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猫と暮らせば。
3月23日、我が家に猫がきた。もとの予定では、その翌日の24日から私はものすごく楽しみにしていたドイツ・ポーランドツアーに旅立つはずだった。コロナでそれが吹っ飛ぶという事態がなかったら、数年来の夢だった「猫との暮らし」は実現していなかったかもしれない。
実は同居人(夫)は、同居当初から猫を飼うのは「絶対反対」派だった。「けものは人間と一緒の空間に住むもんじゃない」と言う。…けものって。
しかし諦めずしつこく説得し続けた。
「もしこの家に猫がいたら、私は猫に夢中になって、あなたが寝ているときに鼻毛を抜いてイラつかせるという嫌がらせはもうしない」
それでもウンとは言ってくれなかった。
あるとき、私は外出先でスマホをなくした。泣きべそをかく私に、同居人は「どうせ出てこないよ。諦めて新しいの買いなよ」と言った。慰めだったのかもしれないが、ムッとした私は絶対に出てくる、と言い張った。
「良い人が拾って届けてくれるかもしれないじゃん」
「そんなことありえないって」
「あるかもしれないじゃん、拾われたらどうする」
「賭けるか」
「よし。私が勝ったら猫を飼わせてもらうからな」
「いいとも」
私も無理だろうと思ったから軽く言えた。ところが本当に世の中わからないものだ。スマホは親切な人にタクシーの中で拾われ、私のもとに返ってきた。同時に私はついに猫を飼ってもいい権利を獲得した。
いざOKとなっても、なかなか気持ち的に踏み切れなかった。韓国に来る前まで、日本で短い間だったが一緒に暮らしてた猫を、結果的に最後まで面倒を見てあげられなかったという後ろめたさも残っている。今の暮らしでも、二人とも数日間家を空けなきゃならないときはどうしたらいいのか。等々、いろいろ考え過ぎて、もはやなぜ猫を迎えたいのかわからなくなりもしていた。
それでもタイミングは再び思いがけずやってきた。
うちから車で1時間ほどの海辺の街で保護されていた子猫が、たまたまのご縁で我が家に来ることになった。
飼う前から猫の名前は決めていた。ホプだ。
韓国で「ビール飲み屋」の意味のホプ、希望のホープ、そして昔飼っていた文鳥のポプという名前が気に入っていたから。
ホプと呼ばれることになった小さなハチワレ猫は、うちに着いてケージが開かれるなり、びゅっと飛び出してダイニングテーブルと壁の隙間に入り込み、丸一日そこにいた。翌日、なんとか臨時ハウスの大きな段ボール箱の中に移ったものの、そのすみっこで小さなお地蔵さんのように固まり、瞬きもしないまん丸い目でじっとしていた。何日も。
その姿が可哀そうで、うちに連れてきたことを後悔しかけた。
ところが、3週間めに入る頃、こちらの心配をナナメに飛び越えてホプはいきなり心を開いた。
引きこもり中もごはんはしっかり食べていたおかげか、最初に見たときよりも一回り体が大きくなっていた。一番愛くるしいちっちゃな子猫時代を、段ボールの中で過ごし切ってしまったようだ。
それでも本当に嬉しかった。なにがきっかけか分からないが、とつぜん堂々とベッドに寝そべり、同居人の振り回す釣り竿のおもちゃを夢中で追いかけ、午前5時に寝ている人間の顔のまわりでにゃーにゃー自己主張するようになった。猫なりに、ここは自分の家だと認識したらしい。
朝、パソコンに向かって仕事していると、私の椅子に前足をかけて立ち上がり、声を出さずにニャーという顔をする。ホプはいままで大きな声で鳴いたことがない。何か言おうとしている小さい顔を見ていると、なんだか心臓の隅っこがむずがゆくなってくる。
ホプの変化以上におそろしい変化を遂げたのは、同居人だった。「けものは一緒の空間に住むもんじゃない」などと言っていた輩が、私の予想をはるかに、棒高跳びの世界記録くらいぽーんと高く飛び越えて、猫にでれでれになってしまったのだ。
「にゃおーん、ホプや、おいで~」と。これぞまさに猫なで声、というのを発しているのを見ると、可笑しくて仕方ない。
ちなみに、よく犬や猫を飼うと、彼らの「ママ」「パパ」と自称するようになるけれど、
私たちはホプのママとパパにはならないことにした。なんとなく。
同居人はホプに「俺たち、友達だもんな」と話しかけていた。ホプが同意しているかどうかは知らないが。
私は、ホプとの関係をどう位置付けるかしばし悩んだが、結局ホプの「お姉ちゃん(オンニ)」と「お兄ちゃん(オッパ)」でいることにした。
ホプはちゃんと分かっていて(?)最近は私にむかってはっきり「ォンニヤ~」と呼んでくれる。
[2020. 5. 1]