水の音の中で───第11話
11-1
◯大学、学食(昼)
久弥、学食へ向かおうとするも、入口前で足を止める
久弥「──……」
虚空を見つめている
踵を返し、立ち去る
* * *
◯大学、購買
レジでパンを買う久弥
* * *
◯教室前
久弥「…またかよ」
教室前に貼られている紙を見ながら
紙には“教室変更”を知らせる文章
久弥「──……」
× × ×
(回想)
教室前にて、サボりを提案する葉月
葉月「じゃあ 今使う?」
久弥「え?」
葉月「こないだの “1貸し”
“今度は俺が付き合う”って」
久弥「──……」
× × ×
久弥「──……」
張り紙を見つめたまま立ち尽くしている
久弥M「またサボる?
“こんなこと”で?
…だけど──」
久弥「──……(ため息を吐く)」
久弥M「今は どうしようもなく疲れていて
まるで鉛でも
背負ってるみたいに──
身体が重たくて」
× × ×
(回想)
軽口を叩いたり、励ましてくれたりと、久弥に笑顔を向ける葉月の姿
× × ×
久弥M「そして今は──
それを忘れるだけの術もない」
久弥「──……(窓ガラスの外を見る)」
空は曇っており、傘を携えて歩く人が見える
久弥M「雨は嫌いじゃない」
久弥、手元のスマホを見ると、ラインの通知が来ている
葉月(ライン)『今日も教室変わるって
もう行ってる?』
久弥「──……」
通知を眺めている
久弥M「曇り空と 雨のノイズで
人と人との境界線はぼやけて
“その辺の誰か”として
紛れられるから」
◯屋外、キャンパス内の道
久弥、人波に紛れ、歩いていく
久弥M「湿気に満ちた空気の中で
心なしか
音も籠ったように聞こえる」
寄り、イヤホンを着けている久弥の耳元
久弥M「はっきりとした輪郭をもって
認めたくはない──
面倒くさくて
ネガティブな感情も
その靄(もや)の箱に
閉じ込めるみたいに──
ぼけたものに出来る気がするから」
久弥の手元、滴に打たれる
久弥「──……」
足を止め、雨の降り始めた空を見上げる
再び歩き始め、人混みに紛れていく
* * *
◯大学、教室
葉月、周囲を見回しながら通路を歩いていく
立ち止まってスマホを確認する
葉月「──……」
顔を上げ、再び周囲を見回す
* * *
◯屋外、店の軒先
サラリーマン「うわ 最悪…!
結構 降ってんじゃん」
店から出てきたスーツ姿の男性、手の平で雨量を確かめるようにして
久弥「──……」
軒下に立っている久弥、その様を横目で眺めている
女子A「今日 雨予報じゃなかったのに〜」
女子B「ね〜」
手で庇を作るようにして、店の前の道を連れ立って歩いていく若い女の子たち
久弥「──……」
軒下に立ったまま、雨の降る空を眺めている
久弥M「皮肉だろ?」
× × ×
(回想)
葉月に連れられて行ったカラオケにて
久弥「俺 3年後とかに
この曲聴いたら──」
久弥「泣きそうになったり
すんのかな」
葉月「は? なんで?」
久弥「──……」
久弥「…懐かしいなって
センチメンタルな気持ちになって?」
葉月「なんで
別に “懐かしく”はないだろ」
葉月「そりゃ曲は古くなる
かもしんないけどさ」
葉月「でも3年後もこうやって
俺が隣で歌ってたらさ」
葉月「その時も──」
葉月「過去じゃなくて
“現在進行形”じゃん」
久弥「──……」
× × ×
(回想終了)
久弥M「お前が歌ってくれた歌も──」
久弥「──……」
ゆっくりとその場にしゃがみ込み、頬杖をつく
久弥M「俺は この先きっと──
苦い思い出として
思い出すことになるんだろう」
久弥M「だけど いいだろ
元より こんな “失恋の歌”は──」
店先にしゃがんでいる久弥の背中、引きの画
久弥M「今みたいな気分にぴったりだよ」
11-2
◯店の軒先
久弥の手元、スマホ画面に通知が出ている
葉月(ライン)『今日休み?
体調わるいの』
久弥「──……」
スマホ画面を見つめている
久弥「──……」
そのままスマホを仕舞い、再び頬杖をついて物思いに耽る
* * *
久弥「──……」
足元に落ちてくる雨が止むのに気付き、顔を上げる
葉月「濡れるよ(久弥に傘を傾けながら)」
久弥「……(葉月の顔を見つめている)」
久弥「いいよ」
葉月「っ…(ため息)
じゃあ風邪ひく」
久弥「──……」
久弥「いい──」
葉月「(言葉を遮るように)わけないだろ」
久弥「なんで?」
葉月「風邪ひいたら しんどいよ」
久弥「いいよ 別に(落ち着いたトーンで、投げやりな気持ちでない)」
葉月「嘘つけ」
久弥「風邪ひいたら
看病してくれる?」
葉月「嫌だよ」
葉月「だから
ひくなって言ってんの」
久弥「っ…(軽く笑って)
ひど」
久弥「看病してくれないの」
葉月「──……(拗ねているような顔で)」
葉月「…別にいいけど──」
葉月M「いいけど
それくらい…
なんてことないけど──」
葉月「いいけど──」
葉月「お前がしんどい顔してるの
見るのは嫌だよ」
久弥「──……」
葉月「だから──」
手を差し出して
葉月「帰ろ」
久弥「──……(葉月を見上げる)」
久弥「うん」
そっと手を差し出し、葉月の手に重ねる
久弥「っ…(グッと葉月の手を引く)」
葉月「──!(驚き)」
葉月「バカ お前っ…!」
手を引かれた勢いで、思わず久弥の隣にしゃがみ込む
久弥「…はは──
ごめん──」
慌てる葉月を笑うも、ふと言葉が止まる
久弥「なんか熱くない?
てか──」
葉月の髪の毛に触れて
久弥「…なんで濡れてんの」
葉月「そりゃそうだよ
今日 雨予報じゃないし──」
呆れているような、くたびれているようなトーンで話す
葉月「俺だって
傘なんか持ってないって」
葉月「…ここら辺
全然コンビニとかもないしさ」
久弥「──……」
久弥「それで…?」
久弥「…ここまで濡れて来たの?」
葉月「──……」
一瞬久弥の方を見て、無言で頷いた後、直ぐに正面に向き直る
久弥「──……」
葉月の横顔を見つめる
久弥「ごめんね」
久弥「お前こそ
風邪ひいたんじゃないの」
葉月「(不満げに)“ごめん”とか
言うならさあ──」
葉月「──……」
愚痴を垂れながら久弥の方に向くも、額に当てられた手に驚き、無言になる
葉月「…なに(動揺)」
久弥「──……」
至近距離で見つめ合うふたり
葉月「…こんなんで──」
葉月「本当に熱あるとか
分かんのかな…」
久弥から目を逸らせないまま、ポツポツと喋る
久弥「分かるよ たぶん」
久弥「本当にひいてるかも
風邪」
葉月「…マジ?」
久弥「うん」
葉月の濡れた髪に触れながら
久弥「ごめんね」
久弥「俺のこと
探しに来てくれたから──」
葉月「──……」
見つめ合ったまま話す
久弥「だから
俺にうつしていいよ」
葉月「…え?」
久弥「風邪って──」
久弥「人にうつしたら
治るって言うでしょ」
久弥「だから──」
久弥「俺にうつして」
葉月「──……」
葉月「… “うつす”って?
どうやって…?」
互いの瞳を見つめたまま
久弥「──……」
久弥「──こうやって」
傘を持っている葉月の手を掴んで、ふたりが隠れるように傘を傾ける
葉月「──……」
固まったまま動けずにいる
傘の中、ゆっくりと葉月に近付く久弥
引きの画、傘に隠れているふたりと、その前を歩いていく人の波
久弥M「このまま ふたり──
雨に紛れて
消えてしまえたらいいのに」
11-3
* * *
葉月、徐に軒下から出て、手の平を空に向ける
葉月「…雨 上がった?」
久弥「うん」
同様に軒下から出てくる
葉月「──……」
視線を落とし、一瞬考える
久弥の方に振り向いて
葉月「なあ」
久弥「…ん?」
葉月「お前 言ってたよな」
久弥から視線を外し、足元に視線を落として
葉月「自分が死にたいと
思うとき──」
葉月「考える人のこと」
久弥「──……」
久弥に背を向けたまま話す
葉月「引き留めてくれて
有難いと思う反面で──」
葉月「虚しくもなるって」
久弥「…うん」
久弥の方に振り向いて
葉月「じゃあ 俺は?」
久弥「…え?」
葉月「俺が “そういう存在”に
なったら?」
葉月「お前が死にたいって
思うとき──」
葉月「“ああ 俺が死んだら”──」
葉月「“あいつは めちゃくちゃ
悲しむんだろうな”って──」
葉月「“最後に思い出す人”」
久弥「──……」
葉月「そういう存在に
俺がなったら──」
葉月「煩わしい?
…お前──」
葉月「鬱陶しいって思う?」
久弥「──……」
視線を足元に落としたままで
久弥「…分かんない」
葉月「──……」
俯く久弥を見つめている
久弥「でも だから──」
視線を上げ、葉月を見て
久弥「俺は誰も 好きになったり
するべきじゃないんだと思う」
葉月「──……」
葉月「なんで?」
久弥「──……」
久弥「…そうやって──」
久弥「他人の好意を
受け容れられないから」
久弥「いずれ “その人”のことを──」
久弥「傷付けると思うから」
葉月「──……」
葉月「なら 俺は?」
久弥「…え?」
葉月「お前がダメなら──」
葉月「“俺が好きになる”のは?」
葉月「それもダメなの」
久弥「──……」
久弥「“そうだ”って言ったら?」
葉月「──……」
葉月「言ったら…」
葉月「…そんなの──」
葉月「知らない」
久弥「え?」
葉月「だって──」
久弥の顔を見て
葉月「どうしようもないから」
葉月「もう好きだから」
久弥「──……」
葉月を見つめる
久弥M「気付けば
雨なんて すっかり止んで
眩しすぎるくらいの
陽が差して──
おまけに虹なんか出ていて」
久弥M「ただの荷物になってしまった傘の
やたら鮮やかなスカイブルーが──
胸に焼き付いて離れなかった」
軒下に立て掛けてある、雨に濡れたスカイブルーの傘
日差しを受けて、その雫が輝いている
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