水の音の中で───第9話
9-1
◯大学、学食(朝)
おばさん「おはよう〜」
まだ人気のない厨房に入って来て、葉月の背中に声を掛ける
葉月「おはようございます」
エプロンを着ながら挨拶を返す
おばさん「あら 誰から?
これ(箱入りの菓子を持ち上げて)」
葉月「ああ 俺のです
お土産で」
おばさん「え〜 お土産?
どこ行ってきたの」
葉月「“大島”?
割と近場の離島っていうか…」
おばさん「へえ 島…!」
おばさん「そういや確かに──」
おばさん「ちょっと焼けたかもね」
葉月「あ
そうですか?」
自分の腕を上げ、見遣りながら
おばさん「うんうん」
おばさん「楽しかった?」
葉月「(微笑んで)はい」
おばさん「私もさあ
一回だけ行ったことあるのよ」
自分も身支度をしながら話を続ける
おばさん「でも その時は──……」
葉月「──……」
おばさんの話は耳に入っていない、ひとり思い耽る
× × ×
(回想)旅館にて
久弥の髪の毛を乾かしてやった後、後ろから抱きしめる葉月
× × ×
(回想)
久弥が葉月の背に向かう形で、同じ布団で寝ているふたり
× × ×
おばさん「…天気がね
って──」
おばさん「聞いてる?」
葉月「…へ?」
葉月「え…
…ああ──(気の抜けた顔)」
おばさんの問いかけで、現実に引き戻される
おばさん「…もお〜」
おばさん「それで? お友達と?」
葉月「…え?(キョトンとして)」
おばさん「…あ それとも──」
おばさん「(ニヤリとして)もしかして“彼女”?」
葉月「え?」
葉月「…いや──(軽く鼻で笑って)」
葉月「“友達”…! 友達ですって」
葉月「男ですよ 男」
おばさん「(笑って)イヤだ 冗談!」
おばさん「(苦笑しながら)ごめん ごめん
野暮なこと聞いちゃって」
葉月「いや…
…はは──(空笑い)」
葉月「──……(ふと真面目な顔になる)」
* * *
◯屋外、街中(夕)
ひとり歩いている葉月
ふと足を止め、店のショーウィンドウに映る自分を見つめる
葉月「──……」
そのまま思い耽る
葉月M「“友達”?
友達… “彼女”──
そもそも あいつは男だから
付き合ったとして
彼女じゃなくて
“彼氏”になるんだよな
…とか──
そんなの考えるまでもなく
“友達”だろ」
葉月M「“付き合う”どうの
なんて言葉もなければ
手を繋いだことすらない
…まぁ──
“ハグ”はあったけど…」
× × ×
(回想)旅館にて
久弥を後ろから抱きしめる葉月
× × ×
葉月M「だけど あれくらい…
“ハグ”くらい──
“友達”だって いくらでもするよな?」
葉月「──……」
視線を落とし、下方の虚空を見つめている
葉月M「でも──」
× × ×
(回想)同じシーン
久弥を抱きしめる葉月
× × ×
葉月M「“あれ”は…
あの瞬間──
君を抱きしめたのは
“ハグ”なんて言葉じゃ
弁解できそうになくて──」
葉月「──……」
視線を上げ、再びショーウィンドウに映る自分を見つめる
葉月M「“恋人”って? 付き合うって
“好き”って──
一体 何なんだろう
どんな感情?
どういう気持ちになれば──
その人のことが
“好き”ってことになるんだろう」
× × ×
(回想)島での思い出
猫を触って、食べ歩きをして、海沿いを歩いたりする
× × ×
葉月M「あいつと一緒にいると 楽しくて──
でも それが──
“友達”と一緒にいるときより
特別 楽しいのかって言われると
それは分からないけど
でも──
…楽しいだけじゃなくて──」
葉月「──……」
ショーウィンドウに映る自分を見つめたまま
葉月M「時々どうして…
こんな気持ちになるんだろう」
× × ×
(回想)島に向かう船上にて
海面に浮かぶゴミを見つめながら、自分自身に対する思いを語る久弥
× × ×
葉月M「あいつが自分のことを──
“ゴミみたいに思える”って
言ったときと同じ気持ち
切なくて 胸が苦しくて──
息が浅くなる」
葉月M「ただ どうしようもなく──
…抱きしめたくなって
君を──
そう 君を──
── “守りたい”と思う
何もかもから」
葉月「──……」
葉月「…そりゃ思うよ
“友達”だって」
遠くを見つめたまま、独り言のようにつぶやく
葉月「“守りたい”とか…」
葉月「だけど──」
葉月M「だけど──
やっぱり俺には──」
葉月「──……」
不思議そうな、当惑しているような表情で、ショーウィンドウを見つめたまま立ち尽くしている
葉月M「この気持ちが──
どこか特別なものに
思えてならないんだよ」
9-2
◯大学、学食(昼)
葉月、カウンター内でバイトに励んでいる
久弥「お疲れ」
トレーを持ってカウンター前に並び、葉月に話しかける
声に顔を上げ、久弥に気付いて
葉月「…おう」
葉月「お疲れ」
葉月「──……(微妙に落ち着かない様子)」
葉月「…!(何かに気付いて)」
葉月「(顔を顰めて)お前 また…!」
久弥「え?」
葉月「生姜焼きにメンチって
肉ばっかじゃん」
久弥「…え?(キョトンとして)」
久弥「…なんでだよ
いいだろ別に」
葉月「よくないだろ」
葉月「せっかく こんな色々
選べるようになってんのにさ」
目の前に並んでいる小鉢などを示しながら
葉月「それが食堂のいいとこ
なんじゃないの」
葉月「野菜も取れよ」
久弥「別に野菜 避けてる
とかじゃないって」
久弥「ただ 色々ある中から
選ぶってなると──」
久弥「“やっぱ肉”ってなるんだよ」
久弥「いいだろ 別に」
久弥「人のメニューにケチ付けるなよ」
涼しい顔で反論する
久弥「“食堂のおばちゃん”か」
葉月「っ…(ムッとして)」
葉月「お前こそ子供かよ」
葉月「そんなだから──」
久弥「“そんなだから”?」
葉月「そんなだから…(続く言葉が思いつかない)」
葉月「…猫にも引っ掻かれんだよ(決まり悪そうに、なんとか捻り出す)」
久弥「っ…(笑って)
はあ?」
久弥「(笑いながら)それと何の関係があんの」
葉月「っ…(思わず笑って)
分かんない(笑いながら)」
思わず笑い合うふたり
女子生徒「──あの」
葉月「──!」
葉月「ヤバい また…!」
以前と同じように、後続の客に急かされたと思って焦る
葉月「お前 ほら…!
早く──」
追いやるように久弥を手で仰ぐ
久弥「…すみません(バツが悪そうに)」
後続の客を横目でチラリと見ながら会釈し、その場から離れようとする
女子生徒「え?(不思議そうに)
じゃなくて…」
葉月「え…?(キョトンとして)」
久弥「──……」
何事だろうかと女子生徒の方を見ている
女子生徒「“葉月くん”だよね?」
女子生徒「“浅高”の…
5組だった」
久弥「──……」
女子生徒を見つめている
葉月「え…
もしかして──」
葉月「“クミちゃん”?(呆然として)」
日向 久弥(ひなた くみ)※女子生徒「そう〜!
思い出してくれた?」
嬉しそう、思わず笑顔が弾ける
久弥「──……」
目が泳ぐ、固まったまま動けない
久弥M「その時の俺は──
夢から醒めたような──
まるで──
深い水の底から引き上げられた
魚みたいな気分だった」
引きの画、カウンター前に並んだまま、固まって動けずにいる久弥の背中
◯学食、席スペース
久弥と葉月、クミの3人、同じテーブルで食事をしている
久弥と葉月が隣同士、葉月の向かいの席にクミ
クミ「へえ〜 商学部だったんだ」
クミ「だからかな?
私 文学部だから」
葉月「ん?」
クミ「ほら
キャンパス違うし」
クミ「向こうにも
カフェテリアあるからさ」
葉月「ああ そうじゃん」
葉月「じゃ 今日
なんで こっち食べに来たの?」
クミ「今日はたまたま」
クミ「最近 仲良くなった子が
国際学部の子で…」
クミ「こっちのキャンパスで
待ち合わせしてて」
葉月「ああ〜…
それで…」
クミ「そうそう」
久弥「──……」
ひとり物思いに耽っている、食事の手が進んでいない
久弥M「どうしてか──
葉月が彼女の名前を
呼ぶよりも先に」
久弥「──……」
葉月と楽しそうに話しているクミを、気付かれぬようにそっと見る
久弥M「彼女が
彼女こそ
あいつが前に話していた──」
× × ×
(回想)
先ほどのカウンター前でのやり取り
唐突なクミとの再会に呆然とする葉月と、思い出してもらえたことに喜ぶクミ
× × ×
久弥M「“久弥(くみ)”…
俺と “同じ名前の子”なんだろうって──」
久弥M「なぜか それが分かった」
楽しげに話す葉月とクミの隣、久弥の背中
クミ「“お友達さん”は?」
久弥の方を見て、軽く微笑んで問いかける
久弥「え…」
クミの問いかけに我に返る
葉月「久弥は “政経”」
クミ「ええ〜! 優秀だ…!」
葉月「そうそう(軽く苦笑しながら)」
久弥「いや 全然…(愛想笑い、苦笑い)」
久弥「…そう
で──」
クミ「?」
葉月「?」
ふたりともキョトンとして、久弥の方を見る
久弥「俺の学部
今週 課題詰まってて」
久弥「…なんで──」
久弥「先に失礼します」
言いながら、トレーを持って立ち上がる
クミ「ああ…(ポカンとして)」
葉月「──……」
同様にポカンとした顔で、久弥の方を見ている
葉月「…って お前
全然 食べてないじゃん…!(久弥の皿を見て)」
久弥「ごめん」
久弥「なんか お腹空いてなくて」
葉月「は…?(ポカンとして)」
葉月「なら そんな肉ばっか取るなよ…
って…」
さっさと去っていく久弥の背中に、届かない声を送る
クミ「…ごめん
なんか邪魔したかも 私…」
身をかがめて、コソッと話す
計算からの発言ではない、本心から申し訳ないと思っている
クミの方に軽く振り返って
葉月「え…
なんで?」
葉月「全然そんなこと…」
再び久弥の去っていった方に向き直り
葉月「…ないけど──」
葉月「──……」
久弥が去っていった方を見つめている
* * *
◯校舎内
久弥、ひとり歩いている
足を止めて
久弥「…ほんと──」
顔を顰める、胃がムカつくような感覚
久弥「(ため息を吐きながら)…食欲ない」
壁にもたれ、苦い表情で天を仰ぐ
久弥M「なんで──
軽口 叩き合って
あんな笑ってたくせに
なんで急にこんな…
食欲 失せたりなんかするんだよ」
久弥「──……」
壁にもたれたまま、虚空を見つめ思い耽る
久弥M「胸の辺りが
いっぱいになって──
喉元まで
空気が詰まってるみたいな…
あいつのことを考えると──」
再びひとり校舎内を歩いていく久弥の背中
久弥M「息が浅くなる」
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