正
“これ”は?」
ドリンクカップを持っている手で、指をさすようにしながら
久弥「?」
立ち止まり、軽く後方の葉月に振り返る
葉月「“お前のことなら
察しがいい”(得意げに、微笑みながら)」
久弥「──……」
葉月を見つめる
久弥「嘘つけ」
葉月からドリンクカップを取り上げる
葉月「ちょちょちょ…!
なんでだよ!」
葉月「てか 一口ちょうだいよ」
久弥「やだよ」
葉月「なんで」
久弥「なんででも──……」
軽口を叩き合いながら、歩いていくふたりの後ろ姿
空から雲は消え、綺麗に夕陽が差している
久弥M「“嘘をついた”のは俺の方だ
実際──
俺も そう思うよ
お前は──
俺のことになると やけに察しがいい
でも それは──
“俺”だから?
本当に──」
◯屋外、駅前
人波に紛れて歩いていくふたり
久弥M「…それが理由なんだろうか」
久弥M「それは ただ単に
お前が優しくて──
より親密な人間を
大切に想うからじゃないの
だから…
上手く言えないけど──
直ぐに また
考え過ぎてしまうけど
“俺”が “特別”なんじゃなくて
ただ 今は俺が──」
◯電車内
電車の座席に並んで座り、揺られているふたり
久弥「──……」
まどろんでいる葉月を横目で見る
久弥M「“ここ”にいるから
“特別な場所”にいるから
ただ それだけが理由な気がして──」
久弥「…!(はっとして)
やば──」
葉月「…え?」
寝ぼけ眼で軽く久弥の方を見る
葉月「(眠たそうに)どうかした…?」
久弥「いや…
傘 忘れた お前に借りたやつ」
葉月「……」
見上げるように久弥の顔を見る
葉月「水色の?」
久弥「うん」
葉月「大丈夫だよ
次 取りに行けば」
葉月「(眠そうに)…誰も持ってったりしないから」
言って、久弥の肩にもたれて寝入る
久弥「──……」
久弥「…本当に?」
静かに、独り言のようにつぶやく
久弥M「──不本意なくせに
寂しく思ってしまう」
久弥「──……」
ぴたりとくっ付いている、ふたりの膝頭を見つめる
久弥M「こんなにも…
少なくとも今は──」
そのまま電車に揺られていくふたりの姿、引きの画
久弥M「誰より近くにいるのに」
学食、席スペースの隅、立て掛けられたままのスカイブルーの傘が、夕陽に照らされている
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?