#31 白石酒造・天狗櫻は、音楽が聴こえる
2024年、今年はどんなお酒よりも焼酎を飲んだ一年だった。
特にその中でも、ずっと訪れたかった鹿児島・白石酒造で目の当たりにしたことは、訪問から数ヶ月経った今でも強烈な印象として残っている。
実は10月に訪れてから、何度もこのnoteを書こうと思っていたものの、自分が白石さんから聞いたこと、見たものを上手く書ける気がしなくて、ずっと寝かせていた。正しく、表現できるのか?その自信がなく、怖かった。
だから、このままにしておくことも考えたが、今の未熟な自分が見たこと、感じたことを初期衝動としてアーカイブにしておく価値があるのかもしれない。それは、経験や知識が積み重なった上で感じるそれとは異なる価値。きっと今はわからなくても、いつか時間が経って見返した時に、そう思えるタイミングがあるように思えたからだ。
白石酒造の天狗櫻を初めて飲んだのはジョイホワイトと混醸(13品種)だった。余分なものが一才削がれたミニマルで、美しいボトルのデザインに惹かれ、購入したことを覚えている。
その天狗櫻を飲んだ時の、大袈裟ではなく、ひっくり返るような経験。ただ、美味しいの一言では済まない、この液体を通じて、匂い、音、自然と人間の感触と、うまく言葉にできないが、様々なものが浮かんでくる感覚。
「なんだ、これは?」それが僕の率直な印象だった。それからというものの、僕の中で白石酒造の焼酎は特別なものになった。
だから、今年10月の訪問は自分にとって待ち焦がれていた願いが叶った瞬間でもあった。今回はご縁を繋いでいただき、ありがたいことに2日間にわたり、白石酒造の芋の収穫、芋切り、そして麹づくりなど実際の酒づくりの一部をお手伝いさせてもらった。その中で僕が見たこと、聞いたこと、感じたことを今の自分の感覚で残しておきたいと思う。
白石酒造は、鹿児島県の西部に位置するいちき串木野市にある。ちょうど蔵を訪れたタイミングでは、米を蒸し、麹をつくる作業をしていた。10月上旬は暦の上では秋だが、まだまだ夏の暑さが残っていて、とにかく暑い。この暑さの中、自分たちの手で、蒸し立てで、熱さの残る米の塊を丁寧に丁寧に解いていく。
この米を今後は石蔵づくりの麹室に移し、製麹を行う。麹室は、まるでサウナのような暑さだが、ここでも自分たちの手によって麹をつくっていく。言葉にすると簡単なように思われてしまうかもしれないが、実際には、蒸して水分を含んだ重たい米を、自分たちの身体全体を使って行う大変なプロセスで、まさしく滝のような汗をかきながら行われる。
その後は蔵から車で10分ほど離れたところにある畑で、芋の収穫と分別の作業へ。ちょうど黄金千貫の収穫時期で、その作業を手伝わせてもらった。
白石酒造では数年前から原料となる芋の自家栽培に切り替えている。それは白石さん曰く、さまざまな試行錯誤を経て、どこまでも突き詰めて考え抜いた結果、「原料が美味くないと、美味い酒はつくれない」という結論に辿り着いたから。そうして、休んでいる畑を借り、自分たちによる無農薬・無肥料による芋づくりを始めた。
畑は、収穫を終えたらしっかりと休ませる。そうした方が芋が美味くなるからだという。畑で収穫をしていると、足元にたくさんの生き物がいることに気づく。鳥、バッタ、ムカデ、トカゲなどさまざまな生き物が集まっている。それは、芋にとっても、麹にとっても、酵母にとっても、酒づくりのあらゆる場面と工程で、自然な姿であり続けるからこそ、そこに暮らす周りの生き物たちにとっても、心地の良い場所になるのかもしれない。
「工業製品としての酒ではなく、風土を表す酒をつくること。」
2日間の滞在中、色々と伺ったが、特に印象に残っている白石さんの言葉だ。それは実際に酒づくりの考え方やプロセスを聞き、見せていただいたからこそ、白石さんが実現したいことが、この言葉に集約されているように思えた。テクニックに追われ、生産性や合理性を追求した無理をするのではなく、何処までも自然に酒づくりをおこなうこと。色々やったけどシンプルが一番美味しかった。足したくなるけど、足さない、と言う。
滞在中の2日間は、毎日蔵で宴会が行われた。
ただある時、白石さんがいないことに気づき、蔵を歩いていると、宴会を抜け出した白石さんが麹室で麹の面倒を見ている。考えてもみれば、この時期は芋の収穫と仕込みで、一年でも最も忙しい時期。そんなタイミングにも関わらず、嫌な顔一つせず、こちらの質問にも真摯に向き合い、お答えいただき、そして隙間の時間を見つけては酒づくりに向き合うその様子に、つよく心を打たれ、グッと込み上げるものがあった。
僕は天狗櫻を飲むたびに、音楽的なものを感じる。
それは芋や麹、酵母たちが生き生きとセッションする様子はジャズ的でもあるし、土着の風景が目に浮かぶという意味においては民謡的でもある。場面場面で、さまざまな表情を見せるが、とにかく音楽的だ。
そんな酒に出会ったことは、初めてのことだった。だけどこの場所に来ることができて、その理由が少しわかったような気がした。そして今、この時収穫を手伝わせてもらった堀地区で収穫された芋の新酒を飲んでいるが、とにかく美味い。本当に美味くて幸せな気持ちになる。
白石さん、白石さんのご家族の皆様、蔵人の皆様、ここに導いてくださり、ご一緒してくださった皆様に心から感謝申し上げます。本当にありがとうございました。
salo Owner & Director
青山 弘幸
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