いつも夜
急性期病院での記憶はほぼ夜だった。
薄暗くした部屋に置かれたベッドに横たわって私の腕から伸びる点滴などの管をじっと見ていた。
頻繁にエラー音が鳴りその音が耳についた。
眠くはない。が、この音がうるさくて気持ちが落ち着かなかった。
看護師さんが音を止めてくれるんだけど、看護師さんが部屋を出ていくとすぐにエラー音が鳴り始める。
ずっとこの繰り返しで私のイライラもMAXになっていた。
また鳴ってる
なんで止まらんのやろ
というか、こんな鳴ってばかりいるものを使ってなきゃいけないのだろうか
いろんな思いが心をよぎる。
夜だからちゃんと寝てねと言われるが、うるさくて眠れたもんじゃない。
かなり長い時間エラー音が鳴った後(私にはそう感じられた)看護師さんが現れて、あんまり動かないで〜って言われた。
動いてないのに…
どこか納得できないまま看護師さんを見送るとしばらくしてまたエラー音が鳴り出した。
また鳴った…
うるさい……
こんなのつけてるからピーピーなるんや
そして私は腕についてた管を引っ張って外した。
次は…これ…
とにかく私の体に繋がってる管を全部引き抜く。
もううるさく鳴るものもない。
と満足してた。
この時引き抜いたのは点滴と導尿の管。
もちろん怒られた
記憶にはないけど。
翌朝家族が見舞いに来た時に説明さられたらしい。繋がってた管全部引っこ抜いたから拘束させてもらったと。
記憶には残ってないが私は相当騒いだいたらしい。拘束が嫌で離せ、やだぁ、離して!!と大騒ぎしつつ抜け出そうと動く左手を盛んにジタバタさせていたらしい。
管を抜いた記憶はある。
が、その直後からの記憶は何もなかった。
拘束された記憶もない。
家族が来た記憶もない。
記憶があるのはまた夜。
エラー音の聞こえない静まり返った部屋。
いつも一緒に寝てたモッちゃんがいない。
どこいったんやろ。
このお部屋…
いつもの夢?
何度も繰り返し見る夢。
病院らしきところでベッドに寝てる夢。
左手には出入り口があり、そこを出ていくと病院の玄関口がある。どこからくるのか看護師さんが入ってくる。なぜか繰り返し見る夢。
ただ、実際はその入り口の外は廊下になっていたのだけど、夢のイメージが取れなかった。
なんで私ここにいるんだろ
私、何してるんだろ
なんでみんな寝てるんだろ
静かだなぁ
誰もおらんのかなぁ?
色々考えながらただ時間が経つのを待つ。
見回りに来た看護師さんと目が合う。
起きとるん?
眠れんの?
私は返事をすることもなくふぃっと目を逸らす。
この時は看護師さんはいつも怒っている印象しかなかった。何をしても怒られる。怒らないのはちなっちゃんだけ…
ベッドに寝転がり動かない右手を触る。
眠れんがやったら右手を左手でグーパーさせたりして動かしとかれ。今は何言われとるかわからんかもしれんけど、固まってしまったら後で大変やからわからんでいいからちょっとの時間でもあったら動かすんやよ。
もう誰に言われたかも覚えていないけど、言葉だけはずっと記憶に残ってる。なんのことを言われてるかもわからなかったけどとにかく動かせといわれたことを言われた通り実践してた。
左手で右手を閉じたり開いたり、チョキ作ってみたり、12345と指折りさせてみたりとにかく動かした。
そんなことをしばらく続けるとふっと頭の中に愛犬の姿が思い出される。いつも一緒に寝てるのにいない。
犬がいないと探し出す。
夜中だというのにモッちゃんがいない。モッちゃんどこ?モッちゃん、モッちゃん。
みんな寝てる時間だとか関係なしに騒ぐ。
あまりの騒ぎに看護師さんがくる。
どうしたの?
モッちゃんおらんの。
モッちゃん…
モッちゃんって誰?
モッちゃんは私の犬だよ。
病院に犬はいない…
家族さんがちゃんと面倒見てくれとるよ。
だってモッちゃん…泣
大丈夫やから落ち着いて寝られ。
明日家族さんきたらモッちゃんの話聞こう。
この頃の私には夜という概念はなかった。
もちろん昼もない。
目が覚めてる時が活動時間。
昼夜逆転した迷惑な患者だった。
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