気遣いと勘違い、冷戦と和解。
病気で寝込んでいる間、家の中は静かで、殺伐としていた。
ふだん風邪などを滅多に引かない私は、ただでさえ発熱に脆弱なのに、39度も熱が出たというのは異常事態でぶっ倒れそうな境地だった。それなのに、歯を食いしばって病院に行き、コロナ陽性判定を受けて帰ってきた私に、同居人は「え、陽性だったの」という反応を示しただけだった。
「明日から日本行きだったのに、行けなくなっちゃった」
と言うと、同居人はまあ仕方ないだろ、飛行機キャンセルしときなよ、と言い、いつもどおりテレビを見ながら寝転がっていた。
私は自分でおかゆをつくって食べ、薬を飲んで、隣の部屋に布団を敷いた。横になる前に、パソコンにしがみつくようにして飛行機をキャンセルした。倒れ込むように布団に転がると、フツフツと怒りと悲しさと情けなさがこみあげてきた。私の基準では、熱を出したときくらいは家族に思うさま甘えていいはずだった。多くは望まない、せめて、大丈夫かとか、何か食べられるかとか向こうから聞いてほしかった。隣りの部屋からテレビを見て笑っている声が聞こえるなか、朦朧としながらパソコンで飛行機キャンセルのページを探していた自分を思うと、鼻の奥がツーンとした。
いや、いかん。感傷的になってる場合ではない。やってほしいことはきちんと伝えなければ、と思い直し、起き上がって同居人に買ってきてほしいものを伝えた。イオンウォーター系の飲み物と、ヨーグルトと、簡単に食べられるレトルトのもの。一つひとつ具体的に提示しなきゃならないのも内心ムカついたが。同居人はすぐに買い物に出かけ、頼んだものの1.5倍くらいを買ってきてくれた。
その日仕事が遅番だった同居人は午後に出勤し、夜12時を過ぎて帰ってくるはずだった。こんこんと眠り、薬を飲むために粥を口に入れてはまた眠り、そうしているうちに時間の感覚もなくなった。ふと携帯を見ると、同居人から「今日、飲んで帰る」というメッセージが届いていた。もはや怒りを通り越してどうでもよくなっていた。ただ、やっぱり悲しかった。
翌日わかったのだが、驚くべきことに彼はこの時点では、私がこんなに具合が悪いということを「知らなかった」のだという。というのも、同居人は自分がコロナに罹ったとき、喉は痛かったものの大した症状がなかったので、その程度だと思い込んでいたらしい。
そんなことってある? 私、熱があるって言ったよね、めちゃくちゃ辛そうにしてるのにわかんなかったの? 正直いって失望したよ、これなら一人暮らしと変わらないくらい病気になったら孤独だって感じたわ。
と、思わず同居人をキツくなじった。彼は無言だったが、顔を赤くしてゴメンと言った。ああ、買い物はしてくれたのに言い過ぎたなと思い、私もゴメンと返した。
その後は気遣いを見せてくれているようだった。薬も追加で買ってきたし、温かいスープが良いかもと言うとパウチのソルロンタン(牛コツスープ)を何袋も買ってきた。
ところが、どうしても我慢ならないことがあった。私が喉がすごく痛い、と言うと、かえってくる返事は「俺もそうだった」なのだ。俺もコロナのとき喉が痛かったけど、3、4日で治ったよ、と。
いらいらした。いま喉が痛いのは私なのだ。そこは「俺も俺も」じゃなくて私の具合を聞けよ。そう言いたいのをぐっとこらえていたが、4回目の「俺もそうだった」が出たときにとうとうブチ切れてしまった。
「いや、あなたがコロナに罹ったときと、いまの私の症状は違うでしょ? なんでそこで必ず“俺”が出てくるの。私が痛いって言ってんだから黙って聞いてくれてもいいじゃない」
同居人はむつっと口をつぐんだ。そして一言「わかった」と言った。そのわかったは納得とは程遠く、わかったよ、もうお前には一切なんも言わねーよ、という冷戦開始の布告だった。
長くなりすぎた。やむをえず次回に続く。
https://note.com/salmsori/n/nc46fb0d889f7