水の音の中で───第7話
7-1
◯波止場(夜)
葉月、スマホ画面を眺めている
葉月「っ…!(驚愕した顔で息を呑む)」
久弥「え──(驚き)」
久弥「なに? どしたの」
葉月「…悪いお知らせ──」
葉月「…しかないけど いい?」
久弥「(怖々)…何?」
葉月「…最終便──」
スマホ画面を見せながら
葉月「終わってます…」
久弥「え!?」
久弥「マジか…!
もう…!?」
再びスマホ画面を見せながら
葉月「…マジです
今日だけ運休…」
葉月「…あ〜」
葉月「もっとちゃんと
確認しとくんだった…」
言いながら、へなへなとその場に座り込む
久弥「…マジか」
思い出したように、勢いよく立ち上がり
葉月「(久弥を指差して)“明日”!
大丈夫!?」
久弥「ああ いや…」
久弥「俺は何もないよ 大丈夫」
素早く葉月の顔を見て
久弥「ってか お前は?
バイト…!」
葉月「ああ いや全然…」
葉月「俺も明日は
バイトも授業も何もないよ」
久弥「っ…(安堵のため息)」
久弥「…なら まあ──」
久弥「取り敢えずはセーフか…」
葉月「でも 取り敢えず
泊まるとこ探さないと」
久弥「…ああ──」
ポケットから自分もスマホを取り出す
* * *
久弥、電話をしている
久弥「…あ──」
久弥「いけますか?
はい はい…」
葉月「──……」
固唾を呑んで、久弥の表情を見つめている
久弥「そうです ふたりで──」
久弥「はい 一泊で」
葉月「──……」
久弥「ああ はい
はい お願いします」
葉月「…!」
好感触な返答に、はっとする
久弥「はい…
ありがとうございます」
久弥「ええ はい
はい… 失礼します」
葉月「──……」
葉月「OK? OK?」
顔を覗き込むようにして、忙しなく尋ねる
久弥「うん OK(コクリと頷いて)」
葉月「あ〜…
よかった〜!」
安堵から思わず、反り返って天を仰ぐ
久弥「っ…(笑って)
ははは──」
久弥「ん──
あっちだって」
スマホを握った手で道の先を指しながら
道順の方へ歩き出すふたり
久弥「歩いて
そんな掛かんないってよ」
葉月「あ〜… よかった…!
マジで神様 仏様…!」
顔の前で手を擦り合わせる
久弥「っ…(笑って)
大げさ」
久弥「まあ 平日だしな」
葉月「とか言って〜…」
葉月「自分だって──」
葉月「電話かける前は
めちゃめちゃ不安そうだったじゃん」
久弥「え?」
久弥「そりゃそうでしょ
野宿とか御免だし」
葉月「なあ──」
少し先を歩く久弥の背に向かって
葉月「怒ってる?」
久弥「え?
なんで」
軽く葉月の方に振り返りながら
葉月「勝手にこんな
辺鄙なとこまで連れてきてさ」
葉月「おまけに最終便は逃すし」
久弥「“辺鄙なとこ”って…」
久弥「(軽く鼻で笑って)お前 失礼だな」
久弥「れっきとした“観光地”だよ」
久弥「別にお前のせいじゃないじゃん」
久弥「大体 俺もちゃんと
調べてなかったのが悪いんだし」
久弥「それにさ──」
葉月「?」
久弥「微妙にちょっと楽しいし」
葉月「何が?」
久弥「“こういう”の?(軽く葉月を振り返り)
こういう…」
すぐに正面に向き直る
久弥「全然 予定外ってか
行き当たりばったりっていうか──」
久弥「成り行き任せな感じ?」
葉月「──……」
久弥「いっつも──」
久弥「“アレやんないと”とか
“これはこうじゃないと”とか」
× × ×
(回想)
大学の教室前にて、簡単には外れた行動を取れないと語る久弥
久弥「まず俺がサボりたくない」
久弥「サボれない──」
× × ×
久弥「…これくらい──」
久弥「“最低限”のことくらいしないと──」
久弥「自分のこと
もっと嫌になるから」
× × ×
軽く自嘲混じりのトーンで
久弥「そういう…
“すべき”みたいので──」
久弥「縛ってばっかだから 俺」
葉月「──……」
久弥の背中を見つめている
葉月「…そっか」
葉月「じゃあ…」
葉月「たまには いいっか」
久弥、葉月の方に軽く振り返り、無言で頷く
葉月「こういう
“行きずり”? みたいなのも」
久弥「…は?(興醒め)」
思わず顔を顰めて振り向く
久弥「それは なんか意味が違うだろ…」
葉月「え なんで?(キョトンとして)」
葉月「そうなの? 何が?」
久弥「そうだよ(呆れ)」
久弥「ほら スマホ貸してみ」
葉月「なんで(不服そうに)
調べんなら自分の使ってよ」
久弥「いーいから」
葉月「なんで──……」
引きの画、軽口を叩き合いながら、歩いていくふたりの姿
7-2
◯旅館の部屋
葉月と久弥、角を挟む形で座卓の前に座っている
卓上には弁当ガラなどのゴミ
葉月「あ〜…
お腹いっぱい」
言いながら机に突っ伏す
葉月「…あ」
ペットボトルを掴み、空であることに気付いて
葉月「なあ」
久弥「ん?」
テレビを見ている久弥、葉月の呼び掛けに軽く振り返る
葉月「受付のとこに自販機あったよな?」
久弥「ああ…
うん」
久弥「お茶なくなった?」
葉月「うん」
葉月「ちょっと買ってくる
何かいる?」
言いながら立ち上がる
久弥「あー…(考えて)」
久弥「じゃあ なんかオススメで」
葉月「(笑って)へえ?
なんだ それ」
葉月「じゃ 行ってくるわ」
久弥「ん──
いってらっしゃい」
テレビの方を見たまま、背中越しに返事をする
部屋を出ていく葉月
久弥「──……」
一寸、葉月の出ていった部屋の入り口を振り返る
テレビの方に向き直って
久弥「──……」
テレビの光に照らされる久弥の顔
* * *
葉月「…ただいま〜」
ペットボトルを手に、部屋に帰ってくる
葉月「…って──(はたと静止して)」
葉月「久弥?」
部屋を見回すも、人の気配はない
葉月「──……」
予想外に無人の部屋に、思わず一瞬固まる
葉月「…ん──」
卓上に置いてあるメモ紙に気付き、手を伸ばす
メモ紙、“ちょっと出てくる”の文字
葉月「…“出てくる”って──」
葉月「こんな時間に?(怪訝そうに)」
葉月「──……」
また一寸立ち尽くして
葉月「…テレビ点けっぱじゃん」
ぼんやりと独り言をつぶやき、リモコンを手に取る
* * *
◯海岸
久弥、ひとり海岸をぶらぶらと歩いている
久弥「──……」
足を止め、足元の砂を蹴る
久弥「(海の方を見る)──……」
久弥「もう諦めないとかな」
海を見つめたまま独り言をつぶやく
* * *
◯旅館の部屋
葉月「──……」
ひとり座卓の前に座り、心ここに在らずといった顔でテレビを見ている
葉月「──……」
壁の時計を一瞥する
葉月「…遅くね?(やきもきした表情)」
葉月「──……」
手持ち無沙汰な様子、何とはなしに卓上のゴミに触れる
葉月「──……」
卓上のスマホを見つめる
葉月M「…こういうとき──
女の子だったら?
彼女なら──
“遅いじゃん”って
“どうした?”って
当たり前に心配するよな
フツー…
なら “成人男子”だったら?
ただの “友達”は──
こんなことで──
やたら心配したり
やきもきしてみたり
それって度が過ぎてる?
一線 越えてんのかな」
葉月M「でも あいつは──
──お前は
時々こうやって…
取り扱い方が分からなくなる」
葉月「──……」
ぼんやりとした表情で、変わらずテレビを眺めている
葉月M「“自分はゴミだ”とか──
“ただ人のため
だけに生きてる”とか──
お前がそんなことばっかり
言うからかな
でもさ──
“一線越えてる”って──」
葉月「──……」
物思いに耽っている様子の横顔
葉月M「一体 “何の線”なわけ」
葉月「──……」
思い立ったように、パッとリモコンを手に取りテレビを消す
立ち上がり、卓上のスマホを手に取ってポケットに突っ込む
7-3
◯海岸(深夜)
久弥を探して、ひとり海辺を歩いている葉月
葉月「…どこまで行ってんだよ(もどかしそうに)」
スマホを耳に当てて
葉月「…電話も出ないし」
葉月「(はたと止まって)…久弥?」
波打ち際に立っている久弥の姿
葉月「ひさっ──」
焦ったように駆け出す
* * *
葉月「──久弥!」
離れた場所から大声で呼び掛ける
久弥「…?(声の方に振り向いて)」
葉月「死ぬなよ!!」
葉月「死ぬなよ! 久弥!!」
足元の波を掻き分けながら、久弥の下まで歩いて来る
久弥「は…!?(動揺)」
ただならない様子の葉月に驚く
葉月「死ぬな! 死ぬなよ!」
久弥の肩を掴み、声を荒らげる
久弥「っ…」
勢いに気圧され、水の中に尻餅をつく
それに重なるように、葉月も水中に膝をつくようにして倒れる
葉月「勝手に死んだりすんなよ!
久弥!!」
久弥「葉づ──」
葉月に抱きしめられて言葉に詰まる
葉月「そんなの…
絶対 嫌だ」
葉月「無理だよ 俺…」
葉月「どんだけ鬱陶しいって──」
葉月「俺のせいで死ねなかったって
恨まれても──」
葉月「絶対 勝手に
死んだりなんかすんなよ…!」
久弥「──……」
呆然とした表情で、抱きしめられたまま虚空を見つめている
久弥「…うん
うん…」
久弥「もう俺 たぶん…」
久弥「…勝手に死んだりなんか
しないから」
久弥M「兄貴より 誰より
…もう──
──お前を遺して
死んだりなんか出来ないよ」
久弥「…だから──」
久弥「違うよ
違うから…」
葉月「え…?(泣きそうな顔で)」
徐に身を離し、久弥の顔を見る
久弥「ほら これ」
葉月「…え? これ…?」
久弥「お前に買ってもらった
キーホルダー」
手に持っている、チェーン部分のみになったキーホルダーを見せながら
久弥「肝心な部分だけ
なくなっちゃったんだよ」
葉月「は…?」
葉月「これ…!?」
葉月「お前っ…
これ探してたのかよ…!?」
久弥「そうだよ」
葉月「バカかよ! お前!
真性もんのバカだよ!」
久弥「…なんでだよ」
葉月「(泣きそうな顔で)バカ…
バカだろ 本当に…」
久弥「──……」
葉月「こんっな…
真っ暗な中──」
葉月「海なんか入んなよ…」
葉月「こんなの…
…こんなのさ──」
葉月「こんなの一個
なくなったって──」
葉月「どうだっていいだろ…」
久弥「(真面目な顔で)バカ」
葉月「え…?」
久弥「お前こそバカだろ
大バカだよ」
徐々に語気が強まる
久弥「いいわけない
お前に買ってもらったのに」
久弥「なくしていいわけない」
葉月「……」
久弥を見つめる
葉月「──……」
葉月「…ごめん」
再び久弥を抱きしめて
葉月「分かったよ…
…分かったから」
葉月「なあ…」
久弥「え…?」
葉月「明日もっかい買いに行こう
同じの…」
久弥「──……」
久弥「…うん」
葉月M「だからもう──」
葉月「…どっか行ったりするなよ」
久弥「──……」
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