今考えてみると
前回「前に居た営業所は残業が60〜80時間が当たり前だった」と書いたがそのときのことについて振り返ってみる。
いつ振り返ってもあの時の私は今よりも正気じゃ無かった。というか多分鬱だった。
私は高卒で今の会社に就職した。最初に配属されたのは社内でも1、2番目に忙しいとされる営業所。
最初は仕事を覚えるのに苦労しミスをする事もあったが、同期含め営業所の人間関係は良好で忙しくても毎日が楽しかった。
また部活が忙しくバイトもしてこなかったタイプなので、自分の自由に使える給料を貰えるのが嬉しくて仕方なかった。
残業についても働けば働くほどお金が貰える!!くらいにしか感じて居なかった。
しかし楽しい日々も長くは続かない。段々と仕事もマンネリ化しお金よりも休みが欲しいと思うようになっていった。
そして2年目の秋。
私にとって衝撃の出来事が起きた。1番仲の良かった同期が退職したのだ。
まさに青天の霹靂である。
その子が居たからこそ仕事が楽しかったと言っても過言では無かった。
更に立て続けに仲の良かった先輩の異動などがあり、退職する勇気も無かった私は3年目に入った頃にはだいぶ疲弊していた。
というのもその頃の私の状況として
・朝起きられない
・しかし仕事に時間を取られているのでリベンジ夜更かしをしてしまう
・食べても食べても足りない
・怒りっぽくなり物に当たる
・家族や職場スタッフとの衝突が増えた
・お風呂で寝てしまう
・訳もなく涙が出てくる
・散財する
・『休めるなら入院してでも休みたい』と思い故意に事故を起こすことを何度も考える
思い出しただけでもこのくらい出てくる。
通勤時間も車で約1時間程だったため早い時には朝5:30に家を出て遅い時には夜11:30頃に家に着く生活を余儀なくされていた。また雪が降った日や自然災害のときは更に前後していた。
だが段々と今と同じく推し活や趣味が楽しめなくなりなんの為に仕事をしているのか分からなくなってしまった。
そしてある日『もう何のために頑張っているか分からない、死にたい、死にたい』と繰り返しながら家族の前で大号泣をしてしまったのだ。
家族にはいつ辞めても良いと言われた。
だが弱冠二十歳だった自分にはどうしたら良いか、誰に相談したら良いかも分からず毎日ただただ変わらず出勤することしか出来なかった。
しかしその後すぐに見かねた先輩が上司に相談してくださり、数ヵ月後には運良く異動ができたため今でも辞めずに続けている。
まぁまたその数年後に異動があり今に至るのだが…笑
今の私ならあの頃の私にこう声を掛けるだろう。
無理せず休め!周りに迷惑を掛けてでも自分を守れ!と。
これを読んでくださってる皆さんもどうかご自愛ください…
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?