爆弾きのこ
公園の横を通り過ぎたとき、ベンチに座り私に手を振っている女性がいる。乱視で女性の姿がおぼろげにしか見えないが、夫の弟の奥さん、日和(ひより)美(み)だとわかる。
ストレートの髪を肩よりも長く伸ばし、年甲斐もなくミニ丈のワンピースを着ている。
「友梨さ~ん、待っていたのよ。お話ししたいことがあって」と、甘い声を上げた。
一週間前にも、公園にいる日和美から呼び止められた。
「お義母さんが、昨日、訪ねて来たの」
目をくりくりとさせ、甘ったるい声で話し出した。まるで、日和美は友梨さんの味方よ。これから話すことは友梨さんのことを思って話すの。
そんな雰囲気を漂わせていた。
「お友達とランチをしながら久し振りでお喋りしてくるわ」と、昨日、姑は出掛けた。
あの言葉は嘘だったのだ。
「うな重を買ってきて、一緒に食べましょう、って。松、初めて食べたわ。ウナギが2段になっていたのよ」
「まあ、良いわね。結婚して20年以上になるけれど、お義母さんから、うな重をご馳走していただいたことないわ」
「気を悪くしないで聞いてね。実はね。友梨さんのことをガメツイ人だと言いに来たのよ」
日和美は肩をすくめた。
「毎月、年金の中から食費を払っているのに、今月は2万円下さいと言われたって」
日和美の話を聞いていたらめまいがしてきた。
「酷いわ……。お義母さん、しょっちゅう、トイレットペーパーを詰まらせるのよ。たくさん使いすぎなの。その度に『ラバーカップすっぽん』で私が取り除いているの。お義母さんは知らん顔。テレビを観ながらお茶を飲んでいて、いつも、われ関せずなの」
日和美に説明しながら腹が立ってきた。
「今回は詰まっただけでなく、水が溢れて業者にお願いして直してもらったの。紙おむつでも流しましたか? って業者の人に言われたわ。トイレットペーパーではこれほど酷い詰まりにはならないって」
「まあ、お義母さん、そんなこと、一言も言っていなかったわ」
それは酷いわね、と同情するように、日和美は両手を頬にあて、頭を左右に振った。
「夫と話し合って、お義母さんに2万円払ってもらうことと決めたの。夫が説明して、お義母さん、納得したと思っていたわ」
日和美は人差し指を目の前に立てて、「納得していなかったようよ」と左右に振った。
「お義父さんが建てた家に、ただで住まわせてやっているのに、と腹を立てていたわ。2万円も請求されたって」
「あの家、立てて40年にもなるのよ。お義父さんが亡くなって20年。外壁と屋根のリフォームなど、私達がしているのよ。お義母さんのせいで予定外の出費だったのだから、2万円くらい負担しても良いでしょう。日和美さんにそんな言い方していたなんて、悲しくなるわ」
「まあ、お気の毒。長男の嫁は大変ね」と日和美は私の手を握りしめた。
日和美と会った翌日のこと。
「友梨さん、あなた、私の悪口を言って歩いているようね」
姑から鋭い目で睨まれた。
日和美はご機嫌取りのために私から本音を聞き出し、姑に告げ口をしたに決まっている。
手を振っている日和美を無視して通り過ぎるわけにもいかない。
話には乗らずに、はぐらかしてやるのだと心に誓う。
日和美の座っているベンチの下に茶色い物がある。
ゴミかしら?
気付かすに座っているのかしら? と、可笑しくなった。
日和美は私の笑い顔を見て、気をよくしたようで、早く早くと手招きをしている。
近づくにしたがってゴミではなくマッシュルームのようなきのこが生えているのが見えた。
傍らに落ちていた棒を拾って、日和美には気づかれないように後ろ手に持って近づきベンチの後から、きのこを突いた。
茶色い菌糸が煙のように出てきた
。日和美の足が菌糸まみれになっている。
正式にはホコリタケと言うらしいが、子供の頃「爆弾きのこ」と言っていた。
手榴弾にして日和美に投げつけたらスッキリするだろうと思いながら、きのこを棒で突き続けた。
了