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プログラムディレクターコメント 米原晶子

「Performance Residence in Museum」は、コラボレーションワークや地域との関わりを通して、表現の〈越境〉や〈拡張〉に意識的に取り組むアーティストの実験的な創造活動を支援するアーティスト・イン・レジデンス(AIR)プログラムです。このプログラムコンセプトは、2000−2010年代にジャンルを問わず実験的なパフォーマンスが次々と上演された東京都内のオルタナティブスペースが2020年前後に相次いで閉館し、若手アーティストの試行を支える場が減少したことへの危機感に起因しています。そこで1986年の開館以来、美術館の空間と呼応するような多様なパフォーマンスを上演してきた世田谷美術館で、これまで以上にじっくりとアーティストが空間や美術作品に向き合い、また美術館で働く人・美術館に訪れる人との対話を通じて、自身の作家性や表現手法を見つめ直すこと、アーティストと滞在中に出会う人々が互いに学び合う時間となることをこのプログラムでは目指しています。

3年目の滞在アーティストである涌田悠は、短歌を詠むダンサー/振付家です。文芸誌で短歌を発表し、劇場ではダンスを発表していますが、体を動かすことで短歌が生まれ、思考や感情を凝縮した短歌によってダンスを生み出しています。近年は音楽家とのコラボレーションや演劇作品への出演などにも精力的に取り組んでいますが、これまで舞台美術や美術分野とのコラボレーションは経験がないということでした。上演芸術以外の芸術に触れることで、どのような気づきがもたらされるのか。それが滞在開始前に、私が一番関心を持っていたことです。

涌田は自身が滞在前に設定したテーマの中の「日常生活とアート/アーティストと鑑賞者のあわい」という表現に滞在途中から違和感を感じ、「様々なものが“まだら模様”のように混在しているふっくらとしたアート」へと表現を変容させました。滞在中にどのようなことが起きたのか、はプログラムコーディネーターによる滞在日誌涌田本人によるテキストにつぶさに記録されていますが、世田谷美術館において様々な美術作品に触れたことや、美術館に集う人々との対話からそれぞれの人生の厚みや変遷に心動かされたことが大きく影響しているのではないかと感じます。そして何より世田谷美術館と共に在る豊かな自然の中で、人間や芸術について思考せずにはいられない時間を経て、涌田は物事を対立軸や比較対象として捉えるだけでなく、複雑に絡み合い影響し合っている様をじっくりと味わうことの喜びに気づいていったように思います。

15日間の滞在中に、涌田はのべ30首を超える短歌を詠み、世田谷美術館を楽しむための「短歌MAP」とダンス作品『縁のない』を発表しました。短歌MAPは短歌と世田谷美術館を身体で味わうヒントが記されたもので、紙媒体で短歌を発表する際や劇場空間でのダンス公演では見えづらい、もしくは敢えて見せない、言葉と身体が相互に影響し合う涌田特有の創作プロセスを包み隠すことなく差し出した、新たなチャレンジであったと思います。『縁のない』は、世田谷美術館で一番大きな樹の下で、そこに居合わせた人とその樹の形をなぞることから始まり、庭園部分からエントランス、講堂で繰り広げられたパフォーマンスは、事前予約制の定員を設けた上演でありながら世田谷美術館を訪れた人々や動物たち(上演中に散歩中の犬が涌田に引き寄せられてくるような場面がありました)にとっては、ゲリラ的な行為のような側面も持っています。どのような上演であったか、そして記憶に残るシーンや美術館空間は、上演を目撃した人それぞれに、全く異なる視点で受け止められたのではないでしょうか。世田谷美術館の滞在で得た感覚をわかりやすい言葉で説明するのではなく、「様々なものが“まだら模様”のように混在しているふっくらとしたアート」と表現した涌田らしい上演でした。

最後に、涌田が滞在中の活動について「旅」という言葉を何度も用いていたことにも触れておきたいと思います。オープンデーで実施したワークショップのタイトルも「からだとことばで世田美を味わう!〜日常とアートが混ざり合うところを巡る旅〜」というものでした。日常生活を離れて、自身の生活とは異なる土地の風土や文化に触れる旅のような時間をアーティストが過ごし、自身の活動に活かしていく。そのためにアーティスト・イン・レジデンスはあるのだと、旅を終えた滞在アーティストの言葉から、私自身も改めて強く実感しています。

テキスト:プログラムディレクター 米原晶子(NPO法人アートネットワーク・ジャパン)
写真:加藤甫

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