シビュラシステムの変遷と今後。4期以降を考察する!(今後の鍵は2期に)
こちらのnoteを動画にしたものもあります。
シビュラシステムの変遷と今後
PSYCHO-PASSシリーズに登場する包括的生涯福祉支援システム「シビュラシステム」がこれまでどのように運用されてきたのか。そして1期〜3期を経てどのような変化を、選択を迫られたのかまとめたい。
そして、4期あるいはそれより先の、社会の変化や、人のあり方の変化を考察していこうと思う。
(※なお、PSYCHO-PASS全シリーズの重大なネタバレを含むため、閲覧には注意が必要。)
「シビュラ」の運用とその正体
PSYCHO-PASSシリーズ(1期時点で2112年)の世界では、すべてがシステムによって管理されている状態が描かれている。 “犯罪係数” が測定され、社会に害を与えると判断された者たちは隔離してメンタルケア、もしくは排除されるため、そうした「潜在犯」は犯罪を犯す前に対処されることとなる。
しかし、そのシステムの正体はAIでも機械でもなく、 “犯罪係数” の測定できないイレギュラーな人間の脳を並列に繋ぎ合わせ、データを処理する “超知能” であった。
そのイレギュラーは「免罪体質」と呼ばれており、彼らは「一般の倫理や常識に囚われない価値基準を備えている」者たちだったのだ。
「免罪体質者」はその特性から、常人には理解出来ないような物の考え方をするので、システムに取り込むことでその思考がより柔軟になるということらしい。
〝完璧〟なシステムであるために
《1期で問われたもの》
シリーズ1期では「シビュラシステム」がどのように〝完璧〟であり続けているのかが語られた。
自分たちの裁くことの出来ない例外「免罪体質」が存在することは、システムの完全性を損なう。そこでシビュラシステムがとった方法は、先ほどの話にもあったように、その例外を自分たちに取り込む、裁く側に回らせる、というものであった。この方法によって全ての人を裁くことが出来る状態を保っているのだ。
槙島聖護は免罪体質者の中でも極めて特別な思考を持っていたためシビュラからも執着されており、ドミネーターによる執行(排除)ではなく、「保護」することが優先とされた。
ということで、シリーズ1期では「シビュラシステム」の裁くことが出来ない例外の存在をどうするのか、どのようにシステムは〝完璧〟であり続けるのかが問われたわけだ。
《2期で問われたもの》
続いて2期では、個人ではなく集合、集団に対する裁きが語られた。
鹿矛囲桐斗という人物は、ある航空機事故の後、200人程の人間の臓器を繋ぎ合わせて作られた人間であったが、それゆえ個人としてシビュラに認識されず “犯罪係数” の測定すら不能であるというイレギュラーであった。
鹿矛囲桐斗は〝個人〟ではなく〝集団〟であり、彼を裁くということは、シビュラにとって非常に大きな危険を招くこととなる。
シビュラシステムもまた〝集団〟であったからだ。鹿矛囲桐斗がシビュラに突きつけた問いは2つ。『(集団としての)僕を裁くことが出来るか?』ということ、また『シビュラはシビュラ自身を裁くことが出来るか?』ということである。そしてこの2つの問いは同義であるとも言える。
鹿矛囲桐斗に施された脳や臓器の多体移植手術の特許は、シビュラシステムを作った技術、多数の脳を繋ぎ合わせる技術と同じものであり、彼は肉体的にシビュラと似た存在であったのだ。
鹿矛囲桐斗を裁くことを認めるならば、〝集合的サイコパス〟を同時に認めることになり、それは「個人としては犯罪係数が低くとも、集団として犯罪係数が高ければ裁かれる」という社会が到来することを意味する。
2期の結末として、シビュラは鹿矛囲桐斗を裁くことを認め、同時にシビュラ自身を裁くことを認めた。
シビュラは自身の〝集合的サイコパス〟を高める要因である脳を削除することにより、集団としてもクリアであり続けたわけだが、この選択が今後のPSYCHO-PASS社会に大きな影響があることは間違いない。
システムを盲信するのか?
シリーズ3期は、1,2期とはガラリと雰囲気が変わった。これまで鎖国していた日本が開国政策を行い、社会は変貌した。
そして問われたテーマも大きく変化した。1,2期ではシステムへ向けられていた問い(作品のテーマ)が、今度は人に向けられることになる。
「システムが全てじゃない。」
3期(2120年)で新たに着任した慎導灼(シンドウアラタ)、炯(ケイ)・ミハイル・イグナトフ監視官の決め台詞である。この言葉を掲げるものが色相(犯罪係数)をクリアに保っている、しかも監視官になっていることには驚きを禁じ得ない。
これまで、シビュラシステムに疑問を抱く要因や、疑問を抱く者は排除されてきたことがシリーズを通して語られてきた。例えばPSYCHO-PASSの世界では「歴史」の授業が基本的には存在しない。シビュラ以外のシステムが存在する可能性があったことを、国民に認識してもらっては困るからだ。
しかし、そんな絶対支配の独裁システムが「システムが全てじゃない」や、「ドミネーターの引き金を引くのは人間だ。人の生き死にはシステムの言いなりで決めるべきではない」などと主張する人間を、公安局刑事課の監視官として置いている。
全く不思議で仕方がないが、この辺りは4期以降で、シビュラシステムの変化(2期から3期までの空白の年月)が語られることを願うばかりだ。
(※慎導灼については免罪体質という性質上、簡単に排除できないという側面はある。)
いずれにせよ、「シビュラを本当に受け入れるのか?」「システムを盲信して何も考えないままで良いのか?」ということが人間に、そして我々視聴者にも問われた3期であったし、その疑問は波紋となって広がりつつあるように思う。
罪なき人々を裁くのか?(3期)
また、新たな犯罪に対してのシビュラの対応も問われた。3期ではビフロストという組織が、シビュラに裁くことが出来ない犯罪を創造していた。
何故裁くことが出来ないのか。それは、犯罪に使われた人達が知らず知らずのうちにその一部を担っていた、部品として機能していたので、本人達は自分が何をしたか理解していないからだ。だから犯罪係数も上がらない。システム上は罪のない人達を裁けるのか?という恐ろしい問いである。
そして結局その答えが出ることはなかった。集合的サイコパスを適応するのだろうか?
ラウンドロビンとシビュラ
3期ではビフロストという組織が登場した。そこでは併設型自動デバック診断修復サブシステム「ラウンドロビン」というシステムを使い、進行中の事件の結末予想のようなことを、賭け事としてコングレスマン達が行っていた。
ただ、このラウンドロビンやビフロストが何を行っていたのかは詳しく明かされておらず、推測の域を出ない。シビュラもビフロストの存在を最初から知っていた様子だったし、なによりビフロストという敵組織がシビュラシステムと同じ建物内にあったことにも大きな疑問がある。
映画「THE FIRST INSPECTER」のラストでは、ラウンドロビンはシビュラシステムによって吸収されており、その役目を終えたが、今後シビュラがどのように変化していくのかは読めない。
シビュラシステム確立以前
おそらくラウンドロビンというシステムは、シビュラより前か同時に開発されたシステムのひとつだろう。なぜなら、シビュラの運営下でそのようなシステムを考案・作成することは不可能に近いからである。
様々なシステムが今後の社会を担うための競争をしていて、その混乱の時代は「地獄の季節」と呼ばれたことがシリーズ2期で語られた。
人々の行動や経済活動などあらゆるデータを管理するシステム〝パノプティコン〟である。
元ネタはジェレミー・ベンサムの囚人監視システム。ご存知の方も多いだろう。このパノプティコンと名付けられたシステムは、膨大なデータを扱うことで犯罪を未然に防ぎ、最適な生き方を提供するという、運用としてはシビュラに近いものだった。
しかし、試験的に運用されていたパノプティコンに次々とエラーが発生。交通事故が多発する。そして、そのエラーや事故は、シビュラの時代がやって来るよう権力者たちによって仕組まれていたということも語られていた。その混乱の時代は「地獄の季節」と呼ばれている。
また、パノプティコンについては、ラウンドロビンの形が似ていることにも注目しておきたい。もしかすると、パノプティコンが形を変えたものがラウンドロビンなのかもしれない。
〝ポスト・シビュラ〟の時代
常守朱によって徐々に追い込まれているように見えるシビュラシステムであるが、今後シビュラが崩壊する展開は有り得るのだろうか?
シビュラが崩壊したとしたら、先ほど書いた「パノプティコン」のような監視システムに立ち返るのか?あるいは、シビュラは改良され、矛盾を克服し、完璧なシステムとして今後も続いていくのか?
また2期の最後で導入された〝集合的サイコパス〟が拡大して、社会全体のサイコパスが測られる時は来るのだろうか?2期の11話にて、
とあったので、それが実現する日は来るだと個人的には思うが、そういった辺りは、4期以降の展開として期待したい。
《シビュラの電源を落とす日》
今後の展開において重要になってくるであろう台詞を引用したい。1期のラスト、常守朱の台詞。
こうまで言ったからには、ぜひ回収して頂きたい。またその他の台詞を見ても、
というように、PSYCHO-PASSという作品はシリーズを通して〝人が自らの意思で行動し責任を負うこと〟に対して肯定的であるように感じるわけである。
システムに全て委ねるのではなく、我々は意思を持ち、考え、悩み、決定していくべきであるということ。これが重要であるというメッセージ、作品のテーマが揺らぐことは無いだろうから、4期以降にシビュラの崩壊がやって来ることは有り得ると考えている。
シビュラと公安局の “異変”
最後にある “異変” について述べ、このnoteを締めくくりたい。
3期において、シビュラがイレギュラーな人材を公安局刑事課に置いているということは先にも述べたが、その他にも “異変” は起きている。それは公安局の(元)局長、禾生壌宗(カセイジョウシュウ)、あらため細呂木晴海(ホソロギハルミ)である。
公安局の局長は1期〜2期まで禾生壌宗が務めていた。局長の正体は、シビュラシステムのうち任意の1名を全身義体の中に組み込み、必要に応じシビュラ本体とコンタクトを取る機械である。そういうわけで、これまで何度死んでも別の個体に乗り換え生き続けてきた局長だか、何故か3期以降は細呂木という別人が務めている。
この細呂木も禾生と中身は同じなので、死んでも同じ義体(アバター)に乗り換えば良いだけのはずなのに、何故わざわざ別人になる必要があったのか。
これは長くなってしまうので、また別のnoteで書きたいと思う。
ともかく、2期から3期までの空白の期間に起きた重大な事件によって、シビュラや公安局に多大な影響があったことは確かだ。
シビュラが変化を迫られる、社会が疑問を抱き始める、という流れが生まれることは、「シビュラのない世界」に向かっていく大きなきっかけとなるだろう。今後の展開に期待が高まる。