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「疲れてる」以外の表現はないものか。
口の左端にヘルペスができた。
週末明けの朝、くちびるの端っこがむずむずした。と思ったら、あっという間に水泡ができて醜く膨らんでしまった。よくあることで、必ず左の下唇にできるので、ああこの場所に私のヘルペスウイルスが棲みついているんだなあ、と思う。
不思議なもので、くちびるの水泡を見た人は十中八九「疲れてるんですね」と言う。ヘルペスという単語は知らなくても、疲れるとこの症状が出るということは何となく多くの人が知っているというのが不思議だ。
疲れているのだろう、というのを見込んだうえで「最近お忙しかったんですね」と慰労してくれるケースも多い。
そう言われるといつも少し困る。一週間くらいを振り返っては、「特に」忙しかったというわけではないんだけどなあ、と考える。いつもどおり仕事は在宅だし、出かけるとしたらプライベートで人に会うとかで。遊びにも行ったし。疲れる理由が思い当たらないんだけど。
どうやら、「疲れる」の基準設定が間違っているのかもしれない、と最近気づいた。間違っているというよりも、ズレを見過ごしているのかも、と。ずうっと以前の若かった頃の、100パーセントまでエネルギーを使い切れた時代の基準がいまだにうっすらあって、身体的にも体力的にも使えるエネルギーがどんどん減ってくるのは承知ではあるものの、うっかりそのズレを忘れたりしている。
それでつい「ココまでやってこそ疲れた状態」というようなムダな基準を持ち出しているようだ。激しく動いたり、なんらかの形で「しごと」をこなしたときにこそ疲れがたまるのであって、人と私的な用事で会ってお喋りしたり、家に一日中いたりすることは、いくら重なっても「疲れるようなことじゃないんだけど」という思考になってしまう。
もちろん、常にそんなにストイックなわけでは全然ないけれど。
まれに、それこそ一日中眠りこけてしまう日がある。一度寝付いたらちょっとやそっとでは目を覚まさないタイプなので、昔はこわくて昼寝ができなかった。1時間そこらの睡眠で目を覚ます自信がなかったから。寝転がって一日の大半を使ってしまうことに罪悪感を感じる人間だった。いまではそれが堂々とできるようになったというのは、少なからず「進歩」だろう。と思いたい。
現在の状態に話を戻すと、ともかく自覚とは別にヘルペスができたりしたのは、体がサインを出してくれているのだと受け入れる。でも、疲れていることを自分にわざわざ納得させているようでもある。疲れる、その語感だけで逆にぐったり感が増すような気がする。
疲れている/疲れた 以外になにか言い方はないものだろうか。
身体的には、じんわり重い感じ、首を後ろにそらすと肩と背中にTの字にびりびりする感覚が広がる感じ、文章を読んでいるとするると目が閉じてしまう感じ(→それは別の理由もあるだろう)。気持ち的には、なんとなくやる気がでない感じ、もやっとしたものに覆われている感じ。そういうものを、なんと言えばよいのだろう。「未病」というのは発病前だけど健康から離れている状態をいう言葉らしいけど、そんなふうに疲れの手前、いや強いていうなら疲れとはちょっと違うこのもったり感を、なにか名付けられたらいいのに。