水の音の中で───第14話
14-1
◯大学、教室(夕)
葉月と久弥、誰もいない教室で、ふたり並んで座っている
葉月「大島のときといい──」
葉月「風邪引きそうなことばっか
してんな」
久弥「っ…(軽く鼻で笑う)
…確かに」
隣の葉月の方を見て、目で示すように
久弥「ん──
貸して」
葉月「……(一寸、久弥を見つめる)」
葉月「──……」
無言のまま、隣席に置いてあるビニール袋からタオルを取り出し、久弥に手渡す
久弥「ほら──」
身体を葉月の方に向けて
久弥「今度は俺が
ちゃんと拭いてあげるから」
言って、タオルを葉月の頭に被せる
葉月「──……(久弥を見つめる)」
× × ×
(回想)
島の旅館にて
久弥の髪の毛を拭いてやる葉月
× × ×
葉月「──……」
久弥「──……」
見つめ合うふたり
葉月「なんで」
久弥「…え?」
葉月「…なんで──」
葉月「俺とは そんな関係になれない
なんて言ったの」
久弥「──……」
久弥「…お前には──」
久弥「“クミちゃん”の方が
似合ってると思ったから」
葉月「…え?(顔を顰める)」
葉月「それは もう昔の話だって──」
葉月の言葉に被せるように
久弥「お前 覚えてる?」
葉月「──……」
久弥「…俺に──」
久弥「“名前なんか ただの記号だ”
って言ったこと」
葉月「…覚えてるよ」
久弥「でも 俺には…」
久弥「まるで比喩みたいに思えた」
葉月「… “比喩”って?」
葉月から視線を外し、正面に向き直って話す
久弥「…これも覚えてる?」
葉月「?」
久弥「俺が──」
久弥「お前に名前が
似合ってるって言ったこと」
葉月「……(無言で頷く)」
久弥「“葉月”は8月で…
“向日葵”の季節だから──」
久弥「お前にピッタリだって」
葉月「──……」
久弥「“あの子”もそうだよ
名前がよく似合ってる」
葉月「… “久弥”って?」
久弥「っ…(軽く笑って)
そっちじゃなくて──」
久弥「苗字の方」
葉月「──……」
葉月「“日向”?」
久弥「うん」
久弥「…明るくて
穏やかで 温かくて──」
久弥M「翳りなんてなくて──」
久弥「名前の通り…
“太陽”みたいな子だと思った」
久弥M「自分とは正反対の人だと思った」
隣の葉月の方を軽く見遣って
久弥「実際 お前も
そう思わなかった?」
葉月「──……」
思いを馳せる
× × ×
(回想)
大学の教室、初回の授業にて
“久弥”の名前を見て、クミのことを思い出す葉月
葉月M「本当に──
太陽みたいな人だった」
× × ×
葉月「──……」
久弥「だから お前が──」
久弥「“その名前”を見たら
真っ先に思い出すくらい──」
久弥「ずっと好きだったのも
頷けるって思った」
葉月「──……」
僅かに眉根を寄せた顔で、久弥の方を見る
久弥の言わんとしていることを飲み込み切れていない
葉月を横目で見遣って
久弥「“向日葵”が
“太陽”に向かって咲くみたいに」
葉月「──……」
久弥の顔を見つめている
葉月「…そんな──」
軽く苦笑しながら
葉月「何かの漫画じゃあるまいし…」
久弥「そうだよ
俺だって──」
軽く笑いながら
久弥「何も名前だけで
言ってるんじゃないって」
はたと真面目な顔になって
久弥「…実際に──」
久弥「目の前で ふたりが
話してるのを見てて──」
正面を向いたまま、独り言のように話す
葉月「──……」
久弥「すごく似合ってると思った
少なくとも…」
久弥「俺よりはずっと」
葉月「──……」
被っていたタオルを徐に取って
葉月「お前 間違ってるよ」
久弥の顔を見て
葉月「少なくとも1個は」
久弥「…え?」
葉月「そりゃ 昔はそうだった
かもしんないけど」
葉月「でも 今は──」
葉月M「“その名前”を見て──」
葉月「思い出すのなんて
ひとりしかいないだろ」
久弥「──……(葉月を見つめている)」
葉月「そんなの…」
葉月M「真っ先に思い出すのは──」
葉月「お前しかいないよ」
久弥「──……」
僅かに顔を歪める、泣きそうな顔
葉月「…そんなの
お前だって分かってるだろ(涙声になる)」
久弥「…でも それだけじゃないよ」
言いながら泣けてくる
久弥「何も “あの子”だけじゃない」
久弥「“男だから”とか…
“女だから”とかじゃなくて──」
久弥「お前にはもっと──」
久弥「“真っ当な”人間の方が似合ってるって…
だって──」
涙しながら話す
久弥「俺がお前にあげられるものなんて
何もないよ…」
久弥「お前のこと──」
久弥「俺みたいなのが幸せにして
あげられんのかなって…」
葉月「──……」
泣きそうな顔で見つめている
葉月「…お前もだよ」
久弥「…え?」
軽く笑いながら
葉月「名前 ピッタリじゃん
よく似合ってる」
久弥「……」
唇を噛み締めて見つめている
久弥「… “雨沢”って?」
葉月「そうだよ」
愛おしそうに微笑みながら、久弥の涙を拭うように顔に触れて
葉月「よく泣くし
すぐ落ち込むし──」
葉月「しかも 他の人なんて
気にもしちゃいないようなことで」
久弥「──……」
涙の溜まった目で見つめている
葉月「よく分かんないくらい
自信なくて──」
久弥「っ…(涙が溢れる)」
葉月「…でも だから──」
葉月「だったら…
お前が言ったみたいに」
葉月「少なくとも俺には──」
葉月「お前が絶対 必要だよ」
久弥「…なんで──」
葉月「だって そうじゃん」
葉月「太陽に向かって咲くったって──」
自身も涙しながら、同時に軽く笑って
葉月「そもそも “雨”が降んなきゃ
咲けもしないのに」
久弥「──……」
涙を零しながら、葉月を見つめている
14-2
* * *
久弥と葉月、並んで座ったまま話している
久弥「でも そんなのさ──」
葉月「え?」
久弥「“雨が降んなきゃ咲けない”
ったって──」
久弥「水道水だって あるじゃん」
葉月「…は?(顔を顰める)」
葉月「っ…(軽く笑って)」
葉月「そういうのを
屁理屈って言うんだよ」
葉月「可愛くない」
苦笑しながら、久弥の頬を軽くつねる
久弥「──……」
横目で葉月を軽く睨むように
久弥「でしょ?(開き直ったように)
俺って──」
久弥「“クミちゃん”とか──」
久弥「その辺の
“フツーの”女の子なんかより──」
久弥「全然 可愛くないから(得意げに、当てつけのように)」
葉月「っ…(笑って)」
葉月「(笑いながら)ウソだよ」
軽く久弥の方に身体を向けて
自分の首に掛けていたタオルを久弥に被せる
葉月「──……」
はたと止まって、久弥を見つめる
葉月「そういうとこが可愛い」
久弥「──……」
見つめ合うふたり
葉月、掛けたタオルを引くようにして久弥にキスする
目を開け、葉月の顔を見つめたまま
久弥「(真面目な顔で)変な趣味」
葉月「っ…(笑って)」
葉月「ムードぶち壊しだよ」
久弥「っ…(笑う)」
静かに笑い合うふたり
* * *
未だ並んで座っているふたり
久弥、葉月の肩に頭を乗せている
久弥「覚えてる?」
葉月「え?」
久弥「この教室で
初めて会った時のこと」
葉月「──……」
葉月「覚えてるよ」
葉月M「忘れもしない」
× × ×
(回想)
今いる教室にて
隣席にやって来た久弥を、席に着いたまま見上げる葉月
葉月M「最初は──」
× × ×
葉月「“あ〜
いけすかない奴って”──」
葉月「“こういう奴のこと
言うんだなあ”って思ってた」
久弥「っ…(苦笑して)
…え?」
久弥「俺って
そんな印象 最悪だったの?」
葉月、苦笑しながら軽く首を捻る
葉月「お前は?」
久弥「え?」
葉月「俺のこと──」
葉月「どう思った?」
葉月「覚えてる?
最初のときのこと」
久弥「──……」
思いを馳せるように、ぼんやりと正面の虚空を見つめる
久弥「覚えてるよ
…なんていうか──」
葉月「──……」
話す久弥の横顔を見つめいてる
久弥「“単細胞”って感じ?」
葉月「…は?」
期待外れな返答に拍子抜けする
葉月の肩に頭を乗せたまま、葉月の顔を見上げる
久弥「“とてもじゃないけど
大学生には見えないよな”って」
葉月「お前さ…(呆れと不服)」
久弥「本当だよ
でもって それは──」
久弥「お前と付き合うように
なってからも変わんなかった」
葉月「…え?(戸惑い)」
預けていた身体を起こし、正面を向いたまま話す
久弥「こんな純粋な奴いるんだって」
久弥「こんな邪心のない
“いい大人”もいるんだって──」
葉月「──……」
久弥「光みたいに思えた」
久弥「…人生っていうか
この世界っていうか──」
久弥「…とにかく──」
久弥「半分ぐらい諦めてた
俺にとっては」
葉月「──……」
久弥の横顔を見つめている
久弥から視線を外し、正面に向いて
葉月「…そんな──」
葉月「真面目な顔して
そんなこと言うなよ…」
葉月の顔を見て
久弥「だって “大真面目”だから
本気で言ってる」
葉月「──……」
久弥を見つめる
久弥から視線を外して
葉月「…そんなこと
大真面目に言われたらさ──」
葉月「俺だって不安になるよ」
久弥「…?」
久弥「何が?(優しく問いかける)」
葉月「お前の期待に
応えられんのかって…」
葉月「お前のこと──」
葉月「幸せに出来んのかなって」
久弥「──……」
葉月の横顔を見つめている
膝の上に置かれている葉月の手を取って
久弥「(軽く笑いながら)平気だよ」
葉月の手を握ったまま、正面を向いて話す
久弥「お前は そのままで
いてくれれば」
久弥「…それだけで──」
久弥「ずっと俺の希望になるから」
葉月「──……」
久弥の横顔を見つめる
葉月「どういうこと?」
久弥「(笑って)っ…」
葉月の膝上で握った手を軽く叩くようにして
久弥「いいよ 意味なんて」
久弥「深く考えなくていいから
…ただ ずっと──」
葉月の顔を見て
久弥「今の気持ちは
忘れないでいて」
葉月「──……」
久弥を見つめる
葉月「うん」
葉月の膝の上で握られている、ふたりの手元のアップ
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