2023年9月25日(月)22時より櫻坂46の7thシングル「承認欲求」のMVがプレミア公開された。
冒頭で眼鏡を踏む森田ひかる。
過去(今までの自分)からの脱却か。
Startover!からの地続き感があり今作は前作では1登場人物だった少女の物語とも読み取れるし、俯瞰的に見れば櫻坂46が新しいフェーズに入ることへの暗喩なのかもしれない。
冒頭の歌詞での、「聖徳太子か!」って本当に好き。
固有名詞出すのは聴く人のイメージを一致する効果があると思うし、なにより秋元先生色が強すぎて唯一無二感がいい。
櫻坂46を聴いてる意味がある。
世界はいつも騒々しい。
この楽曲の主人公は第三者目線で世の中をみる。
歌詞の1番では俯瞰的に物語は描かれていく。
(ジャン ジャンってなんだろうって思ったけど英語字幕では普通にjump jumpだった。)
不安連呼の音ハメが気持ちいい。
ここは主観っぽい歌詞な気がする。
主観と客観が交互にくる二律背反な感じが若さを表しているのかもしれない。
(作曲者もアンビバレントの人だし、、、)
「君は君でしかないだろう」
ここに全ての歌詞が収束すると思う。
この楽曲の主人公は知識としての答えは知っている。
俯瞰的な目線で世の中の風潮に物申しているのではなくて
結局は自分の内面での話で葛藤の歌詞なんだと思う。
「自分という特別な存在にいつになったら気づいてくれる?」っていう歌詞は2パターンの読み方ができると思う。
1つは、俯瞰的な人の目を気にしないで生きることを促す目線ともう1つは、主観的な人の目を気にして生きる目線。
集団的にずっと孤独。
この言語化は凄い。
ずっと主観的に続く歌詞に最後に知らん連呼の自己否定。
ここにはエネルギーがある。
(歴代のダンスが出てきて凄い好き)
それは被害妄想というものだ。
この歌詞は秋元康哲学全開だ。
「今を生きろ」をキーワードに
他人の目線ばかり気にして勝手に不幸ぶってるだけでは何にも始まらないと謳う。
(愛を 愛を=I want I wantなのかな)
「私ではない私が暴走する」
この楽曲のテーマであるこの言葉。
私ではない「私」とは、厄介なものなのか。
理想的なものなのか。
その狭間で揺れ動く価値観。
葛藤という試行錯誤を繰り返し前進していく。
新たなフェーズに移行しようとする櫻坂46の物語としてこの楽曲の集大成的な要素と物語の途中的要素の両立はタイミング的にピッタリだと思う。