椿姫と黒王子───第3話
3-1
◯住宅街の道(夜)
椿、カバンの中を探っている
椿「?(何かに気付いて)」
ワイヤレスイヤホンを手に取り
椿「何で? 久路ちゃんのだ
取り違えた?」
椿「──……(手にしたイヤホンを見つめて)」
椿「──……」
電話を掛けるも繋がらない様子
椿「──……」
スマホを操作する
* * *
◯久路人の家、玄関
久路人、玄関のドアを開け顔を出す
久路人「椿?
なんで…(驚き)」
椿「──……」
少し緊張したような面持ちで、久路人の顔を見る
椿「(イヤホンを手にして)これ
イヤホン──」
椿「俺が間違えて
持って帰ってたみたい」
久路人「住所は?
よく分かったね」
椿「チャットの履歴が残ってた
郵送したときの」
スマホの画面を見せながら
椿「(笑って)頭いいでしょ」
久路人「──……(無言で頷く)」
椿「…?」
やや上の空な様子を不思議に思う
久路人「ごめん
わざわざ──」
椿「全然(笑顔で首を振る)」
椿「じゃあ帰る
またね」
椿、くるりと振り返り、久路人に背を向ける
久路人「──待って」
椿「?(久路人の方に振り返る)」
久路人「……
上がっていって」
椿「──……」
思いがけず深刻そうな様子の久路人に面食らう
3-2
◯久路人の家、リビング
椿「──……」
緊張した面持ちで、リビングテーブルの椅子に座っている
久路人「──……」
椿の隣に座っている久路人
母「それで?」
母、久路人の対面に座っている
久路人「っ…(微かに息を呑む)」
母「お友達まで呼んで
何を話すつもりなの?」
椿「──……」
久路人「俺…」
久路人「大学は
自分の行きたいところに行くから」
椿「──……」
隣の久路人を横目で見ている
久路人「兄貴と同等か──」
久路人「それ以上の偏差値のところか
どうかとかじゃなくて──」
久路人「自分がやりたいことが
出来るところに行くから」
母「──……(表情を変えず、黙って聞いている)」
久路人「もう第三志望まで決めた」
久路人「進路希望書にも書いたから」
母「──……」
椿「──……」
母「それで?」
母「それが お友達を呼んでまで
話したかったこと?」
久路人「──……」
僅かに身体が強張る
久路人「…それだけじゃなくて──」
腿の上に置かれた拳を微かに握る
椿「……」
久路人が拳を握る様を横目で見ている
久路人「──俺 “ゲイ”なんだ
男の人が好き」
椿「──……」
母「──……」
久路人「…もう──」
久路人「気付いてるとは思うけど…」
母「…それで?」
久路人「え…?」
母「今 そんな話をして──」
母「あなたは どうしたいの?」
久路人「──……
どう…」
母「それと進路の話と
何の関係が?」
椿「──……」
久路人「それ… は──」
久路人「これからは…
もう──」
久路人「自分に嘘はつきたくない」
椿「──……」
語る久路人を横目で見つめている
久路人「本当に自分のやりたいことを──」
久路人の言葉を遮るように
母「“本当にやりたいこと”って?」
母「まさか…(軽く鼻で笑って)
“その子”とお付き合いしたいとか──」
母「そういうこと?」
椿「──……(微かな動揺)」
久路人「──!」
久路人「違う
今は──」
久路人「今は椿は関係ない」
椿「……」
母「じゃあ…」
母「(苦笑して)やっぱり どうして
“この子”にまで聞いてもらったの」
久路人「それは…」
母「まあ いずれにせよ──」
母「お母さんが──」
母「恥ずかしい思いをするような
ことだけは止めてね」
久路人「…え?」
母「あなたが誰を
好きになろうと勝手だけど──」
母「それだけは約束して」
久路人「……」
久路人「恥ずかしい思い…
するようなことって…?」
久路人「…どんなこと?」
母「そこまで言わなきゃ
分からない?」
久路人「……」
椿「“男とは付き合うな”
ってことですか?」
久路人「…!(隣の椿を見る)」
椿「久路人が
“本当に好きな人”とは──」
椿「一生付き合うなってことですか?」
母「──……」
母「あなたは…」
言い淀んで
母「──……」
椿「何ですか?」
母「あなたも
“そっち”なんですか?」
椿「え?(驚き)」
母「そんな──」
椿の着ているベストを目で示しながら
母「“女の子みたいな格好”
してるから」
久路人「…!」
椿「──……(呆気に取られている)」
椿「──そうですよ
僕はゲイです」
毅然とした態度で答える
久路人「──……(隣の椿を見ている)」
母「だから?」
久路人に向かって
母「だから“この子”にも
聞いてほしかったってこと?」
久路人「え…?(顔をしかめる)」
今度は椿の方に向かって
母「多少──」
母「あなたの影響もあるんですか?」
椿「…え?」
母「この子が今
こんなこと言い出したのも」
久路人「なんで…!(怒り)」
母「正直
この子が本当に…」
母「“ゲイ”? だっていうのも
まだ疑わしいと思ってます」
久路人「っ…」
母「学生の頃って何でも──」
母「お友達に影響されやすい
ものだと思うから」
椿「っ…(呆れ)」
椿「セクシャリティは
そんなものじゃないですよ」
椿「お母さんだって
そうですよね?」
椿「“明日から女性を好きになろう”
って思って──」
椿「“その通り”に出来ますか?」
母「──……」
椿「自分の意思で──」
椿「自由に変えられるような
ものじゃないんですよ」
久路人「──……」
椿「“明日から女性を
好きになってください”──」
椿「“女性と付き合って”
“女性と結婚してください”──」
椿「それか──」
椿「“一生独りで
生きていってください”──」
母「──……」
椿「さっき あなたが
久路人に言ったのは──」
椿「そういうことですよ」
久路人「──……」
母「…本当に──」
母「少しも
あなたの影響はないんですか?」
久路人「母さん…!」
椿「っ…(鼻で笑って)」
椿「まだ続けますか?」
母「だって…
あなたと知り合ってからですか?」
母「夜に遊びに
出掛けるようにもなって──」
母「いわゆる…」
母「“そういうところ”に
行ってるのか知りませんけど──」
久路人「母さん!」
母「だって
あなただって──」
母「さっきから勝手に決め付けて
この子のこと──」
母「よく知りもしないのに──」
椿「…!(怒り)」
久路人「ちょっと黙ってよ!」
怒りから口早に言葉を連ねる
椿「あなたが
知らなかっただけでしょう?」
椿「いや…!
知ろうともしなかった!」
椿「それが今
久路人が話した全てでしょう…!?」
母「──……」
久路人「──……」
興奮状態のまま、言葉を続ける
椿「…お言葉ですけど──」
椿「あなたより
よっぽど──」
椿「僕の方が
久路人のことを知ってますよ」
久路人「──……(椿の横顔を見つめる)」
母「ごめんなさい──」
椿「…?(訝しむ)」
母「やっぱり あなたも
ちょっとおかしいわ…」
久路人「は…?」
母「だって──」
母「産んで育てた親より
よほど知ってるだなんだって…」
久路人「……」
母「やっぱり──」
母「やっぱり“同性愛者の方”って
私は受け付けられない」
久路人「──……(絶望と怒りの気持ち)」
母「だって やっぱり──」
母「“あなた”と話してても
おかしいんだもの──」
椿「っ…(呆れからため息をつく)」
唐突にテーブル上に大きな物音が響く
椿「──!」
母「──!」
母「いや…!
なに…!?(狼狽える)」
椿「──久路ちゃん!!」
隣の久路人を見て叫ぶ
母「いや──!!(悲鳴を上げる)」
久路人「──……!」
怒りに震えながら、自身が叩きつけて割れたグラスを握りしめている
手から鮮血が流れ出る
3-3
◯屋外、バス停(明け方)
バス停前のベンチに座っている久路人、脇には包帯などの救急用具が置いてある
椿、久路人の前に屈み、久路人の手当てをしてやっている
久路人「ごめん(俯いたままで)」
椿「…?(久路人の顔を見上げる)」
視線を久路人の手に落とす
椿「何が?」
久路人「…“あそこ”で
殴ったりできなくて」
椿「──……(久路人の顔を見る)」
再び久路人の手に視線を落として
椿「何で」
久路人「……(椿を見る)」
久路人の手に視線をやったまま、手当てを続けながら喋る
椿「殴ったりしなくて良かった」
椿「あそこで
“殴ったりしない久路ちゃん”だから──」
椿「俺は好きだよ」
久路人「──……」
椿「はい」
包帯の巻かれた久路人の手を放し、立ち上がる
久路人「ありがとう」
椿「(救急用具を片付けながら)取り敢えずの応急処置だよ」
久路人「いいよ
病院なんて(煩わしそうに)
久路人「適当に週末にでも行く」
椿「いいわけない」
怒ったような表情で、久路人の手を手に取って
椿「破片でも入ってたら
どうするんだよ」
久路人「っ…(軽く苦笑して)」
軽く笑いながら、椿の顔を見上げて
久路人「“母親”みたい」
椿「──……(久路人の顔を見つめて)」
椿「俺の方こそ ごめん」
久路人「?」
久路人「何が?」
椿「“あなたより久路人のことを知ってる”
なんて──」
椿「人の親に言うことじゃなかった」
久路人「何で?」
椿「…?(久路人の顔を見る)」
久路人「事実でしょ」
久路人「母さんより よっぽど──」
久路人「椿の方が
俺のことを知ってるよ」
椿「──……(苦しそうな表情で久路人の顔を見つめる)」
椿M「そうだって──
俺も信じてる
信じたい」
久路人を前に立ったまま
椿「(俯いて)…ごめん 俺──」
久路人「…?(椿の顔を見上げる)」
椿「こんなとき…」
椿「気の利いたことの
ひとつも言えなくて──」
久路人「──……」
椿「俺が“育ってきた環境”とは…
…随分違うから──」
久路人「……(空虚な表情)」
椿「今 俺が
どんなことを言っても──」
椿「空々しい気がして…」
椿「今の久路ちゃんの気持ち──」
久路人を抱き締める
椿「分かってあげられなくて
ごめん…(涙が零れる)」
空虚な表情のまま抱き締められている
久路人「──……」
久路人を抱き締めたまま、泣きながら話す
椿「──でも分かりたい」
椿「“分かっていきたい”って
思うから…」
椿「だから教えてよ
久路ちゃんのこと」
椿「全部 全部…」
椿M「なんて…
バカだ
安易に触れれば
壊れてしまいそうな──」
久路人「──……」
椿M「君の暗部すら
全部知りたいと思うなんて」
椿「俺に教えて──」
久路人「…うん」
椿の背に手を回す
久路人M「なら聴いて 俺の話を
1から10まで 全部話すから
今日じゃなくていい
明日じゃなくてもいい
もっとずっと
先の“いつか”で構わないから
この先の 長い長い時間の中で
“俺のこと”を聴いていて」
久路人M「俺はいつも思うんだよ
誰よりも 誰よりも…
“俺のこと”を知っているのは──
君じゃなきゃ
我慢ならないって」
久路人「(ふと見上げて)…雨?」
椿「…?」
久路人、立ち上がり着ていたコートを脱ぎ、頭から覆うように椿に被せる
久路人「濡れるよ」
椿「…でも──」
椿「自分は?(困ったような顔で)」
久路人「じゃあ こうする」
椿に被せたコートの端を引き寄せ、自身もその中に入る
椿「──……」
コートの暗がりの中、久路人の目を見つめる
椿M「コートの中は
君の香りで満たされていて──
まるで黒猫みたいに
暗闇の中で 君の瞳がチラチラと光る
強いアルコールにでも
酔ったみたいに──
俺は君の瞳から目が離せなかった」
久路人「──……(椿を見つめる)」
椿「──……(息を呑む)」
久路人、椿にキスをする
コートの中でキスするふたり
* * *
夜が明け、朝焼けが見え始める
久路人「朝だ」
椿「うん」
朝日に目をやるふたり
久路人「こっち来て
めちゃくちゃ綺麗だよ」
隙間のある屋根からも抜け出し、小雨の降る中に出ていく久路人
椿「(笑いながら)何でだよ」
椿「自分が“濡れる”って言ったくせに」
久路人「(笑って)そうだけど──」
久路人「でも気持ちいいよ(椿に笑顔を向ける)」
髪の毛に付いた雨の滴が、朝焼けに照らされ煌めいている
椿「──……」
そんな久路人の様を見つめる
椿M「踏み越え難い
“この線”を越えて──
どんな君を知ることになっても──
例えば みっともない喧嘩だとか──
忘れてしまいたいくらい
苦しい出来事も──
今はまだ 知る由もない
この先の どんな悲しみや苦しみも…」
久路人「ほら──」
椿に手を差し出す
椿「──……(真面目な顔で見つめている)」
椿「っ…」
しょうがないなという風に笑って
久路人の手を取り、雨の中に入っていく椿
朝焼けに照らされながら、雨の中でふたり、手を取り合い踊るように回る
椿M「こんな綺麗な思い出があれば
すべて塗り替えていける気がする」
3-4
◯ 屋外、大通り添いの道(夕)
椿「ねえ」
足を止め、少し先を歩く久路人に呼び掛ける
久路人「?(椿の方に振り返る)」
椿「お腹空かない?」
久路人「ああ…」
立ち止まっている椿の下まで歩いてくる
久路人「どうする?」
久路人「“ソワレ”に行く前に
どこかで食事する?」
椿「いや…
そうじゃなくて…」
久路人「…?」
* * *
◯椿の家、リビング(夕)
椿と久路人、ふたり並んでテーブルに着いている
対面には椿の母親と妹が座っている
テーブルには大皿料理や漬物、ご飯などの食事が並んでいる
母「“白ちゃん”が
お友達連れてくるなんてね」
母「小学生ぶりじゃない?」
椿「そうだっけ?」
母「この子 いっつも
“外”でばっかり遊んでるんだから」
久路人「そうなんですね」
にこやかに母親と会話する久路人
妹「しかも…」
うっとりと久路人を眺めながら
妹「“超イケメン”だし…」
久路人「ふふ(楽しそうに笑みをこぼす)」
椿「食べ辛いから
普通にしてて」
呆れつつ、軽く妹を嗜める
母「そうそう」
母「遠慮しないで
たくさん食べて?」
母「おかわりもあるから」
久路人「はい(嬉しそうに)」
椿「──……」
そんな久路人の様子を横目で眺める
* * *
◯ 屋外、大通り添いの道(夜)
ふたり並んで歩いている
久路人「おばさん
料理上手なんだね」
椿「そう?
フツーだよ」
久路人「照れてるの?」
椿「(鼻で笑って)何でだよ
そんなんじゃない」
信号待ちで立ち止まるふたり
椿「ねえ」
久路人「?」
椿「(少し心配そうに)俺の家族と会って…
どうだった?」
久路人「どうって?(キョトンとして)」
久路人「楽しかったよ
“結婚の挨拶”みたいで」
椿「…冗談はいいから(焦ったそうに)」
久路人「っ…(軽く苦笑して)」
久路人「すごく楽しかった
“安心した”?」
久路人「上手く言えないけど…」
久路人「少なくとも
嫌われてはないみたいだったし」
椿「っ…(軽く笑って)
嫌われてないどころか──」
椿「まるで
“アイドル”みたいな扱いだった」
久路人「はは──」
椿「──……(真面目な顔に戻る)」
椿「ねえ──」
久路人「?」
椿「俺の家族と会って…
嫌な気持ちになったりしない?」
久路人「…?
何で?」
椿「その…
“俺の家”は…(言いづらそうに)」
椿「“久路ちゃんの家”とは違うから…」
久路人「──……」
椿の言わんとすることを理解して
久路人「全然」
久路人「ならないよ
嫌な気持ちになんて」
久路人「むしろ──」
椿から視線を外し、正面を見つめたままで
久路人「明るい気持ちになる」
椿「──……(久路人の横顔を見つめる)」
久路人「希望になる
こんな家族も在るんだって」
椿「……」
椿「──……(無言で頷く)」
椿「ねえ」
久路人「ん?(椿の方を向く)」
椿「こんなこと
聞くこと自体──」
椿「“デリカシーがない”って
話かもしれないけど──」
久路人「──……」
椿「俺 これからも──」
椿「こういうことを聞くと思う」
久路人「──……(椿の顔を見つめている)」
椿「お前が何が嫌で
何が好きか──」
椿「どんなことで傷付いて──」
椿「どういうことを
されると嫌なのか」
椿「ひとつひとつ
俺に教えてほしい」
久路人「──……」
椿「嫌なことは“嫌だ”って
“傷付いた”って──」
椿「俺にちゃんと言ってほしい」
久路人「──……」
椿「いい?」
軽く久路人の顔を覗き込むように
久路人「うん…
うん…(静かに何度も頷く)」
久路人「分かった」
椿「──……(無言で頷く)」
久路人「…じゃあ──」
椿「?」
久路人「さっそく ひとついい?(軽くはにかみながら)」
椿「ん?」
久路人「俺 ぬか漬けは苦手」
椿「っ…(思わず笑う)
はは──」
椿「(困り笑顔で)そうなの?
よく食べたね」
久路人「(笑いながら)うん」
椿「分かったよ
次から伝えとく」
久路人「ごめん
ありがとう」
笑い合うふたり
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?