贅沢寿司
2024.2.20
自分の誕生日から10日経った頃。
正確には9日の夜。
私は仕事終わりに職場の近所にある立ち食い寿司屋にいた。
それというのも去年、友だちとちょっとお高めの回転寿司屋さんに行ってからお寿司の美味しさに目覚めてしまったのだ。
それまで美味しく楽しく何度も足繁く通った思い出溢れる◯ら寿司、かっ◯寿司、ス◯ロー。それらを3回我慢すればちょっと高級寿司に行けることに気付いてしまった。
チェーンの寿司屋よ、今までたくさんありがとう。私は大人の女になりました。とでも言わんばかりに本当に美味しい寿司を食べると浅はかな人間は易々と鞍替えしてしまうのである。
誕生日月だしー
30歳って節目っぽいしー
人が握るお寿司はおいしいしー
このくらいの贅沢はいいよねー
なんて考えながら締めのトロたく巻きを注文する。
大将に「大葉、いれますか?」と聞かれ
「(もちろん満面の笑みで)お願いします。」と答える。
大葉の緑、たくあんの黄色、マグロのピンクと赤のグラデーション。それらが酢飯の上に乗せられた。
綺麗に整列した具を簀巻きで一気にぎゅっとする。
大将の手の動きやお弟子さんのフォローする仕事振りは見ていて気持ちが良い。
目の前に出されたトロたくをひとつ頬張って口元がにやける。
この美味しい時間が終わり、明日を迎えたらとうとう家のローンのお金が振り込まれる。
不動産契約は終えているがお金を払っているわけでは無い状態なので自分のものという感覚はまだ無い。
とうとう明日かぁ
これが最後の贅沢寿司かもしれん…
この時になっても私は寿司の事がメインの頭になっていた。
実に阿呆である。
今すぐに酢飯の桶に顔を突っ込んで押さえ付けてもらった方がいいと未来の私が言っているのが分かる。
だがしかし。
謎の安心感、もとい期待感もある。
そもそも1人で美容室を経営する事がしんどい事は最初から分かっている。
分かっていてやってみたいと思う事、行動できる事がそもそも贅沢なのでは無いのか。
そうか。
私はこの先一生、この贅沢な感覚で生きられるのか。
有り難いなぁ。
阿呆の良いところはこういう時に開花する。
「大丈夫、なんとかなる、なんとかする」
が、最近の口癖になっているのは無意識のうちにこの贅沢を味わえる事がわかっていたからなのだろうか。
翌日、母と銀行に行き、諸々の手続きが終わった後、私の口座に見たこともない数字の羅列が並んだ。
口の中で昨晩のトロたく寿司の味が思い出されるのであった。