-出せなかった婚姻届-
「誕生日おめでとう」
別れてから初めて祝った彼の誕生日。
灯されたロウソクの火を消すのは、これから私の役目。
彼はもう、この世にいない。
Mは、私の初恋だった。
そして、ハジメテの男(ひと)。
最初付き合ったとき、お互いハジメテ同士で中々うまくデキなくて、何度かトライしたけど気まずくなって一瞬別れたよね。
その間に、Mに男としての自信を取り戻させてくれたのは、同窓生の女。
近場で手ぇ出してんなよ。
Mの葬儀の時、20年ぶりに会ったけど、Mのハジメテを奪った女に未だ嫉妬していた自分に気付いたわ。
ヨリを戻して5年位付き合ったかな。
遠距離中にささいなすれ違いでお互い傷ついて終わってしまった。
大学を卒業して、私が保険の営業をかけた時、Mは頑なに断ったよね。
「俺が死んで金遺してもおふくろは喜ばんと思うもんね。親孝行は死んでからやなくて、生きとう間にするもんやと思うし。」
うん、たしかに香典返しの挨拶状でお母さん言ってたよ。
Mに家族で温泉旅行に連れて行ってもらって楽しかった、って。
でも、親より先に死ぬなんて、そんな親不孝していいの。
お母さん泣いてたよ。
Mもお父さんと同じことしちゃったね。
反抗期、荒れ狂ってお母さんを泣かせてばかりのMに、お父さんは言ったらしい。
「お母さんを泣かせるな」
Mのお父さんが亡くなったのは、それから間もなくのこと。
泣き崩れたお母さんの姿を見てMは思った。
「・・・お前が一番おふくろを泣かせてんだよっ!」
Mは覚えているだろうか。
今は一緒に寝ているお父さんと和解することはできただろうか。
Mにプロポーズされたのは、私が地元に戻ってきて半年ほど経った時だった。
この時、既に、Mはバツイチ。
またMの一番を逃した。
そう思った。
Mならホントになんでも知ってるから気兼ねないし、付き合っていた頃に散々恋愛相談に乗ってくれた地元の友人たちも祝福してくれるだろう。
東京で10年ぶりくらいに再会してからのMの気持ちは、妹を介して聞いていた。
「やっぱり俺はお姉ちゃんが一番好きやもんね」
・・・なんで他の女と結婚しちゃうかなぁ。
前の奥さんと過ごした家に住むのは嫌だった。
私が一度もしていない結婚生活を、既に経験済のMのことが赦せなかった。
その頃の私は、行き遅れた女の一人でしかなく、仕事にもプライベートにももちろんお肌にも全然ハリがなくて、Mの知っている私ではなかった。
Mの好きな私ではなかった。
待ち望んでいたはずのプロポーズも、快諾なんて縁遠く、お互い積極的に押すも引くもせず疎遠になった。
ねぇ、M。
私もバツイチになったんだよ。
再婚同士でいいぢゃない。
結局落ち着くとこに落ち着いたね、って笑い合って飲もうよ。
「お前のこと、幸せにできるのは俺だけやけん」
得意のドヤ顔で、私を呆れさせてよ。
実家の押し入れの奥には、学生の頃にMからもらったリングもあるよ。
あの時書いた婚姻届、まだ使えるかな?
Mは、私に似た女の子がいいって言うけど、私はMに似た男の子が欲しいな。
・・・人は、いつ生まれ変わるのだろう。
Mが次に誕生するのは私からであってほしい。
Mに似た男の子。
そして、Mに親孝行してもらうのだ。
・・・まずは誰かと出会わなきゃ。
私に幸あれ。