椿姫と黒王子───第2話
2-1
◯学校の中庭(昼)
椿と久路人、少し距離を空けて、ふたり向かい合って立っている
椿「なら もう一度言ってくれる?」
椿「あなたにまた会うその時に──」
椿「“愛してる”って」
久路人「──……」
久路人「もちろん」
久路人「一度だけじゃなく
何度だって──」
久路人「あなたという“最愛の人”に──」
久路人「僕は愛を誓う」
椿「──……」
* * *
椿、植え込み脇に仰向けに寝そべり、台本を広げて見ている
その隣に腰掛けている久路人
椿「こういうストーリーなんだ
『椿姫』って」
椿「作品そのものは有名だから──」
椿「タイトルぐらいは
授業で聞いて知ってたけどさ──」
椿「内容自体は初めて知った」
久路人「そう」
久路人「貴族の男と 娼婦の女──」
久路人「親に反対されて
引き裂かれて…」
久路人「“身分違いの悲恋もの”ってやつ?」
椿「──……」
説明する久路人を横目に、無言で頷く
椿「でも何で
3年最後の文化祭で“悲恋もの”?」
椿「古典にしたって──」
椿「もっとハッピーエンドの作品なんか
たくさんある」
久路人「さあ 何でだろ」
久路人「まぁ
タイトル自体はキャッチーだし…」
椿「もしかして“アレ”?」
身体を返し、うつ伏せになる
イタズラっぽく笑いながら
椿「“みんなの蓮沼くん”が
誰とも結ばれないようにとか?」
久路人「はは
そんなわけ──」
久路人「でも俺 今は──」
久路人「っていうか まぁ…」
久路人「本当に椿が“椿姫”の役じゃなくて
よかったって思ってる」
椿「──……」
話す久路人の横顔を見つめている
椿「何で?」
笑いながら
椿「もしも俺が本当に
“椿姫”の役だったら──」
椿「珍妙な仮装大会になるから?」
久路人「っ…(笑って)
そうじゃないよ」
久路人「そうじゃなくて──」
久路人「物語がバッドエンドだから(椿の顔を見て)」
椿「──……(久路人を見上げる)」
椿「ひょっとして…」
軽く笑いながら
椿「現実も劇の通りに
なるとか思ってる?」
久路人「──……」
椿から視線を外して
久路人「いや…
そうじゃないけど…」
久路人「…ただ何となく──」
久路人「自分の状況と似てるから…
勝手になぞらえてるっていうか──」
久路人「…とにかく
椿が椿姫の役だったら──」
久路人「やってて
最悪な気分になったと思う(苦い表情になる)」
椿「──……」
久路人の横顔を見つめる
椿「じゃあ もしも俺が──」
椿「本当に椿姫の役だったら?
どうするの?」
久路人「……(一瞬考えて)」
久路人「脚本を書き換えてもらう」
椿「は?
ハッピーエンドに?」
嘘だろという感じで笑いながら
久路人「うん
主演特権で」
椿「はは──」
椿「むしろ主演失格だよ
越権行為だ」
久路人「あはは」
椿「──……」
しょうがないなという風に笑いながら、久路人を眺めている
* * *
変わらず植え込み脇に仰向けに寝そべっている椿
頭同士を付ける形で、久路人も隣に寝そべっている
互いに天を仰いだまま話す
久路人「なあ──」
椿「ん?」
久路人「白椿の花言葉って
何か知ってる?」
椿「まさか
何で?」
久路人「“完全なる美しさ”
“申し分のない魅力”だって」
久路人「椿にぴったりだろ?」
椿「──……」
椿「それは久路ちゃんにとってでしょ」
椿「マスターに言ったら
また噴き出されるよ」
久路人「っ…(笑って)」
椿「勉強熱心だな
何でそんなこと調べた?」
椿「それも主演俳優としての努め?」
久路人「違うよ
そんなんじゃない」
久路人「ただ 椿の名前だから
“好きな人の名前”だから──」
久路人「だから調べてみた」
椿「──……」
椿「久路ちゃんって本当…
少女漫画みたい」
久路人「(苦笑して)“少女漫画”?
どこが?」
椿「そういうロマンチックなこと──」
椿「恥ずかしげもなく
言ったりするところ」
椿「好きな相手に対しては
やたら真っ直ぐで──」
椿「“みんなの前”じゃ
恥ずかしがるくせに」
久路人「──……」
椿「ああ いや…」
起き上がって
椿「ごめん
そういう意味じゃ…」
久路人「いや いいよ
分かってる」
久路人「──……」
久路人も起き上がり、腰掛ける
久路人「矛盾してるように
聞こえるかもしれないけど──」
椿の顔を見て話す
久路人「自分が“同性愛者だ”ってことを
恥ずかしいと思うことはあっても──」
久路人「椿が好きってことを
恥ずかしいとは思わない」
椿「──……(久路人の顔を見つめる)」
椿M「お前はいつも…
どうしてそんなに
真っ直ぐなんだよ
いつだって真っ直ぐすぎて──
その瞳で見つめられるたび…
その言葉を投げ掛けられるたびに
まるで掴まれてるみたいに
胸のあたりが窮屈になる」
2-2
◯バー店内(夜)
マスター、『椿姫』の台本を繰りながら、カウンター席に座る椿と話している
マスター「へ〜え──」
マスター「こういうストーリーなのか」
椿「そう」
椿「娼婦とお坊ちゃまだって」
マスター「娼婦?(顔をしかめて)」
マスター「学校の文化祭でやるにしちゃ
刺激が強すぎるんじゃないか?」
椿「まさか──」
椿「そのままやるワケない」
椿「そこは適当に
マイルドに改変されてる」
マスター「あ〜…(なるほどと頷く)」
マスター「それで?」
マスター「椿が本当に
“椿姫の役”だったらって?」
マスター「だったら
娼婦役だったってことか」
マスター「存外 好演できたかもな(冗談めかして、軽く笑いながら)」
椿「なんで──」
鼻で笑いながら
椿「そこまで貞操乱れちゃいない」
マスター「はは──」
久路人「これ食べた?」
椿の隣席の久路人、椿に寄り掛かるように話しかける
椿「うん?」
椿「どうした?
どれの話?」
隣の久路人に問いかける
久路人「これ…」
椿「久路──」
名前を呼び掛けようとするも、後方にいた客に阻まれる
客「“貞操乱れちゃいない”って?」
椿らの後方に座っている客、酔いに任せてヤジを飛ばしてくる
椿「?」
ヤジを飛ばす後方の客に軽く振り返る
客「でも今晩は 隣のその子
持ち帰るつもりなんじゃないの」
椿「っ…(しょうもないと軽く鼻で笑う)」
久路人「……」
久路人もヤジを飛ばす客の方に視線をやる
客「でも
ぶっちゃけ釣り合ってない」
客「もったいないよ “隣の子”──」
客「“右の子”はなかなか
いないぐらいに可愛いけど──」
客「“左”は微妙
喋り方もなんだか女っぽいし──」
右側に座る久路人を褒める一方で、左側に座る椿をこき下ろす客
マスター「浅井さん──」
カウンター内から客を嗜める
マスター「飲み過ぎですよ」
久路人「……」
ヤジを飛ばす客の方を見ている
椿「──……」
背に飛んでくる客のヤジは無視して、正面を向いたままドリンクを飲んでいる
客「気を付けて 右の子
持ち帰られないように──」
客「“その程度の”で
“処女喪失”なんてしたら…」
椿「(客の方に振り返り)言っときますけど
俺はそんなつもり──」
マスター「浅井さん
もういいから ちょっと黙って…」
久路人「何なんですか
それ──」
ふらりと立ち上がり、客の方に向かっていく
椿「え…?」
マスター「…?」
唐突に立ち上がる久路人に驚くふたり
久路人「黙って聞いてれば
さっきから──」
久路人「しょうもないことばっかり言って──」
客「いや… 俺は…」
客「君のこと
悪く言ったわけじゃないよ…?」
久路人の様子にたじろぐ客
久路人「は?」
久路人「そんなこと どうでもいいでしょ
ていうか──」
久路人「そっちの方がよっぽどムカつく」
久路人「悪く言うな
椿のこと──」
椿「──……」
久路人の背中を見つめている
マスター「これ…!」
久路人の席に置かれているグラスを手にして
椿「え?」
マスター「(隣のスタッフに向かって)バカ!
何で酒なんか出してる…!」
スタッフ「え!?
すみません…!」
久路人「今すぐ謝って…
前言撤回しろ」
久路人「じゃなきゃ…」
椿「酔ってんのかよ…!
ヤバい──」
久路人「殴る」
客「はあ…!?」
さらに客に近付いていく久路人
椿「…!」
マスター「ちょっと…!
久路ちゃん!」
マスター「止めろ 止めろ!(スタッフを手で追い立てながら)」
椿「久路ちゃん!」
久路人を制止すべく、椿も久路人に駆け寄る
久路人「…あ──」
虚な目で唐突に動きが止まる
椿「え…?」
マスター「…?」
何事かと様子を見守る周囲の人たち
久路人「……」
変わらず無表情のまま突っ立っている
久路人「──!」
唐突にトイレに駆け込んでいく
久路人「うええええええ…!」
トイレ内から吐く声が聞こえてくる
椿「っ…」
やれやれとため息をつく一同
マスター「っ…」
客「何なんだよ…(呆気に取られている)」
* * *
◯屋外、路地の一角
段の上に座っている久路人、椿は久路人の前に立っている
椿「バカ」
椿「ああいうのは
無視しとけばいいんだって」
椿「俺だって別に
どうも思っちゃいない」
椿「酔っ払いの暴言なんか
どうでもいいって」
久路人「椿がどうでもよくても──」
久路人「俺がどうでもよくない」
椿「──……」
椿「…何でそこまで
ムキになるんだよ」
久路人「そんなの当たり前だろ
ムキになって──」
語気荒く反論する
久路人「好きなんだから」
椿「──……」
久路人「“好きな人”のこと
悪く言われたら──」
久路人「腹が立って当然でしょ」
椿「……」
椿「まだ酔ってるの?
そんな怒ってさ…」
しゃがんで久路人と同じ目線になる
久路人「…酔ってないよ」
久路人「ゲロと一緒にぜんぶ出た」
椿「っ…(鼻で笑って)」
椿「そんな…」
椿「そんな綺麗な顔して…
そんな汚いこと言うんだから」
久路人「──……」
久路人「嫌いになる?」
縋るような目で
椿「──……」
思わず久路人の目を見つめる
椿M「…そんなの──
小憎らしいほど…」
椿「……」
久路人の頬を軽くつねり、キスをする
久路人「──……(驚き)」
久路人「…え?
え…?」
久路人「今の…
え?」
久路人「俺のこと 好きになった?」
再び腰を上げた椿を見上げ、問いかける
椿「はあ?」
椿「っ…(鼻で笑って)」
椿「──バカ」
久路人を見下ろし、真顔で
椿M「分かってるよ
本当は気付いてる とっくの昔に
ついさっきゲロった口に
キスできるくらい好きだって──
君のこと」
2-3
◯バー店内(夕)
カウンター席に座る椿、隣には久路人が立っている
久路人「先日は…」
久路人「大変ご迷惑を
お掛けいたしました!」
カウンター内のマスター、スタッフらに向かって、勢い良く頭を下げる
スタッフ「全然 ちっとも」
スタッフ「お行儀よく ちゃんと全部
便器の中に吐いてくれたから」
マスター「すごい命中率だ」
椿「っ…(思わず笑って)」
マスター「こっちこそ申し訳ない
嫌な思いさせた」
久路人「いや 全然──」
久路人「それに…」
久路人「そのお陰で 晴れて
付き合えることになりましたから…(照れて、はにかみながら)」
椿「──!?(咄嗟に久路人の方を振り返る)」
マスター「おい マジかよ!?
聞いてないぞ!?」
椿「は?
違う──」
椿「別に“そんなこと”になってない」
久路人「え!?(思わず椿の顔を見る)」
久路人「じゃあ
この前の“アレ”って何だったの?」
マスター「“アレ”…?」
ふたりの会話を見守りつつ呟く
久路人「この前…
…キスしたのに」
久路人「なのに何で…?」
スタッフ「──……」
スタッフらも、ふたりの話の行方を見守っている
マスター「おい 言われてるぞ
キスしたのか」
椿「……(責め立てられて顔をしかめる)」
椿「したけど──」
椿「それだけだ」
椿「誰も
だから“付き合う”とは言ってない」
事もなげに反論する
久路人「…!?(驚きから顔をしかめる)」
マスター「お前… 酷い奴だな
キスまでしたのに」
椿「っ…(責められてたじろぐ)」
椿「はいはいはい…」
椿「じゃあ アンケート──」
カウンター内のマスター、スタッフらに目線を配りながら
椿「これまでにキスした人全員と
付き合ってきたって人は?」
久路人「……」
理解が追いつかないまま、その場の成り行きを見守る
マスター「──……」
スタッフ「──……」
静まるカウンター内
久路人「え…!?」
椿「?」
ほら見ろという具合に、久路人の方を見ながら肩を上げてみせる
久路人「皆さん…」
久路人「“最低”じゃないですか…!?(信じられないという風に)」
マスター「──!」
マスター「割と正論な上に…
そんなに真っ直ぐな目で言われちゃ──」
スタッフ「なかなか胸にくるものがあるな…」
久路人の純粋さゆえの批判に、意気消沈するマスターとスタッフ
椿「分かった?
こんなもんなんだよ」
久路人の方を向いて
椿「だから なにも
“キス”イコール“付き合う”じゃない」
久路人「ええ…(落胆と不満)」
椿「──……」
正面に向き直り、静かにドリンクを飲む
2-4
◯住宅街の道(夜)
ひとり帰路を歩いている椿
椿「──……(物思いに耽る)」
× × ×
(回想)
久路人「皆さん…」
久路人「“最低”じゃないですか…!?」
× × ×
椿「っ…(思わず笑って)」
椿「…どんだけ純粋なんだよ(笑いながら)」
椿「──……(真顔に戻って)」
× × ×
(回想)
久路人「じゃあ
この前の“アレ”って何だったの?」
× × ×
椿(何だったんだろうな?
俺にとって “アレ”は…)
椿(“事故”? “ほんの気まぐれ”?
ちょっとした──)
椿(“出来心”?)
椿「──……」
ふと足を止め、空に浮かぶ月に目をやる
椿「…そのどれでも ないよな」
ひとりポツリと呟く
椿M「なあ──
俺だって分かってる
分かってるよ
俺だって…」
椿「十分好きだよ
久路ちゃんのこと」
月を見つめたまま、軽く微笑んで
再び歩き出す椿
椿M「でも ごめん
俺にはまだない」
× × ×
(回想)
街中で手を繋いで歩けもしないことに対する憤りを吐露する久路人
久路人「俺は嫌だ そんなの」
久路人「“しょうがない”…
“普通じゃないから”って──」
久路人「そんな風に諦めて
生きていきたくなんかない」
× × ×
(回想)
学校の中庭にて、椿への思いについて語る久路人
久路人「自分が“同性愛者だ”ってことを
恥ずかしいと思うことはあっても──」
久路人「椿が好きってことを
恥ずかしいとは思わない」
椿「──……」
× × ×
椿M「その真っ直ぐさに
応えられる自信も──」
× × ×
(回想)
バーにて、久路人の思いを受け入れない理由について語る椿
椿M「ずっと“好きな人”でいてほしいから──」
椿「今以上に知りたくなんかないんだよ」
× × ×
(回想)
バーの客との口論後、久路人に問い掛けられる
久路人「嫌いになる?」
椿「──……」
× × ×
椿M「これから先
どんな君を知ることになっても──
受け止められるだけの自信も」
椿M「だってさ──
怖いだろ?
しんどいだろ? 痛いよな
きっと酷く疲れるし──
どうしようもなく傷付くことだって
たくさんあるよ
この社会で…
闘って──」
× × ×
(回想)
椿「男同士で手なんて繋いでたら
変な目で見られる」
椿「“こんなところ”で
手なんか繋いで歩けるわけない」
× × ×
椿M「──“人並み”に生きていくのは」
× × ×
(回想)
学校の中庭にて、久路人の劇の練習に付き合ってやる椿
久路人「何度だって
あなたという“最愛の人”に──」
久路人「僕は愛を誓う」
椿「──……」
× × ×
椿M「“最愛の人”と
誰より深い仲になるのも」
椿M「…だから ぜんぶ初めから
欲張ったりなんかしなければいい」
× × ×
(回想)
椿「仕方ないだろ
それが“普通の社会”なんだから」
× × ×
(回想)
椿「今以上に踏み込んだりしなければ──」
椿「死ぬまで
綺麗な思い出のまま取っておける」
× × ×
(回想終わって)
椿M「初めから諦めてしまえば
随分と楽だ
傷付くことも
無駄に心が乱されることもない
ずっとそうやって生きてきた
それでも十分楽しくて 気楽で…
こんな自分の人生
結構満足してたのに──」
川沿いの道、橋の欄干の上に腕を組み、月を眺めている椿
椿「──……」
椿「ねえ
何で?」
月を見つめたまま、独り言をつぶやく
椿「どうして?」
椿「どうして今よりも…
俺と深い仲になろうとする?」
× × ×
(回想)
バーの客との口論後
椿「……」
久路人の頬を軽くつねり、キスをする
黒「──……」
× × ×
椿「──……」
椿M「その先に踏み込んだら──
どんなことが待ってる?」
椿「教えてくれるの?
俺に──」
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