拝啓 渋谷豚松先生②
子供たちは、先生のオレンジ色の墨汁で書かれたお手本を見て、自分の半紙に筆を落としていく。
先生は面白い方ではあったが、同時にとても厳しかった。もちろん怒ることもあった。けれども、子どもたちがふざけてしまう時の指導法は少し変わっていた。
小学生男子はだいたい一人や二人は、ふざけがすぎる。元気が有り余っているのだろう。そういう時、先生は突然立ち上がり少年にプロレス技をかけた。そして少年はズボンを半分下ろされて、先生に墨汁でお尻に丸を書かれる。私はそれを初めて見たとき、衝撃すぎて言葉を失った。そして
「絶対、あんなふうになるのはいやだ!」と思った。
お尻に○を書かれるくらいなら、と思うと真面目にできた。どんな動機だ。
しかし、きっと今でも緊張するだろう。
そして真面目に文字を写した後、添削してもらうために先生の机の前に正座をして、待つ。オレンジ色の線が文字を直していく。
そして、とてもうまくかけた時。先生は大きな花マルをくれる。半紙に大きな花マルがる描かれたとき、とても嬉しかったのを覚えている。花マルの美しさもそうだが、先生が書いてくれるイラストが面白いのだ。
そのイラストは動物の絵だった。しかし、普通の動物ではない。
「鼻」が「ブタ」になっているのだ。
筆で描く鳥獣戯画のような雰囲気で、豚の鼻のついたウサギが描かれる。そこには「ブサギ」と書かれている。
ヘビに豚の鼻なので「ブビ」
リスに豚の鼻で「ブス」
その豚の鼻ののつけられた動物はとてもかわいらしく、ネーミングのバカバカしさが子供達の心を大きく掴んだ。そしてそれを大事にカバンにしまって集めていた。
あれはもう捨ててしまったんだろうけれど、もう一度見たかったなあ、と強く思う。
昨今は、子供を叱ったり強く指導する事がタブーとされている。先生の指導法は、今の視点から良いとか悪いとか判断するとかなり難しいが、子供の頃の変わった大人というのは、ある種のメンターになったりするのかもしれない。
人を笑わせたり、教えたり、伝えたり、同じ目線に立ったりすることは才能なのだ。
今の私は先生くらいの年齢なのかな、と思う。だからなんだ、と言うことではない。ただ、たまにふと、思い出すとクスッと笑ってしまう。そしてピリッともする。
私の心の一部になっている、渋谷先生や鼻だけがブタになった動物を、宝物のように思っている。
先生ありがとうございました。