水の音の中で───第4話
4-1
◯大学、教室前(朝)
葉月と久弥、教室前に張り出されている紙を眺めている
葉月「お〜
今日 教室違うとこなんだ」
久弥「うん」
葉月「──……」
久弥の横顔を見つめる
葉月「どうかした?」
久弥「…え?(葉月の方に向く)」
久弥「何が?」
葉月「なんか…」
葉月「ぼーっとしてる?」
葉月「ちょっと疲れてるように
見えたから」
久弥「──……」
葉月から視線を外し、正面に向き直って
久弥「なにそれ
悪口?(機嫌を損ねた様子でもなく、淡々と)」
葉月「え?
なんでだよ」
久弥「そういうこと女子に言ったら
気悪くされるよ」
葉月「え? マジで?」
久弥「うん
“私の顔が疲れてるってこと!?”って」
葉月「マジかよ…
…厳し〜」
葉月の方をチラと見て
久弥「っ…(笑って)
はは──」
葉月「お──
やっと笑った」
久弥「──……(はたと真顔になる)」
久弥「──……」
葉月から視線を外し、正面の虚空を見つめる
久弥「確かに…」
久弥「疲れてるのかも
時々無性に──」
久弥「理由(わけ)もなく疲れるんだよ」
正面を向いたまま、独り言のようなトーンで
葉月「──……」
久弥の横顔を見つめる
葉月「じゃあ 今使う?」
久弥「え?(葉月を見る)」
葉月「こないだの“1貸し”
“今度は俺が付き合う”って」
久弥「──……(一瞬考えて)」
久弥「…や──」
悩ましげに、目頭を抑えるようにして
久弥「今は使わない」
葉月「(軽く不服そうに)なんで?
サボらせるの申し訳ないから?」
久弥「もちろん それもあるけど──」
葉月「…?」
久弥「まず俺がサボりたくない」
正面を向いたまま、独り言のように
久弥「サボれない──」
葉月「……」
葉月「どういう意味」
久弥「──……(考えて)」
久弥「…これくらい──」
久弥「“最低限”のことくらいしないと──」
伏し目がちに、下方を見つめたまま
久弥「自分のこと
もっと嫌になるから」
葉月「──……」
久弥の横顔を見つめる
葉月「じゃあ 俺に付き合って」
久弥「え?(ぱっと視線を上げて、葉月を見る)」
葉月「“俺から”のお願い
それならいいだろ?」
久弥「は…?
…なんで」
顔の前で手を合わせ、拝んでみせる
葉月「“友達”からの一生のお願いだから
それなら──」
葉月「(得意げに)そっちのが優先事項じゃない?
“最低限のこと”でしょ」
久弥「──……(葉月の顔を見つめる)」
久弥「嘘つけよ
一生のお願いなんかじゃないだろ」
葉月「まあね」
久弥「っ…(鼻で笑って)」
ぱっと真面目な顔になって
葉月「でも お願い」
葉月「俺がお前と行きたいんだよ」
久弥「……」
久弥「…行くって?
どこに?」
葉月「どこか…
場所はどこでもいいから」
葉月「とにかく どっか──」
葉月「“ここ”じゃないところ」
久弥「──……」
久弥「…今?(少し躊躇いがちに)」
葉月「今──」
真っ直ぐに、間髪入れずに答える
久弥「──……」
久弥M「今 何がしたいのか
今 言いたいこと
そういうものが
葉月はちゃんと
全部 分かっているように思う
それが眩しくて
素直に羨ましいと思う」
× × ×
(回想)
葉月と会話するシーン
率直に感情を表現する葉月の様子
× × ×
久弥M「俺はといえば
やるべきこと または
やるべきでないこと…
言うべきでないこと──
そういうものにばかり
がんじがらめになって
実際 自分は今どうしたいのか
それすら見えなくなる
分からなくなる
…まるで──」
× × ×
(イメージシーン)
屋内、窓際の席に腰掛けている久弥
雨による結露で曇っている窓ガラスにそっと触れる
久弥M「雨の日の窓ガラスみたいに」
× × ×
葉月「な?
行こう?(久弥の表情を窺うように)」
久弥「──……」
久弥「分かった(静かに頷いて)」
葉月「っ…(笑って)」
安堵したように笑って頷く
4-2
× × ×
(回想)
教室前にて、久弥に“サボり”を提案する葉月
久弥「…行くって?
どこに?」
葉月「どこか…
場所はどこでもいいから」
葉月「とにかく どっか──」
葉月「“ここ”じゃないところ」
× × ×
葉月M「あの時の俺は──
とにかくお前を
どこか別なところに連れ出したかった
何を投げ捨ててもいいって
それより大事にしていいものがあるって
安心してほしかった
上手く言えないけど…
許してほしいと思った
自分で 自分を──」
◯駅、券売機前
久弥「てか “どっか”って?
どこ」
葉月「それは内緒」
葉月「いいから
俺が言う切符だけ買って」
久弥「…そんなの──」
券売機上の路線図を見ながら
久弥「金額で大体分かるだろ
どこ行くか」
久弥の顔を見て、ニヤッとして
葉月「分かんないよ?」
久弥「(怪訝そうに)はあ? なに…
こわ…」
葉月「いいじゃん」
葉月「ミステリーツアーみたいで
楽しいでしょ」
切符を手に改札を抜け、ホームに向かって歩きながら話すふたり
久弥「怖い…」
久弥「俺
未開の地でも連れてかれんの」
葉月「あはは──」
葉月「ジャングルの奥地みたいな?」
久弥「そう
それで人身売買とかされんの」
葉月「それはもっと
違うとこじゃない?」
久弥「え?」
葉月「ほら なんかこう…」
葉月「人気のない船着場みたいな…」
久弥「あー…」
久弥「“ウシジマくん”であったかもな
そういうシーン」
葉月「そうそう」
久弥「って やっぱ
本気で売ろうとしてる?」
葉月「はあ?
んなわけない」
久弥「だって俺なら
高く売れそうでしょ」
葉月「(軽く笑いながら)おお そうだよ」
葉月「その意気だよ」
葉月「そんくらい自惚れてるぐらいで
丁度いいって」
久弥「っ…(笑って首を振る)」
久弥「冗談
本気で言ってないって」
久弥「ていうか
そもそも売られたくないし」
葉月「はは──
そりゃそうだ」
* * *
◯駅のホーム
電車がホームに入って来る
その風に吹かれる、揃って並んでいるふたり
4-3
◯駅、改札前(昼)
葉月「はい
じゃあ乗り換えな」
言って颯爽と歩き出す
久弥「は?」
唐突な説明に戸惑う
久弥「乗り換えって…
そっち──」
先を行く葉月の背に問いかけるも、届かない
* * *
久弥「…って──」
頭上の表示を見上げながら
◯フェリーターミナル
久弥「船 乗んの…?(戸惑い)」
葉月「そ──(後方の久弥に振り向いて)」
久弥「…やっぱ売ろうとしてる」
怪訝そう、しぶしぶといった感じで券売機を操作する
葉月「あっはは──」
葉月「だ〜から違うって」
葉月「ほら
買った買った」
促すように、後ろから久弥の両肩をポンポンと叩く
久弥「──……(しかめ面)」
隣から久弥の顔を見て
葉月「なに
嫌だった? 船」
久弥「…いや──」
葉月「あ ひょっとして…!」
久弥「…?」
葉月「酔う…!? 船」
久弥「…そんなんじゃないよ
ただ…」
葉月「“ただ”?(キョトンとして)」
久弥「…ただ──」
久弥「突拍子もなさすぎて
びっくりしてる」
言って、切符を手に先に歩き出す
先を歩く久弥に追いついて
葉月「ごめんて
怒った?」
久弥「いや?
怒ってない」
久弥「ただ…」
久弥「ただ
ちょっと戸惑ってるだけ」
久弥M「理由(わけ)なんてない癖に
こんな無愛想な人間に やたら構ったり
“貸し借り”の証明だとかに
ムキになって──
知らない人のとこまで
本 催促しにいくし
“お前は間違ってない”って
“自分のこと信じろ”なんて言ってきて
カラオケだってそうだし
今日だって──
唐突に連れ出されたと思えば
船なんか乗ってる
俺たちって──
そんなに親しい間柄だったんだっけ?
いつから こんな──」
久弥と葉月、並んで歩くふたりの背中
久弥M「こんな距離感になったんだっけ」
久弥M「思い返せば いつもそうだった
お前と出会ってからずっと
こっちが構える間もなく
気が付けば… いつの間にか──」
久弥「──……」
隣を歩く葉月を横目でチラと見る
久弥M「こんな近くまで
距離を詰められている
それが唐突すぎて
俺はやっぱり
“仏頂面”になってしまう」
久弥M「でも 違うよ
戸惑ってるだけで
嫌じゃない 決して
今日だって──
本当は望んでた
心の底では
例えそれが
無自覚だったとしても
“連れ出された”なんて言って
本当は逆なんだ
本当は俺が──
お前に望んでた
どこかへ連れ出してほしいって」
◯船内
葉月の隣席に腰掛ける久弥
久弥「こんなの──」
久弥「慣れてないから」
葉月「──……」
キョトンとして、久弥の横顔を見る
葉月「なら そのうち慣れるって(楽しそうに笑いながら)」
葉月「たぶん俺
ずっとこうだから」
久弥「──……」
葉月の横顔を見る
久弥「…ずっと──」
ポツリと、独り言のように
葉月「ん?(久弥の方に向く)」
久弥「ん?
何でも?(何でもない顔をして)」
葉月「──……(久弥を見つめキョトンとして)」
僅かに頷き、視線を外す
久弥M「ずっと──
お前のその“思いがけなさ”に慣れるまで」
久弥と葉月、ふたり並んで座っている背中
久弥M「こうして居られるのかな」
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