-トンの逆襲~夢ver.~-
この章は、恋愛の話をしよう-トンの逆襲-に関連するものです。
私はよく夢を見る。
もとい、よく夢を覚えている。
そして夢は、現実とリンクすることが少なくない。
予知夢と呼んでいいのだろうか。
私はこれを私の第六感として認めている。
夢は、私への警告だ。
初めて彼の夢を見たのは、まだ付き合う前だった。
以下、[]内は夢。
[舞台は彼の部屋。キッチンに並ぶ洗われた2組のお椀の存在に、違和感を覚えたらしい私は、どういうことかと彼に追及している。彼は、キャベツの千切りが無性に食べたくてお椀でドレッシングをかけて食べたと言う。冷蔵庫には残りであろうキャベツの千切りが、洗われていたお椀より大きな黒の漆塗りのお椀に入っていた。]
彼の部屋で、隣に彼がいる状態で見たその夢は、奇妙ながらもとても具体的だった。
私はそれまで、キャベツの千切りを特定できる夢を見たことはない。
目覚めた時、夢に出てきたキャベツの千切りが脳裏に焼き付いていた。
クルージングで出会ってから、私は彼に誘われるがまま彼とのデートを重ねていた。
デートの日の夜は、決まって彼の部屋に泊まる。
でも告白はない。
週に2日は会っていても、関係はまだ恋人ではなかった。
そんな中途半端な関係にジレンマを感じ始めた時に夢を見た。
クルージングから一ヶ月程経った時だった。
彼より先に起きた私は、さして深く考えずキッチンに行き冷蔵庫を開けた。
まだ眠気交じりの私の脳が、上段に置かれたステンレスのボウルを目にして一気に覚醒する。
恐る恐るそのボウルを手に取ってみると...
入っていたのは、紛れもなくキャベツの千切りだった。
機械的にキレイにスライスされたキャベツの千切りだった。
夢に見たあのキャベツの千切りだった。
予知夢みたいな自分の夢に驚いた。
それと同時に、私以外の女の存在をそこに感じた。
驚きか、疑心か、どちらの感情によるものかわからない興奮を抱えて、いつもは彼と一緒に出る部屋を、その日私は一人で先に出た。
年末には、彼から手紙をもらう夢を見た。
目覚めた私は、すぐさま彼にその夢の内容を報告する。
まさかあり得ないであろう嬉しい夢を見れたことで、少し興奮もしていた。
彼は字が下手だ。
彼のその体格と態度からは想像できないほど、小さくて情けない字。
彼自身、自分の汚い字にコンプレックスを持っていた。
だから、そんな彼から年賀状が届くなんて思ってもみなかった。
私が彼から手紙をもらう夢を見て彼に報告をしたその瞬間、彼はまさに私に年賀状を書いている最中だったと言う。
もはや偶然なんかではない。
私は彼に同調していた。
彼が食べたいと思うメニューを私は用意する。
彼が体調を崩せば私も寝込む。
彼が私を愛してくれたから私は彼を愛おしく思えた。
彼が太ったから私も肉が付いたに違いないのだ。
でも、価値観が違っていた。
もう随分前から気付いていたけれど、彼を好きだという気持ちで邪魔な違和感を掻き消した。
付き合っている間は両目を開いて、結婚したら片目を瞑って相手を見なさい、とよく言うけれど、私は既に片目でしか彼を見ることはできなくなっていた。
いや、もしかしたら盲目になっていたのかもしれない。
彼の望む女にならなければ私は幸せにはなれないのだと、彼とは似ても似つかわしくない自分の境遇を恥じていた。
彼と一緒にいることで胸に痛みを抱えた。
神経性胃炎。
彼との将来を夢見て、現実は見れていなかった。
自ら終わりを作り出したくせに、私は往生際が悪かった。
自分から別れを切り出しておいて、なぜもっと引き留めてくれないのとすがる私に、彼は今までと変わらず優しく接してくれた。
「(私の)夢は何?」
「俺とどうなりたいの?」
その場では何も答えられず俯く私を、彼は覗き込みながらこうも言った
「じっくり考えたら。それまで待つからさ。」
帰る時、私がエレベーターに乗るまで彼はドアを開けたまま優しく見送っていてくれていた。
彼とやり直せることに疑いの余地はなかった。
それから一週間後、私の夢に彼が現れた。
[カフェで彼が私に向かって語っていたのは、私と別れてからの彼の心境。
「俺やっぱり自分が一番だわ。自分がかわいいから、彼女がいるより独りの方が楽なんだよねぇ。」私と合わない理由についても言及していた。「更衣室でHした時にも興奮しなかったんだよね。お前相手には性欲を処理するってだけで興奮しないんだよ。」(くれぐれも夢である。彼と更衣室でシたことはない。)そして、友達の結婚式の招待状を見せながら「お前と一緒に行こうと思ってさ」と私を誘う彼。]
彼が一体何をしたいのかわからなかった。
起きてすぐに彼にメールした。
その日は土曜日。
朝に見ている夢が彼の心変わりを暗示しているようで、話すことに極度の緊張を覚えた。
そんな中、私は彼とやり直すのだという決意で彼に電話をした。
話を切り出したのは彼の方だった。
「こないだ考えるって言ってたけど、その考えはまとまったの?」
いつも大事な話の時は、電話ではなく直接会ってするというのが彼のスタンスだ。
しかしどうだ、彼は今、私の大事な気持ちを電話で聞こうとしている。
数日前までは何も触れずに、ただ食事に誘ってくれていたのに。
それまではいつも、他愛ない話だけで終わっていたのに。
タイミングが合わずに結局会うには至らなかったその一週間、ただやり直すことだけを考えていた私と土曜日の彼との間に明るい共通認識はなかった。
朝の夢が、私の決心を鈍らせる。
迷いながらも彼の住む街に向かう。
どう切り出そうか。
なんて言おうか。
やり直す方向での話を組み立てているはずなのに、朝見た夢が邪魔をして何一つまとまらない。
最寄りの駅に着いたと連絡した私を、外に出て待っていてくれた彼に笑顔はなかった。
いつもは私の希望を聞いてくれていたのに、メニューを選ぶ彼に私への愛情は感じられなかった。
「俺は話し合いに来たんぢゃない。お前の話を聞きに来たんだ。」
ここで止めておけば良かった。
いや、そもそも会いに行くべきではなかった。
完全に引き際を誤っていた。
食事も終わり、そのお店の人気定番のデザートを頼まないかと誘って断られた。
彼は無類のスウィーツ好きだ。
もはや私と一緒に食事をする時間なんて、彼にとっては無駄なことでしかなかった。
決していい流れではなかったけれど、意を決して彼に伝えた。
私と一からやり直してほしいと。
・・・。
・・・っ。
彼はのけぞって大声で笑った。
彼の本性を見た気がした。
私の知る彼の優しさは、純粋な思いやりからくるものなんかではなく、冷酷さからなせるものではなかったか。
「無理だよ!そんなに信頼されてないなんて思わなかったからさ。俺のこと信頼してくれてない彼女となんて付き合えないよ。めんどくせぇ。無理無理!」
・・・引いた。
もう彼に望むことはなかった。
彼との時間は楽しいものだったはずなのに、どれも色褪せて感傷に浸ることもできない。
クルージングで出会ってから週の半分を一緒に過ごしていた彼との時間が、全て夢だったのではないかと思えるほど現実味がなかった。
夢と現実の境がわからない。
[彼の部屋から彼と一緒に出る私。彼は私を待たずにスタスタ先に行く。エレベーターも待たずに彼は階段で降りて行った。私は一人でエレベーターを待つ。でも、いつまで経ってもエレベーターは来ない。彼も私を迎えに来ることはなかった。。。]
夢に出てくるのは、その人を想っているから?それとも想われているから?
きっとその両方だ。
私が彼を想い、彼の私への想いが私の夢に表れる。
[キャベツの千切り]は、私のあなたに対する懸念と、あなたの私に対するやましさ。
[年賀状]は、私の願望とそれに応えるあなたの誠実さ。
[欲情なきH]は、私の恐れとあなたの気持ちの変化。
[来ないエレベーター]は、私とあなたの歩みの違い。
私が唐突な別れを切り出しても、翌日には納得していた彼。
やり直そうとした私に無理だと拒絶した彼。
本当はその後も、彼からの連絡を待っている私と、そんな私に構わず振り返ろうともしない彼。
元カノとは連絡取らないって前々から聞いていたけれど、私にだけはという未練が私に頻繁に携帯を触らせる。
着信に「もしかして」と期待して飛びつかせる。
あなたは私のことをこうして思い出したりはしていないんでしょうね。
きっと今までもそうだったように、私が買った調理器具で料理を作る私ぢゃない女と、私が揃えたグラスでお酒を飲んだりしても、私のことなんて思い出さない。
あなたはそんな薄情な人だもの。
スマートだと思っていたあなたには、私があなたの部屋に置いた物は送ってくれることを望んでいるの。
新たに自分で買い揃えればいいものばかりだけど、捨ててもらっても構わないものだってあるけれど、どうしても諦めきれないのよ。
あなたの部屋に私の物があるというだけで、またそこであなたとそれらを使う日が来るのかもと心のどこかで思ってる。
でも現実の相手は私ぢゃない他の誰か。
ホントはそんなことどうだっていいのよ。
ただあなたにこうして連絡を取る理由があることが嫌なの。
あなたと「もしかして」なんてないことくらい分かってる。
私が一番良く分かってる。
付き合っていた間も別れを切り出した時も、やり直そうとした時も今でさえ、私の思いは行ったり来たり。
あなたには私はふさわしくないっていう被害妄想と、あなたに合わせる面倒さと、あなたと頑張ってみようという消極的な未来への展望と、あなたと一緒にいたいという欲望が交互に現れては、それぞれの想いを否定する。
今朝もあなたの夢を見た。
決して悪い夢ではなかったそれを、私は思い出せない。
ねぇ、あなたはいつまで私の夢に出てくるの。
当時の日記を見つけて、リライトしてみた。
彼との写真を見て、妹と気持ち悪がった。
彼と私が、若かりし頃の私の両親に似ていたから。
私に幸あれ。